5、両親登場
ネメア先輩との話を終え、俺はようやく当初の目的であるソラの父親が指定した住所に向かう。しかし其処には俺の想像の遥か上をいく光景が待っていた。それは・・・
屋敷があった。いや、豪邸とか生易しい屋敷があった。
「で、デカい・・・・・・」
とにかくデカかった。いや、何がって・・・屋敷がだ。とにかく豪華で広大な屋敷だった。昔の貴族でも住んでいそうな感じの、そんな広大かつ巨大な屋敷だ。ソラって、もしかしてお嬢様?
・・・ああ、そう言えばソラの両親って国や警察の重鎮、天皇陛下とも交友があると言ってたな?
俺は、隣に立っているソラに目を向ける。ソラはそんな俺を気にもせず、インターホンを鳴らす。
「あ、ソラです。ただいま帰りました・・・」
そう言うと、巨大な扉が横にスライドして開いた。どうやら、セキュリティーは厳重らしい。
そのまま入っていくソラに続いて、俺もおっかなびっくりと入っていく。そして、しばらく歩いたその先の屋敷の玄関前、其処に一組の男女が居た。一人は黒髪に青い瞳の青年。一人はその青年に寄り添うように立つ綺麗な女性だ。恐らく、ソラの両親だろう。
黒髪に青い瞳は父親の、顔立ちは母親に似たようだ。本当によく似ている。二人共、穏やかな笑みを浮かべてソラを迎えていた。そして、二人の視線が俺の方を向く。その視線に、俺は硬直した。
「やあ、君が四条アマツ君だな?」
「初めまして・・・、私達がソラの両親です」
「あ、は・・・初めまして?俺の名は四条アマツと言います」
俺はがちがちに緊張して、深々と頭を下げた。その姿に、ソラの父親は苦笑した。
・・・見ると、ソラの母親も苦笑していた。ソラは・・・頭を抱えている。
うわっ、しくじった。ファーストコンタクトに失敗した?
「そう緊張しなくても良い。俺の名はシリウス=エルピス、此方は妻のリーナだ」
「よろしくね、アマツ君」
ソラの両親、シリウスさんとリーナさんは朗らかに笑みを浮かべた。その笑みに、俺の中の緊張が幾分か和らいでいくのが理解出来た。そんな俺の片手を包み込むように、ソラがそっと握り締めた。
そのソラの笑みに、俺は僅かに目を見開いた。ソラは俺に優しい笑みを向けてくれている。それだけで心の中が暖かくなる気がした。優しい気分だ。思わず、俺の頬が緩む。
「大丈夫、私の父様も母様も優しいから。緊張する必要はないよ」
「うん、ありがとう。ソラさん」
俺は素直に礼を言う。その言葉に、ソラはにっこりと笑みを深めた。
その笑みに、俺は思わず抱き締めたい衝動に駆られる。それを必死に抑え込み、ソラに告げた。
「ソラさん、愛してる」
「・・・そ、それは良いからっ」
顔を真っ赤にして非難するソラ。そんな彼女を可愛く思いながら、俺はにこやかに笑った。とても楽しい気分だとそう思う。そんな俺達を、ソラの両親も穏やかに見ている。
「おいおい、俺達はそっちのけで随分と妬けるな」
「え?あ・・・ぅうっ・・・・・・」
シリウスさんのその言葉に、ソラは顔を更に真っ赤に染める。もう、トマトみたいに真っ赤だ。
そんなソラの姿に、感慨深そうにリーナさんが言った。
「娘もそんな年頃なのね。アマツ君、娘をよろしくお願いします」
「母様も、お願いだからこれ以上この話を引き延ばさないで・・・」
ぐったりした様子でソラが項垂れた。うん、ごめんなさい。俺は苦笑を浮かべてソラを見た。そんな俺を彼女は恨みがましそうに見ている。そんな彼女に、俺は深々と頭を下げた。
でも、やっぱりそんなソラも可愛いと思う。それだけは譲れない。
ソラは深く深く溜息を吐いた。うん、本当にごめんなさい。
・・・・・・・・・
その後、俺はソラとソラの両親に連れられて応接室に来た。そして全員席に着くと、メイドらしき人が紅茶を用意してくれた。紅茶のカップから白い湯気が立ち上る。
「すまんね。広すぎて落ち着かないだろう?どうも世間体とか外聞とか気にしろと周囲が・・・」
「ムメイって、昔から広すぎる屋敷は落ち着かない性格だったよね?」
「ああ、それはまあ幼少期からそうだったからなぁ・・・」
そう言って苦笑するシリウスさんとリーナさん。その会話の中で、俺は気になる一言が。広すぎる家が落ち着かないとか、シリウスさんの幼少期とか、それは今はどうでも良い。
・・・ムメイ?無名?無銘?
「あの、ムメイって?」
「ん?ああ、僕の通り名だよ。無銘。初めて名乗ったのがリーナだけど。当時僕は家出息子だから」
「家出の最中に山賊に襲われてた私を助けてくれたんだよね?」
え?家出?山賊?
その会話に、俺は思わずめまいを覚えた。家出息子?山賊?一体この人たちは何を?俺は軽く混乱を覚えたが、そんな俺にお構いなしに二人は談笑をしている。付いていけない・・・
そんな俺の様子に、苦笑したソラが両親に告げた。
「父様、母様、アマツ君が混乱してるよ?話に付いていけてないから・・・」
「ん?おお、すまんすまん」
「ごめんなさい、話に付いていけなかった?」
「あっ・・・は、はぁ・・・・・・」
僕は曖昧に返事をし、苦笑を返した。すいません、話に全く付いていけません。そんな俺の様子に二人は苦笑を浮かべて黙り込んだ。どうしよう、話が続かない・・・
そんな俺に、何か思い付いたような顔をしたシリウスさんがぽんっと手を打った。
「そうだ、少し僕と一緒に庭を散歩しようか・・・」
「え?あ・・・はぁ・・・・・・」
そう言って、俺はシリウスさんと一緒に屋敷の庭を散歩する事にした。
・・・・・・・・・
俺は、現在屋敷の庭に存在するベンチに腰掛けていた。俺はぐったりしている。気疲れだ。
「それにしても・・・、やっぱりでけえ・・・・・・」
「ははっ、それは僕も思う」
俺の独り言に、シリウスさんは朗らかに笑いながらそう言った。うん、やっぱりこの人の屋敷はデカいし途轍もなく広い。きっと、掃除するのも大変なんだろうな。そう遠い目をして思った。
そんな俺を見て何を思ったか、シリウスさんは実に微笑ましい笑顔で聞いてきた。
「で、だ・・・。アマツ君は何でソラを好きになったのかな?」
「え?いや・・・其処はほら、一目惚れという奴ですか?特に大した理由はありませんよ」
しどろもどろになって、そう答える。そんな俺を、やはり微笑ましげに見てくる。うん、何ともまあ凄くやり辛いです。はい・・・
しかし、どうにもやり込められるだけじゃ釈だ。そう思い、俺も一つ聞いてみる事にした。
「あの、そう言うシリウスさんはリーナさんの何処に惚れたんですか?」
「ふむ、まあそうだな・・・」
シリウスさんは軽く考える仕種をすると、やがて語り出した。
「僕は最初、極度の人間不信の塊だったんだよ。誰も人間なんか信じられないと・・・」
「はぁ・・・それで、どうして其処からリーナさんを好きに?」
そう聞くと、俺の方を見てにっこりと笑みを浮かべた。とても意地の悪い、それでいて子供のような無邪気な笑顔だった。その笑みに、俺は思わずきょとんっとする。
「いやなに、最初は僕だって頑なに独りになりたいと言ったさ。けどな?リーナや周囲の皆が僕を独りになんかさせてはくれなかったんだよ。リーナなんか、何かと僕の面倒を見てきてさ・・・」
「は、はぁ・・・」
それは、いわゆるノロケという奴だろうか?だとすれば、かなりベタ惚れだと思うけど。
しかし・・・
けど、と。其処で初めてシリウスさんはほんの少し表情を曇らせた。悲しげな表情だ。その表情に俺は何かあるなと僅かに身構える。そんな俺に、シリウスさんは苦笑を向けた。
「けど、まあやっぱり逃げる事だけは出来なかったな。どうも女の子の涙には勝てなくてね」
・・・そういうシリウスさんの顔は、何処となく陰があった。やはり、俺には悲しそうに見えた。