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第17話A:惑志-puzzled encounter

 立ち止まれない。止まればあの輝く翼で、光の剣で殺される。


 明人と藍は緑が多すぎる公園周辺の地区を抜け、市街地の端のほうに来ていた。

 夜風にざわめく暗緑の木々は数を減らし、同時に暗い気分も晴れていくようだった。

 ちらほら人や車が見られ、なにより街灯同士の間隔がとても狭い。

「ちょっ、痛いんだけど」

 今までずっと沈黙していた藍が露骨に嫌そうな声を上げた。

 最初は綾瀬や小夜についての質問をマシンガンのごとく撃ちまくっていたが、明人が何も答えないでいると押し黙ってしまっていたのだ。

「ああ、すまん」

 知らず知らずのうちに力んでいたらしい手を放してやる。

 藍はむすっとした何か言いたげな顔で明人を見つめた。

「なんだよ」

「説明して」

 人が見受けられるようになって安心したからだろう。また疑問の波が押し寄せてきたらしい。

 明人はうんざりして欧米を意識した肩の竦め方をして見せた。

「しらばっくれないで!」

 仕草に馴染みがある分腹が立ったようで、藍が激昂した。

「はいはい、んで、小夜のことか?」

「それ以外になにがあるの」

 やはりか。話してやりたいがこのタイミングはマズイ。落ち着いてもらわなければ、致命的な誤解を生みかねない。

「今はダメだ」

 何度も繰り返した言葉をまた口にする。

 明人としては当然のことを言っているのだが、藍には伝わらなかった。

「ふん、だったら小夜ちゃんに直接聞くから」

 そう言って踵を返した藍の肩に素早く手を掛ける。

 藍の精一杯の強がりはそれで止まってしまう。今の自分が夜一人歩きなどできないことは分かっていた。

 サラリとした長い髪が手の甲を撫でて、その向こうに肩越しに振り向いた藍の恨めしそうな眼が現れた。

「ウザイ」

 その言葉は辛辣で心外すぎる。

 明人は一瞬で沸点に到達しかけた怒りを何とか鎮圧すると、口を開いた。

「死んでもいいのか」

 あまり言いたくはなかったが、それが現実になる可能性は十分すぎるほどなのだ。

「え……」

 死。想像もしていなかった言葉に藍は動揺を隠せない。

「行くなよ、俺じゃ守り切れないんだ」

 そこへ更に弱弱しい兄の態度が冷水をかける。

 少しクールダウンした頭で考えても何が何だか全然理解できない。それでも兄の心配だけは本物だと分かった。

「……ごめん」

「もう行こう。綾瀬の稼いだ時間を無駄にしたくない」

 2人は手を繋いで歩き出した。今さっきとは打って変わって、いたわるようなペースだ。

 藍の手は震えていた。手だけではない。全身が凍えたかのように小刻みに振動している。

 当然だ。いきなり友達があんな姿で現れて平気なわけがない。

 明人はふと取り戻した中学時代の記憶を思い起こした。


 小夜は元来心優しい女の子だったと思う。それに少しばかり正義感が強い所があるのを知っているのは、俺しかいないだろう。

 誰も彼女を相手にしない、というより人間扱いしていなかったからだ。ただ容姿がちょっと変わってるというだけで陰惨極まるイジメを受けていた。小夜にしても誰か心を許せる友人が欲しいはずだ。

 なら藍を合わせてもいいかもしれない。小夜の風貌なんか気にしていないようだし。

 明人は一瞬そう思ったがすぐに振り払った。

 《幻象》になって彼女の中身は変わってしまった。幸せになりたい、とかいうワケのわからない理由で両親を惨殺したのがその証拠だ。

 万一藍が命を落としてみろ、綾瀬と違って戻ってはこないんだ。



 歩くごとに喧騒と街の明かりが大きくなっていく。

 一先ず胸を撫で下ろすことはできる。しかし何の解決にもなっていない。逃避は解決の対岸にある。

 藍の疑心は肥大化しているように見える、綾瀬の無事も知れない。

 どろどろと流動する不安が前向きな思考を呑みこんでいくような気がした。

 その時、後ろを向いていた藍が小さく声を出した。途端に辺りが昼間のような明るさに包まれた。

「う、眩し」

 振り返ろうとしたら白い烈光が眼を貫いた。

 きつく瞑った瞼の向こうで徐々に光が収束していく。

 ゆっくりと眼を開けると、今来た道の方向、公園の辺りに光が収まっていくのが見えた。

「何があった」

「知るわけないでしょ」

 眼を擦りながら藍が不貞腐れたように言った。

「神の月明かり、というのはどうで?」

 不意に背後から聞き覚えのある声がした。

 ぎょっとして首を回すと、この場にいてはいけない人物が立っていた。



「やあやあ榊原さんズじゃあございやせんか。こんばんわ、なんとも不思議な夜でさぁね」

 その和服の男は何が面白いのか胡散臭い笑いを刻んだ口を吊り上げていた。

「……オリジン」

「あ、九鬼さん」

 明人はしまったと感じたが後の祭りだ。

 遥の話が頭にこびりついていて、つい口を突いて出てしまった。言い訳にもならない。

 さっと藍を見たが動揺していたおかげか気付かなかったようだ。

 九鬼も聞こえなかったかのように表情を変えない。それが逆に怖い。

「また出会うとは、縁を感じますねぇ。そうでさぁ、ちょっくら付き合ってもらえませんかねぇ?」

 九鬼は和服の袖に引っ込めていた手を出すと、ポンと叩いた。

 仕草は珍妙。その実恐ろしい提案。

 この男の正体を知っている今、ついていくのが何を意味するのか容易に想像できた。

「いいですよ」

 危機感も警戒心も無く、お茶に誘われたくらいの気軽さで藍が返事をしてしまった。

「決まりですねぇ。ささ、こっちでございやす」

 九鬼は心底嬉しそうにニヤリと笑った。

 藍もつられて笑みをこぼす。

 人間には無い包容力というか頼れそうな力を無意識に感じているのかもしれない。

 この時どうして無理やり手を引いて立ち去らなかったのか。

 おそらくは流れに身を任せれば、楽だから。それに悲劇に見舞われ疲れきった少年には、運命のように抗いがたい異質な存在に立ち向かう余力はなかったのだろう。

 しかし、その決断にはある種無自覚的な思惑も介在していた。

 それは力への渇望。滞ったヘドロのような今の状況を切り開く異形なる力。すなわち《幻象》。


 明人はどうにでもなれ、と投げやりな気持ちで2人の背を追った。

 欣喜雀躍(きんきじゃくやく)の衝動を必死で押し殺したような、それでいて手放しの感情を発露させたほくそ笑みが雑踏の中を漂った。彼がそれに気付く様子はつゆと無い。

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