4、先輩からの助言
昼からの授業は中々頭に入らなかった。理由はもちろん、ソラの父親からの手紙だ。そもそも、何時の間に手紙を机の上に置いていたのだろうか?クラスメイト達に聞いてみたが、誰も知らなかった。
誰も知らない内に、手紙が俺の机の上に置かれていたらしい。ありえない、何らかの特殊能力が関係しているとしか思えない。一体何者なんだ?ソラの父親は。
いや、そもそもだ。この学校はセキュリティー面において他の追随を許さない鉄壁の防御性能を誇るという触れ込みで有名だ。実際、この学校は開校当初以来侵入者を許した事など一度も無い。
それが何故という事もあるが、そんな事は一切どうでも良い。そんな事は些細な事だ。
「・・・・・・・・・・・・ソラさんのお父さんか。どんな人だ?」
手紙をちらりと見る。すると、其処に新たな一文が書かれていた。不思議に思い、読んでみる。
———おいおい、まだお義父さんと呼ばれるには早すぎるぞ♪
ぞっとした。思わずぞっとした。周囲を見るが、何処にも不審な人物が居る気配も姿も無い。俺の額から冷や汗がつうっと流れ落ちる。い、一体何時の間に・・・?一体何処から?
もしかして、俺は恐ろしい存在を相手にしたのではないだろうか?そんな気がしたが、やはり相手がソラの父親なだけに無視する事も出来なかった。はぁっ、どうしよう・・・これ。
俺は憂鬱な気分になった気がした。
・・・・・・・・・
放課後———手紙に書かれていた住所に行こうと準備をしていたら、教室の入口から呼ばれた。
「おうっ、随分とおもしろい事になってんじゃねえか。アマツ?」
「ネメア先輩?」
意外な人に呼ばれた。俺は思わずきょとんっとする。
この人はネメア先輩。俺の先輩であり、この学校における後見人でもある。俺がこの学校で特待生クラスに居られるのは実質、ネメア先輩のお陰だったりする。それ程の権力を持つ人物なのだ。
元生徒会長にして、現生徒会長に強い発言権を持つ人物。そして、この学校の学園長にも強い発言権を有しているとかいないとか、まことしやかに囁かれている。そんな人物なのだ。
そんな人物が教室に来たものだから、クラスは軽い騒ぎになっている。しかし、そんな事などお構いなしにネメア先輩は俺の前の空いている席に腰を下ろした。椅子が大きく軋む。
それにしてもこの人はデカい。見上げる程にサイズがデカい。服のサイズなんか一体何Lだ?
・・・軽く6L以上はありそうだ。体格なんか、大岩を前にしているかのような威圧感を受ける。
ちなみに、俺はこの人に勝てたのはたった一度しか無い。能力の差ではなく、純粋な体術の差だ。
何十回と挑んで、ようやく一度だけの勝利を得た。この人は、純粋にとても強い。それこそ、野生の熊を相手に素手で僕殺したという経歴を持つ程だ。それを聞いた時は泡を吹きかけた。
それも一匹や二匹ではなく、囲まれていたらしい。小学生の頃だったとか。やべえ人だ・・・
それ故、この人は人類最強とも呼ばれる猛者だった。流石に、もうこの人とは戦いたくない。
とまあ、それよりも今は別の事が重要だ。今は俺は残念ながら用事がある。故に、先輩の相手をしていられる時間はあまり無いだろう。その旨を伝える・・・
「えっと、今先輩に付き合っている時間は余り無いんですが・・・?」
「知ってるよ。何でもお前に好きな女が出来て、その父親から呼び出しを受けたんだって?」
俺は、思わず目を丸く見開いた。何故、それを知っているのだろうか?
誰かが情報を漏らしたのか?まあ、考えられる奴なんか一人しか思い浮かばないけど・・・
「・・・何故、それを先輩が知っているんですか?」
「当然、アルゴーの奴に聞いた」
「なるほど、理解しました・・・」
俺は呆れた溜息を吐いた。どうやら、アルゴーが情報を先輩にリークしたらしい。アルゴーは以前とある案件によりそれ以来、ネメア先輩に絶対服従を誓っている。要するに、逆らえない訳だ。
一体何があったのか。それを聞いてみてもはぐらかされて聞けずにいる。本当に何があったんだ?
聞いた時の、あの真っ青な顔を俺は忘れられない。何をされた?
「で、だ・・・。此処から先輩として助言をしようと思うんだが・・・」
「助言・・・?」
何だか、嫌な予感がする。ネメア先輩は豪快な逸話を幾つも所持している人だが、その助言は何時も的確で外した事は一度も無い。それ故、彼の助言はある種予言じみているとも噂されている程だ。
・・・その先輩が、助言だって?俺は、居住まいを正した。
「・・・おっと、その前に」
「・・・?」
そう言うと、ネメア先輩は俺と先輩を囲うように大きく結界を張った。その結界は絶対防御の能力により作られた防壁だ。それ故、その防壁を突破できるのは俺以外そう居ない。
俺と先輩の周囲に、音一つ漏れない隔離空間が展開される。
故に、俺は怪訝な顔をする。それほどの案件なのか?先輩は、表情を引き締めて言った。
「ソラ=エルピスの父親。シリウス=エルピス。何処で生まれたのか、何処で生活していたのかは妻子ともども全くの不明。ある日、突然謎の技術を引き下げてこの日本にやってきたらしい」
「・・・・・・・・・・・・」
「その後、瞬く間に天皇陛下や首相、警視総監、果ては大物ヤクザの親分とも友人に。その全てが敵対するよりも友好関係を築いた方が得だという判断を下しているとか・・・」
「・・・・・・は、はぁっ」
俺は口元が引き攣るのを感じた。まるで、アニメか漫画の中の世界のようだ。そんな奴が、まさかこの現代日本に存在しようとは。俺は思いもよらなかった・・・
ネメア先輩は椅子に深く座り込むと、そっと息を吐く。椅子が、その巨体でぎしっと軋んだ。
椅子が、大きく歪んで今にも壊れそうだ。ふと思う、その椅子って確かアルゴーの椅子じゃ?
「俺も、まさかそんな人物が本当に存在するとは信じられないがな?重要なのは此処からだ。そのシリウスという男は何でも異世界からの来訪者らしい」
「・・・・・・はい?」
俺は、開いた口が塞がらないという状態におちいった。まさか、このご時世に異世界人という単語を口にする輩が存在するとは。そして、その人物がまさかのネメア先輩とは・・・
しかし、そのネメア先輩は至って真剣な様子だ。ふざけた様子は一切無い。
「俺も信じられねえよ・・・。そして、此処からが重要機密だ。その男は現に、異世界を渡る船という未知の技術で造られた物を所持していたらしい。その証拠がこれだよ」
そう言って、ネメア先輩は一枚の写真を渡してきた。その写真には、巨大に過ぎる一隻の船が。その船は明らかに機械的な見た目の船で、それでいながら僅かに空に浮いていた。
・・・その衝撃的な光景に、俺は思わず閉口する。そうだ、そう言えばこの人、警視総監の息子という肩書を有していたんだった。こんな写真の一枚や二枚、持っていても不思議ではない。
「・・・・・・その異世界を渡る船。本当に本物なんですかね?」
「ああ、少なくとも未知の技術で作られた代物であると判断は下されている。それに・・・」
「それに・・・?」
僅かに間が空く。こんなに躊躇う先輩も初めてだ。僅かに不安になる。
そして、ようやく覚悟が決まったのか告げた言葉に俺は唖然とする事になる。
「その船の中に存在する訓練区画。その入口の扉の前に未知の生命体が居たよ。本人?はスライムだとそう名乗りはしていたけどな。少なくとも、不定形の生物だった・・・」
「スラ・・・イム・・・・・・?」
「ああ、スライムだ・・・」
「スライムって、あの・・・?」
「ああ、ロールプレイングゲームで有名なあのスライムだ」
俺はあまりの非現実さに、今居るのが本当に地球なのか疑わしくなった。よりにもよって、スライムとは流石に思いもよらない気分がした。何時から、此処はファンタジーな世界になった?
人類が覚醒の時代を迎えてからか・・・?
次回、ついに無銘と邂逅する・・・