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第18話A:夜宴-Walpurgis Night

『もしもし』

 ケータイから気力に乏しい、不健康そうな細い声が聞こえた。

「貴様が《天網恢恢(ウラノス)》か」

『誰アンタ』

 質問に男の声がわずかに警戒の色を帯びた。加えて物凄い速さでキーボードを叩くような音も混入してきた。

「アタシも《幻象》だよ。頼みたいことがあるんだが」

『働きたくないでござる。働きたくないでござる』

 不快なヤツだ。こんなのが幻象界隈の重要なポストにいるとは。

 だが、コイツの弱点はすでに我が主から聞いてある。

「そうか、《起源》に職務怠慢だと報告されたいのか」

『なん……だと……! も、もちつけ! それはよせ』

 慌てる男。けれど、その脇で鳴り続けている音は止まない。

「やってくれるな?」

『まったく、やれやれだぜ。でもお前のエロボディに免じてやってやるよ』

 その言葉に肌が粟立った。見られているのか?

『キョロキョロしちゃって、キツい割りにかわいいじゃねえか。上見てみな。漏れはそこだ』

 電話を掛けているこの通りにはアーチが架かっており、そこに設置されている監視カメラが自分を捉えていた。

 それだけなら何の問題も無いが、何となく邪気を感じた。

 いつの間にかカタカタという音は止んでいた。

『やべぇ、そのおぱーい揉みてぇ……! ちょ、おま、カメラ壊すな。緋森市が泣くぞ』

「黙れ。場所は分かったようだな。ならさっさと市内全域の情報操作を行え」

『へいへい、これだからネタの分からねえヤツは……。ああそうだ、1つ聞くが、カメラを壊したありゃなんだ?』

「知りたいか?」

『質問に質問で返すなー。で、まあ漏れを雇って何か仕出かそうとしてるヤツだしな』

「そうか。《忠誠(ケルベロス)》、アタシの名だよ」

『へえ……冥府神の犬か。ま、この天空神ことこの漏れが見といてやんよ。好きなだけやるがいいさ』

「ああ、恩に着る」

 その後、淡々と内容を指示して、ケータイを切った。

 さあ、次の仕事だ。



 歩道に面した窓をぶち破って人が次々と飛び込んできた。

 それはどこにでもいそうな若者や中年の男なんかである。

彼らはガラスを踏みつけ、威嚇するような目つきで放心状態の客達を睨みまわす。

 彼らの内の1人が黒い物体を掲げると、乾いた音と共に天井に風穴が開いた。銃にはサイレンサーが付いているらしい。

「見てんじゃねぇぞ、クソが!」

 ハンドガンを持った男が興奮で裏返りかけた声で喚き、鉛弾を撃ちまくり始めた。

 連続するガラスの崩壊音と、照明が破壊されたことで増していく闇が恐慌を一気に絶頂まで押し上げ、人々に傍若無人な避難を強制した。

 我先に出入り口に殺到する人の群れは殺人的だった。押し合い、掻き分け、薙ぎ倒して前進を図る。

 子供達は泣き叫び、荒れ狂った罵声が交錯する。



 明人は何だかデジャヴだな、と感じながらボックスに収まっていた。そこはまるでシェルターのように隔離された空間。

 《起源》は瞑想でもしているように眼を閉じている。綾瀬に至ってはどこから持ってきたか知らないが大きなパフェを抱えて、大混乱をトッピングにそれを堪能している。

「明人ー、はいアーンして」

 明人の視線を勘違いしたらしく、にこにこしながらスプーンいっぱいのパフェを差し出してきた。

 気乗りはしなかったが食べてみた。甘い甘いクリームが恐ろしいくらい場違いだった。


 そんな聖域に乱入してきたのはどこにでもいそうな中年サラリーマン。

 おおよそ人間らしくないジャンプ力で座席群を飛び越えて明人らのテーブルに着地した。

「和服男見つけマシター! 死ねや、コラッ!?」

 そいつは懐から拳銃を取り出して、即《起源》の頭に向かって撃った。同時に何故か当人の眉間に穴が空き息絶えた。

 中枢を失った身体がバランスを崩し、明人のすぐ横に落ちてきた。ぐしゃり、といやな音が脳に刻まれた。

「騒がしくなってきやしたね。そろそろ出やすか」

 湯船から出るくらいの気楽さで《起源》が席を立つ。

「そだね。ほら、明人も行くよ」

 綾瀬に腕を引っ張られて明人ものろのろと立ち上がる。

 濃密な人の死を間近で見たせいで、ひどい目眩が襲ってきた。

「シカトしてんじゃねェよ!」

 立ち上がった矢先、近くにいた男が綾瀬に銃を向けた。綾瀬はさも面白そうに微笑んで、男を見つめ返すだけだった。

 ひらりひらりと蝶が舞う。運ぶは夢。深遠たる悪夢の奈落。

「ひぃ!? く、来るなああああぁぁ!」

 男は狂ったように喚き、ぐるぐると回りながら見えない何かに怯え出した。

「あはっ、怪物ランドにご招待するよ」

 秘めた狂気が溢れ出したような綾瀬の表情。明人は肝が冷えるような気がした。

 そして男は、仲間に向けて弾倉が空になるまで発砲しはじめた。突然の凶弾に反応できるわけも無く男達は倒れていった。

「……弾弾弾タマタマタマタマタマタマァァ! 出ろよ、出てくれよ、ヒ、ヒヒッ」

 カチカチカチカチ

 仲間を殺し尽くし、1人残された男は空になった拳銃をこめかみに押し付け、いつまでも引き金を引いていた。





 店から逃げた野次馬達はこれくらいの距離なら大丈夫、と遠巻きに事件現場を観察していた。そのまま大抵の者は逃げ出してしまったが、ここにいる十数人は好奇心故に残っていた。

 今銃声は止み、彼らは少し安心したのか、手に手にケータイを持ち、友人知人彼氏彼女と連絡を取ろうと試みていた。

 だが、今度も何故かケータイは機能しなかった。

 店から飛び出した直後の警察への電話も繋がらなかった。

それは回線が混んでいるものと思っていたが、今試したメールもネットさえもそうだった。

 しきりに首をかしげ、居合わせた者同士疑問を投げ掛けあう。皆全て統一された不安顔だ。

 人々を繋ぐ万能ツールが使えない。平和ボケした現代人たちを震え上がらせるのには、目の前で起きた彼らの認識で言う強盗事件よりある意味効果的だった。

 外部とのつながりが切れた感覚。人々は、徐々に言い知れぬ恐怖を感じ始めた。

 そんな彼らに追い討ちを掛けるが如く、真綿にくるまれていくような静寂が何処からともなく広まっていった。心臓の鼓動がやけに大きく速い。

 次第に人々は、パラパラと散開していった。

 彼らは精神の安らぎを渇望していた。我が家や、別の通りなら得られるかもしれない。魂に植えられた恐れを緩和してくれるかもしれない。

 足早に歩きながら、あるいは深海の如き重圧に負けて駆け出しながら、人々はそう思ったことだろう。

 既知の世界がグラグラと揺れる。その感覚は言葉にはできない。しかし、誰も彼もが己の魂が縮み上がるのを感じていた。

 本能的に怯え、事件に関わることを忌避しようと蠢く人の群れ。その中を逆行していく少女がいた。

 彼女は周りの事など意に介した様子も無く、意思の強そうな瞳でじっと前を見つめ現場のレストランに近づいていった。




「片付きましたね。《楽園》、よくやりました」

「大したことない奴らだったね。何者かな?」

 血生臭い店で繰り広げられる異能達の会話。

 明人はそれを聞き流しながら、混沌に沈みゆく現実に頭を悩ませていた。今までの事が児戯に見えるような、そんな変化が起こりそうな気がした。

 一陣の冷やかな風が荒れた店内を吹き抜けた。

 3人がふと道路側に目を向けると、そこに人が佇んでいた。外の明かりでその人物の前面は影に覆われ、その全貌は見ることができない。

「お久しぶりですね。《起源》」

 凛とした力強い声が影の人物から響いた。背が高いが、どうやら少女であるようだ。


「……アキラさん、ですか。《出来損ない》のあなたがここで何をしてるんですかい?」

「それはご存知でしょう。だから、足止めに来たんですよ。……立て! 貴様ら!」

 アキラの一喝で空気が震えた。凶弾に倒れた男達が緩慢な動きで身体を起こし始めた。

「コイツら死んでないのかよ」

「そのようでさぁね。そっちの頭がなくなっちまった兄貴は違うみたいですが」

 明人の問いに、《起源》は思索半分と言った感じで返した。

 次にアキラはへたりこんだままの男に近づいた。

「貴様は何をしている?」

「キヒヒヒ、しぬ、ヒッ、クヒッ」

 男には何も見えていないようだった。血走った眼球をギョロギョロと動かしながら、一心不乱に銃口を側頭部に叩きつけるだけだ。

「憐れだな」

 ポツリと呟くと、アキラは何の躊躇いもなく男の頭部に目にも留まらぬ回し蹴りを喰らわせた。

 ぼぐっ、と骨肉が潰れる歪な音がして、男の頭はほとんど粉砕された。頭に詰まっていた物を噴き出して男の身体は崩れた。

 アキラがそれを気に留める素振りは全く見られない。ただ、ムゲンの苦しみから解放してやったに過ぎない。


 こいつも人間じゃなかった。

 予想通りすぎる結果を明人は拒むのもやめて受け入れた。

 それよりもアキラという名前は最近どこかで聞いた気がした。

 思い出せない。こういう時に限って人の記憶は役に立たないものだ。


「《楽園》、ちょいと頼まれごとをしてくれませんかね?」

 明人が必死に思い出そうとしている時に、《起源》が綾瀬に囁いた。

「なぁに?」

「今襲ってきたみたいな野郎がどれくらいいるか見てきてくれませんかね。連中、眼を見ると分かりまさぁ。それに報酬は、弾みまさぁ」

 そこで《起源》は一瞬明人を見た。彼は気付いていない。

「……りょーかい! ほら、明人行くよ!」

 綾瀬は花火が炸裂したかのような特大の笑顔で頷いた。

「ちょっと待て。藍の居場所を聞いてからだ」

 綾瀬を止めて明人は《起源》を睨んだ。

「実は彼女、さっき明人さんが聞いてきた時は厠に行ってましてね。ま、あの騒ぎで逃げたとは思うんですがね」

 《起源》はこの戦場においてさえ軽口を叩く余裕を崩さない。

 その厠云々が嘘かどうかは分からないが、銃声なんかを聞いたら普通は逃げるだろう。トイレの近くに職員用の出入り口もある。

 トイレにいたとしても、今連れ出そうとすれば敵の注意を引いてしまう。

「綾瀬は何か知らないのか?」

「え、私は明人しか見てないけど」

 綾瀬に聞いても二重の意味に聞こえる言葉しか返ってこなかった。真剣な表情で嘘ではなさそうだし、ここでツッコミを入れられるほどお気楽じゃない。

「……行こう。藍は無事だよ」

 不安は残る。だが、藍は大丈夫だという漠然とした感覚があった。

 命がかかっている時にそんなものを信じるなど自分でも正気とは思えない。けれども、他に信用のおけるものがない以上は勘さえ十分な動機だ。

 今度は明人は綾瀬を引っ張り、台風が過ぎた後のような店を足早に進んだ。

 アキラは出て行こうとする2人を横目で見ただけ。他の連中に至っては魂が抜けたようにだらしなく突っ立っているだけだった。

「さぁて、宴会の後片付けでもしやすかねぇ。ま、これが本番とは思ってませんがね」

 2人を見送って《起源》は渋い顔で呟き、復活した集団を眺め回した。

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