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深淵の英雄  作者: 接骨木 凌
第1章
6/19

1-05 勇者

 2人は寝床を起ち、人間界へ向けて歩みを進めていた。辺りはまだ木々に囲まれ鬱蒼としている。

 

 魔界と人間界の間には途轍もない距離があり、一昼夜で行き来することなど当然不可能である。しかし、両者の目的が合致している以上、目指す場所はイシカ帝国以外にない。莫大な時間を費やしてでも辿り着く必要がある。


 しかし、そんな覚悟を決めたとしてもイシカは遥か遠く、何より道中にどんな危険が待ち受けているか分からない。そんなジャイルの不安を見透かしたかのように、ニルが口を開いた。


「人間界と魔界の境界までは、我がお主を案内しよう。そこから先は1人で行け」

「ここからまっすぐ向かったら、どのくらいかかるんだ?」

「人間の足では、休まずひたすら進んだとしても1週間は下るまい」

「1週間か……。確かに遠いけどよ、ここは魔界の奥深くだと思ってたんだが、そんなもんか……」

「休まず進めばと言ったであろう。様々な危機と戦い、体を休めながらであれば、1年にでも2年にでもなろう。魔界に入り込んだ人間など、か弱く小さな存在でしかない」


 ジャイルはニルの言葉を受け止めながら、過酷を極めた旅路を思い返していた。

 

 イシカを出てから魔王を討伐するまで、正確に記録してはいないが、恐らく1年半以上は経っている。


目的達成の速度としては、歴代の記録と比較しても決して遅くはない。むしろ良く鍛錬されたパーティーの進行は順調すぎるほどスムーズだったと言える。


 とはいえ、魔界の激しい地理変動によって過去に作成された地図はほぼ役に立たず、ルート変更を余儀なくされた事は何度もあった。


 負傷した仲間の回復のために、1つの拠点に1ヶ月以上滞在したこともある。ニルの言う通り、人々が想像する以上に魔界は過酷な場所なのである。


 今自分がいる場所に"グリフの森"という名前があることを、ジャイルはニルから聞いていた。魔界の地図には載っておらず、誰かの口からその名が発せられたこともない。ジャイルの見立て通り、まず間違いなく人類未踏の場所ということだ。


「その鎧は夜の闇によく溶ける。イシカの守りは厳重であろうが、陽が落ちてからならば忍び込めよう」


 そう言ってニルはジャイルを見やった。彼の体は、ニルがどこからか取り出してきた真っ黒な上下の鎧に包まれている。


 鱗状の素材が散りばめられ非常に硬質だが、それに反して伸縮性に富み、軽さも申し分ない。

 過激な戦闘には向かないが、隠密行動には最適だ。かつて身に着けた様々な装備と比べても、遜色のない性能だろうとジャイルは感心していた。


 鎧を渡された時には「なぜこんな物を持ってるんだ?」という言葉が喉元まで出かかったが、彼は口をつぐみ押し黙ってそれを身に着けた。


 グリフの森に落ちた時にジャイルが身に着けていた装備は、既に使い物にならなかった。破損があったわけではない。ジャイルの体のサイズが、装備に合わなくなっていたのだ。もちろんこれは、ジャイルの力が勇者によって剥奪されたことに起因する。


 勇者とは、特異な素質を持って生まれた者の総称である。

 その素質が発現する年齢は様々だが、ある日を境に彼らは魔物の気配を本能的に感じ取ることが出来るようになる。


 それを自ら申告し──あるいは自然と他者に知れ渡る場合もあるが──最終的にイシカ帝国から認められることで次代の勇者になるのだ。


 そして勇者は右手の甲にイシカの国旗を模した刻印を記される。そこから勇者が他者と右手の甲同士を合わせることで刻印はコピーされ、勇者による力の譲渡が可能になる。


 これだけで済めば何1つ問題はなかった。

 勇者以外の人間が刻印を手に入れてから"自分自身で得た力"は、個人そのものではなく刻印に蓄えられていくという特性があった。そして、刻印には譲渡に加え、回収という機能もあったのだ。


 本来、回収とは勇者以外のメンバーが1度全員の能力を勇者に預け、そこから先の展開にあわせて最適な能力の割り振りをするための機能である。


 ジャイルも例外ではなく、魔王討伐後の帰路に備え勇者に力の回収を許した。イシカ帝国に帰るだけならば、強固な戦力よりも進行のスピードと安全性が重要になるからだった。しかし、再び力が分配されることはなかった。


 勇者が他者にコピーした刻印は、勇者の好きなタイミングで消失させることも出来る。もちろんジャイルの刻印は既に跡形もなく消え去っていた。何かの間違いで再び力を得る可能性は無いということだ。


 力とは魔力だけではなく、身体的な能力も含まれている。奪われずに済んだのは、刻印をコピーされる前に手に入れた力だけだ。


 勇者の一団の戦士になる前、ジャイルは他国との商取引を管理する職に就いていた。


人間性そのものは正義感と呼ぶに相応しく、幼い頃から世界を救う英雄になることを夢に見ていたのもまた事実である。


しかし、危険とは程遠い職務ゆえに、武力も魔力も鍛える機会が無かった。つまり、刻印に蓄えた力を失った彼の能力は戦いを知らない一般市民と何ら変わりはない。

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