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第18話B:夜宴-Walpurgis Night

「マジかよ。ちょっとイテぇけど、オレ死んでねえぞ!?」

「信じらんねえな。あのガキの言ってたこと、ホントだったんだな」

 口々に驚きと感嘆の呻きを漏らす男達。

 綾瀬に狂わされた男が放った銃弾は、どれも心臓や頭といった急所に当たっていた。それでも彼らは起き上がったのだ。

 凶弾の痕は癒えず、生々しい傷口からは血を垂れ流しているにも関わらず痛みも大して感じていないようだ。

「ふむ……《幻象》はあの傷じゃもちませんし、《出来損ない》にしては再生が遅い。一体何なんでしょうねぇ?」

 《起源》は芝居染みた大げさな困り顔をしてアキラを見た。

「答えるわけないでしょう、と言いたい所ですが、主の命令なので教えます」

 アキラが戦闘態勢を解いて、場の空気が少し緩んだ。

「自分の発明を自慢したくてしょうがない、と。いつまで経っても子供でさぁね」

 《起源》はお見通しだ、と言わんばかりにせせら笑った。

「それは言えてます」

 自然に肯定するアキラ。

「おっ、愚痴ですか? あっしが聞きますよ。いくらでも」

 調子よく喋る《起源》だったが、アキラの態度はつれない。

「結構です。これ以上は不敬だ。拷問されてしまう」

「それはまた物騒な話でさぁ。いよいよ壊れてきたんじゃないですか、彼女は?」

「主を悪く言わないでください。あの方だって色々あるんです」

 アキラは棘の無い調子で言葉を紡いだ。その表情はどこか悲しげだ。

「それが貴女を彼女の元に留まらせる理由ですか?」

「くだらん」

 《起源》の言葉を絶ったアキラには、もう一分の隙も無かった。ただ主から仰せつかった説明を復唱するのみ。



「ほう……長年《幻象》を創ってきましたが、そんなことが起こるとは知らなんだ」

 《起源》はやや感心した風に頷くと凶器を構えて自分を取り囲んでいる者たちを見る。しかし、もはや人間ではない彼らの心を窺い知ることはできなかった。

 彼らもまた敵意を向けつつも、自分の正体を知ったことで何かしら感じていた。

 ある者は一線を超したことをはっきりと理解して戦慄していた。ある者は人間を超えた存在に昇華できたと興奮していた。またある者は話の突飛さについていけず、何か悪い夢でも見ているのだと逃避していた。

 考えは万別なものの、彼ら全てに言えるのはもう戻れないということ。

「う、ぁっ」

 言い知れぬ渇きが全身をつつき回していた。米粒大の羽虫にたかられるような不快感。

「オレ、もうがまんできねぇっす」

 1人の男が進み出てアキラに話しかける。その眼は跳ね回り、どこを向いているのか定かではない。

「そうか」

 突き放すような冷淡な返事。焦らせばそれだけ凶暴性を引き出すのを心得ている。

「ソイツ殺るんですよね? そ、そうすればもらえるンですよね、あ、あの紅い……!」

 飢えと乾きに急かされて焦ったような口調で男はまくし立てた。最後のほうは言葉になっていない。

 加えて声に出してしまったがゆえに不快感の増大を留める術は失われた。

 皮膚の下を這いずり回る畸形の幼虫。飢餓感なる名を持つ芋虫どもは、宿主を焦燥の極みへ追い立てる。

「……ああ」

 たっぷりと間を空けてからの返事。

「り、りょうかいです。オイ! おまえら! ぶっ殺せ!」

 男は咆哮した。臨界に達した魂の枯渇とそれを潤そうとする欲望が声に乗って流出する。

 餓鬼の群れに漂うそれは、彼らを覚醒させていく。同じ痒みに苛まれていた彼らは一も二も無く発起する。

 機が熟したと見るやアキラは激励した。

「さあ行け! 失うものはない。貴様らの前にあるのは」

「イエァァァア!」

 餓鬼達は何も聞いていなかった。じれったいだけのプロパガンダなど耳に入らない。この気味の悪い感覚を紛らわせられれば何でも良かった。

 一切の整然さを見せない唸りを上げ、彼らは《起源》に四方八方から雪崩れ込んだ。


「あんたらは哀れですがね」

 《起源》がゆっくり腰を落としていく。瞬きの合間に左手には鞘に収まった日本刀が現れ、右手はその柄を握っていた。

「劣化贋作をほっとくわけにもいかんのでさぁ」

 知覚不能、神速の居合が放たれる。銀の刃影は雷電を撃ち出し、正面にいた男達と店のもの全てを両断しながらアキラに迫った。

 アキラは雷撃が発射される寸前、《起源》に向かって跳躍することでそれをかわしていた。

「はぁっ!」

 《起源》の目の前に降り立ったアキラは拳を振るう。空気が破裂する音を生むほどの豪打。

「《不壊(アイギス)》」

 けたたましい金属の衝突音と共にアキラの攻撃は見えない何かに防がれた。

 防がれるや否やアキラはばく転して距離を取る。胴体を両断せんと引かれた剣戟の軌跡が一文字に空を裂いた。

「オラオラオラオラ!」

 そこへ左右に散っていた餓鬼達が拳銃を乱射する。それはどれも《起源》に届く前に中空で弾かれている。

「不可視の盾、か。厄介なものを」

 それを殴ったアキラには凄まじい反動が返ってきていた。腕を覆う鈍痛はひびが入ったことの表れか。その痛みもすぐに痺れに変わり、やがてなくなる。《出来損ない》限定の超高速回復の賜物だ。

「正解でさぁ。景品はありませんがね」

 《起源》が刀を振ると、獣の慟哭のような音と共に刀身が蒼白い光を帯びた。

 天井を突き抜けてきた落雷に外野(げぼくたち)が焼き払われる。死の光が収まったとき餓鬼達はほぼ壊滅していた。

 火葬場の何倍もの悪臭に包まれながら、《起源》はアキラと向かい合った。

「あらかた片付きましたね」

「……」

 アキラは無言で佇んでいた。時間をかけて力を溜めさせた挙句にこの結果。不甲斐ない。

「アキラさん、もうやめませんか? あっしもね、平和に過ごしたいんでさぁ」

「ふざけているのか? 貴様があらゆる苦しみの元凶だろう」

 静かな怒気を発するアキラを前にしても、《起源》は涼しいまま。

「彼らは自分で望んでそうなったんで。だいたい貴女も仰ったでしょうよ。『死にたくない』と」

「ペテン師が。そうなるように仕向けたくせに」

「ははっ、何ですか、その言い分は。まるで《復讐の女神(ネメシス)》のようじゃあございやせんか」

「貴様……! 遥まで馬鹿にするのか」

 アキラは怒りに震えた。その憤怒に影がごぼごぼと泡立ち、アキラの肢体にまとわりついていく。

「させませんぜ!」

 鬼気迫るアキラの状態に危険を察知して《起源》が居合いの型をとる。

 その時

「ウラアア!」

 《起源》の頭上、脆くなった天井を破壊して大柄な刃物を振りかざした餓鬼が強襲してきた。

「む!?」

 虚を突かれた《起源》だったが、反応力は段違いだった。集中力を欠いたため雷撃こそ出なかったものの、抜き放った刀で斬り上げ、男を両断する。

 大量の血液が降り注ぎ、一瞬視界が奪われる。 

 それを隙と見たのか血煙の向こうから何かが突撃してくる。

「見えてまさぁ!」

「グギャ!?」

 袈裟斬り。またしても血が噴き上がる。

 視界を開くと次の相手がもう目の前に来ていた。

 刀を反したのでは間に合わない。《不壊》を呼び起こし衝突を防ぐ。

 悲鳴が無い。

「がら空きだ!」

 《起源》はアキラの声を聞くと同時に、身体が宙を舞うのを感じた。

 地面に叩きつけられる前に見たのは、身体から離れ離れになった両足と今まさに叩きつけられんとする魔獣の凶脚だった。



 《起源》を上から襲う奴がいなかったら、こちらがジリ貧になって敗北を喫していただろう。

 血による眼くらましと同時に《起源》に向けて半死の男を投げつけ、間髪入れずに足元にあったテーブルの残骸も蹴り飛ばした。

 初撃に刀を使えば勝ち、盾なら負けの賭け。アキラはこれにも勝利した。

 そして、剣と盾も封じられた《起源》の背面に回りこむ。

 怒りに流される者は話にならない。その怒りを力に換え、知略を纏って制御をし、運も味方につけてこその闘い。

 平和ボケした日本で魔人揃いの《幻象》相手に戦争してきたアキラの哲学だった。

 アキラの脚に固着した影のブレードが《起源》の脚を寸断した。足払いをかけるつもりでもこの状態では切断になる。

 アキラはすかさず立ち上がると、凶器そのものである脚を大きく振り上げた。

「でええ、りゃあ!」

 一喝。そして《起源》の腹部に全身全霊を込めた踵落しが決まる。はずだった。

 しかし、《雷霆》に巻きついていた紫電がまさしく電光石火のスピードでアキラに絡みついた。

 それはまるで蛇の捕食、しかも千のいかずちを束ねたような破滅的な電圧。

「ぎやあああああぁぁあぁ!」

 身体の水分が蒸発する。肉が焼ける。脳髄が爛れる。悲鳴が爆発する。

 消し炭と形容されるような凄惨な姿で崩れるように倒れ伏すアキラ。

 舞い踊る雷は周囲に残っていた餓鬼を喰らい尽くして消滅した。

「げほっ……こんな大怪我、何年ぶりでしょうねぇ……」

 僅かに遅かった反撃。踵落しを完全に殺すことはできず、内臓を損傷したらしい。血反吐が止まらない。脚の出血も酷い。

 この状況で軽口を叩けたのは、身体に刻まれた習慣のおかげに他ならない。

 《起源》はしばらく半壊した天井を眺め、やがて意識を手放した。

 


 キィ

 死の静けさに包まれたファミレスの廃墟に物音1つ。隔離され戦火を逃れた空間から、少女がよろめき出でる。

 少女の名は藍。擦れ違う兄妹の片割れ。

 彼女もまた関わってしまう。《起源》とアキラの戦闘は回避できたが、次は無い。

 夜宴の幕引きはまだなされない。ワルプルギスの夜はまだ始まったばかりなのだから。

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