1-01 邂逅
生温い風。
草木の揺れる音。
鼻をつく獣の臭い。
全身に感じる強烈な痛み。
様々な感覚と共に、男はおぼろげに意識を取り戻した。
ゆっくりと目を開ける。
広がっているのは漆黒の世界。
大袈裟ではなく、本当に光の無い暗闇。
朦朧としていた意識が少しずつ晴れていく。
どうやら仰向けで横たわっているらしい。
(死んでも痛みってのは消えないのか……畜生)
光の無い世界が、彼自身の死を思わせる。
(ただの真っ暗闇……地味で寂しいんもんだな、あの世ってのは)
そんな呑気な感想が心の中に浮かぶ。
しかし、そのすぐ後で彼は違和感を感じ取った。
周囲で何かが動く気配を感じたのだ。
風が吹き抜け草木が揺れる音がする。
再び、強い獣の臭いが鼻をつく。
咄嗟に上半身を起こし辺りを見回した。
風も、臭いも、確かに感じる。
それに加えて、上空から青白い光が差し込みつつああった。
男は怪訝な顔でその光の筋を見つめていたが、直後とあることに気付いた。
「あれは……月?」
思考が思わず口をついて出る。
徐々に光は強くなり、周辺が照らし出されていく。
辺りにはやはり草木が生い茂っていた。
空をよく見てみれば、赤黒い霧が漂い、月の光を遮っている。
今、月光が差し込んでいるのはその霧がない場所だけだ。
つまり、光がない世界だったのではなく、光を遮断する物質が空を覆っていただけだった。
「俺は……まだ……生きている……」
再び、男は呟いた。
呆然と辺りを眺めたまま、気の抜けた顔で。
意識を失う前の出来事は不思議なほどはっきりと覚えている。
死は避けられない高さだったはずだ。
だとしたら今いる場所は一体どこなのか。
この赤黒い霧そのものは魔界では珍しくない。
しかし、ここまで濃度の高いものは見たことが無い。
悪寒が背筋をはしり、冷たい汗が流れる。
言いようのない緊張感。
唾を飲み込み、喉が鳴る。
その瞬間のこと。
彼の鼻は急激に強まった獣の臭いを感じ取った。
先ほどまでの比ではない。
そして背後から、ひどくしゃがれた声を聴いた。
「お主、なぜここにいる」
その声に、男は即座に反応して振り返った。
──目と鼻の先に獣がいた。
虎とも狼ともとれないが、その顔はまさに狂暴な肉食獣そのもの。
全身は漆黒の毛に覆われ、眼は赤く煌々と光っている。
そして、異常なほどに巨大な体躯。
長く旅を続けた彼ですら、ここまで大きな生物を目にしたことはほとんどない。
「何も言わぬなら、喰うだけだが」
牙を覗かせながら、獣が言う。
この時になって初めて、男は獣が人間の言葉を発することに気が付いた。
目の前の生物は魔物で間違いない。
そして、人間の言葉を話す魔物はその全てが強大な力を持っている。
特別なことではない。
世界の常識だ。
沈黙を続ける男の様子に、獣が腹の底に響くような唸りを上げる。
男は改めて死を覚悟した。