6、告げられる真相
「父様、それにアマツ君も此処に居たの?」
シリウスさんとたわいもない話をしていたら、ソラが近寄ってきた。彼女の笑顔に、俺とシリウスさんは自然と笑みが零れる。やはり、ソラは可愛い。愛してる。
俺は口元が緩むのを抑える事もせず、そっとベンチから立ち上がった。
「じゃあ、そろそろ俺はこれで・・・家に帰ります」
「ああ、少し待ちなさい」
そう言われ、俺は振り返る。シリウスさんは一転して真剣な顔をしていた。その表情に、俺も表情を引き締めて見詰め返す。何か、不穏な空気が漂う・・・
その空気に、ソラとリーナさんも息を呑む。シリウスさんは僕を真っ直ぐ見て言った。
「アマツ君、君はこの覚醒の時代をどう思っている・・・?」
「どうとは?」
「全人類が、固有宇宙に覚醒した。それをどう思う?」
覚醒の時代。全人類が、固有宇宙に覚醒を果たす・・・
質問の意味が理解出来ない。しかし、俺は考える。考えて、そしてやがて思った事を答えた。
「最初は恨んでいました。こんな時代が来たから、俺の家庭は崩壊した。こんな時代が来たから、世界は変わり果ててしまった。憎んで憎んで、こんな世界など滅びれば良いと思いました。けど・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
シリウスさんは黙って聞いている。リーナさんも、ソラも、黙って聞いている。
そんな中、俺は過去を振り返った。振り返り、そして自分の想いを再度確認し、そしてシリウスさんの瞳を見詰め返した。見詰め返し、そして言った。
俺の、掛け値の無い本音を。
「後見人の人に言われたんです。きっと、覚醒の時代が来た事にも意味があると。きっと、俺が固有宇宙に覚醒したのも意味がある事なんだと・・・」
「そうか・・・」
シリウスさんは、僅かに安堵の笑みを浮かべた。その笑みを見て、俺は一つ確信する。ああ、やはりそういう事なんだなと。俺は、シリウスさんを真っ直ぐ見据えた。
その視線に、シリウスさんも俺を見据える。真っ直ぐ見据えて、俺は問いを投げ掛ける。
「シリウスさん、貴方が覚醒の時代を起こしたんですね?」
「・・・・・・ああ、そうだ」
その言葉に、俺の心の中の何かがざわついた。しかし、それを抑え込んで更に問いを重ねる。
———まだだ、まだ此処で感情を爆発させるべきではない。
「一体、覚醒の時代にはどんな意味が?何故、貴方は全人類を固有宇宙に覚醒させたんですか?」
何故、覚醒の時代を起こす必要があったのか?何故、人類は固有宇宙に目覚める必要があった?
その問いに、シリウスさんは目を閉じて静かに考える素振りをする。そして、やがてゆっくり目を開くと何処までも実直な視線を俺に向けた。そして、答える。
覚醒の時代の真実を・・・
「宇宙は何れ滅びる。何をしても、どれ程足搔こうと、何れ宇宙は滅びる運命だ」
「・・・はい」
「・・・少なくとも、覚醒の時代を迎えるまではそうだった」
「・・・?そうだった?」
そうだった?という事は、覚醒の時代を迎えたことでそうならなくなったという事か?思わず、俺は怪訝な表情をする。その表情に、シリウスさんは僅かに苦笑を向けた。
そして、表情を引き締めると話を続ける。
「そう、覚醒の時代を迎えた事で宇宙は滅びの運命を回避した。それこそ、覚醒の時代の真実だ」
「・・・・・・っ、そう・・・ですか」
宇宙の滅びを回避する為、人類は覚醒の時代を迎えた。人類が固有宇宙に覚醒したのは、世界の終末を回避する為に。その為に、人類は覚醒した・・・
・・・俺は、少なからず衝撃を受けた。しかし、その衝撃を何とか抑え込む。まだだ、まだ聞きたい事は一つだけ残っている。それを聞かねばいられない。
俺は、高まる鼓動を抑えてシリウスさんに問う。
「俺の・・・俺の家庭の崩壊には意味があったと?俺の母は固有宇宙の負荷に耐え切れずに体調を崩して亡くなりました。父は固有宇宙の研究に没頭するあまり、家庭を顧みなくなりました。それにも意味があると本当に言うんですか?」
その言葉に、シリウスさんはしばらく黙る。しかし、やがて意を決したのかその口を開いた。
・・・その話は、俺には到底信じられない話だった。
「・・・・・・少しだけ、間違いを訂正しよう。君の母親は恐らく、固有宇宙が原因で亡くなったのではないだろうな。元々君の母親は病弱だったのではないか?」
「それはっ!確かに・・・そうですが・・・・・・」
俺は言葉を詰まらせる。確かに、俺の母は昔から病弱だった。だからこそ、突然の固有宇宙の発現に耐え切れずに体調を悪くして亡くなったんだ。それが、間違いだって?
シリウスさんは、僅かに目を伏せると出来る限り穏やかな口調で言った。
それは、まるで子供に言い聞かせるかのようだ。
「そもそも、固有宇宙とは人間が持つ内的宇宙。つまり心の在りようが発現した物だ。故に、自らの身体を崩壊させるほどの負荷を固有宇宙が掛けるのはありえないよ」
「っ⁉それは・・・絶対に、ですか・・・・・・?」
「ああ、絶対にだ」
その言葉に、俺の心が黒く黒く塗りつぶされるような錯覚がした。では、今まで俺がずっと憎み続けてきた事は一体何なのか?俺の怒りは茶番だったというのか?
心が、致命的なまでに揺らぐ。俺の精神が、耐え切れない・・・
しかし、次の瞬間俺の頭をそっと誰かが撫でた。ソラ=エルピスだ。ソラは優しく微笑むと、俺の頭を優しく撫でる。その暖かさに、俺の心は平静を取り戻していく。
それだけで、俺の心が救われた気がした・・・
「大丈夫。ありがとう、ソラさん・・・」
「うん」
ソラは眩いばかりの笑顔で微笑んだ。その笑顔で、俺は心底から救われた気分になった。
目頭がじわりとくる。俺は、それを耐えて笑顔を浮かべた。
「・・・やっぱり、俺はきっとソラさんに出会う為に生まれてきたんだ。ソラさん、愛してる」
「っ、そ・・・それは良いから」
顔を真っ赤にして、ソラは顔を逸らした。その可愛い反応に、俺は盛大に笑った。ああ、やはり俺はソラに出会う為にこの世界に生を受けたんだ。其処は絶対に否定はさせない。誰にもだ。
そして、そんな俺とソラの姿にシリウスさんとリーナさんの二人は楽しげに笑みを浮かべる。
「・・・そうか、ソラもついに良い出会いがあったか」
「ソラにも相手が見つかって良かった・・・」
「もうっ!父様も母様も、そんな呑気な事を言わないでよ・・・」
ソラはそう言って、頬を膨らませた。やはり、それがまた可愛らしいと思う。そんな姿が可笑しくて思わず吹き出して笑ってしまったのは、本当に仕方がないだろう。うん、仕方がないな・・・
俺は、笑いながらそう考えた。とても楽しい気分だった。
・・・・・・・・・
そろそろ薄暗くなってきた頃、俺は家に帰宅する事にした。俺に身寄りは一人も居ない。家庭が崩壊してから今まで、俺は一人暮らしを続けてきた。生活費を稼ぐ為、俺はバイトをしている。
しかし、普通に考えて俺一人のバイトの収入で生活費が賄える筈が無い。特に、特待生とはいえ学費を俺一人のバイトで稼げる筈が無いだろう。だとすれば、俺は一体どうやって今まで生きてこれた?
そんな事を、最寄りの銀行で通帳記入をしながらふと考えた。
「・・・・・・・・・・・・やっぱり、一度調べるしかないよなあ」
俺の銀行口座に、匿名でかなりの金額が振り込まれていた。それも、恐らくは多少遊んでも暮らしていける程度の額はあるだろう。本当、一体誰が?
最初は後見人であるネメア先輩が振り込んでくれているのだと考えた。しかし、ネメア先輩はそれを明確に否定している。なら、恐らくは違うのだろう。あの人は嘘は一切吐かない。
なら、一体誰が・・・?
思わず、俺は首を傾げる。今までは実害と呼べる事など無かったから気にも留めなかったが。
やはり、一度調べるしかないか。そう、俺は通帳を見ながら考えた・・・