2、純血の悪魔と無銘
ついに、悪魔と無銘の戦端が開かれた。
全力開放された悪魔の力。それは正体不明で一切理解が出来ない謎の力だった。例えるならば見る事も理解する事も出来ない謎のエネルギーで殴打されたような、そんな不可解さ。
それは、固有宇宙樹により凡そ全ての法則や概念を掌握した無銘であろうと同じだった。一切理解が出来ない謎の力により攻撃を受けた。それのみしか理解が追い付かない。
何だこれは?何なのだ?こんな力があって良いのか?いや、本当にこれは存在するのか?
全てが全て、理解不能。
果たしてこの力は何なのか?一体これはどういう力なのか?解らない。理解出来ない。
一切合切が不可解で不可思議だ。
だが、それでも無銘は諦めない。シリウス=エルピスに諦めの言葉など存在しない。
もう、二度と諦めるという事はしたりしない。絶望などしない。
それが、無銘という一人の人間が至った一つの回答。人生の答えだ。
故にシリウス=エルピスは歩む事を止めない。例え、目前に遥か高い障害が立ちはだかろうとそんな事は一切関係ない。打ち砕いて突き進むだけだ。
故に、無銘はその生涯で初めて固有宇宙樹の力を全力開放する。全力開放された全ての宇宙法則が周囲一帯に広がり原初世界の法すら書き換えて………
あっさりと押し流された。
「………っ⁉」
一瞬、無銘は理解が追い付かなかった。それは生涯で初にして最大の混乱だった。
ただ正体不明の謎の力が一瞬で固有宇宙樹の力すら上回りあっさりと吹き飛ばしたのだ。
その謎の力———それは悪魔Ωから発せられたものである。それは解る。理解出来る。
しかし、それでも不可解だ。
にも関わらずその力は背後の翼卵から発せられる意思の力と限りなく同種。それが意味する事はつまりただ一つしかないだろう。それ即ち———
「お前………あの卵からバックアップを受けているのか?」
「卵などと。アーカーシャ様とお呼びしろ」
悪魔Ωは不気味な笑みを浮かべ言う。それは、今までの彼と似てるようで根本的に違う。
暗く不気味で。壊れたような笑みをその悪魔は浮かべていた。
そんな彼に、無銘は決して軽くない違和感を覚える。
「お前、本当に悪魔Ωか?」
「何を言う。全く意味が理解出来ないなアぁ?」
その言葉に、今度ははっきりと違和感を覚え………同時にその正体を理解した。
その違和感の正体を。
「お前………既に操られていたのか‼」
そう、悪魔Ωは既に操られていた。いや、正確には悪魔Ωの魂がバックアップ元である翼卵から受けた力の重圧に耐える事が出来ずその魂の根源から逆に掌握されてしまったというべきか。
無論、あの翼卵の奥に居る存在にはそんな気など元より無い。そもそもそんなつもりで悪魔Ωに力を授けたのでは断じてないのだから。それはただ、悪魔Ωを信頼した上で力を授けた筈だ。
なら、何故?
それはつまり、ただ悪魔Ωがその存在からの期待や信頼に応えられなかっただけの話。
その期待や信頼の持つ超重量に耐え切れずに砕けてしまった。それだけの話なのだ。
「くくっ、くはは………くひゃひひひひひひ‼‼‼」
壊れた、狂笑を悪魔が上げる。その笑みと共に、周囲の法則が呼応し歪んでゆく。
曰く、重すぎる期待や信頼は時として人の心を容易く砕く凶器となる。しかし、それをその存在は一切頓着しないのである。否、それは違う。
彼はただ、知らないだけだ。それを理解出来ないだけだ。
そもそもの話。はじまりから超越の存在であったその存在は挫折を知らない。諦める者、挫ける者の気持ちをその存在は概念すら理解出来ないのだ。
故に、愛おしむつもりで壊してしまう———
故に、その愛で全てを圧し潰す。
それが、例え心から愛する気持ちから来るとしても。他者からすれば重すぎるのだから。
「ふざ………けるなっ‼‼‼」
故に、無銘は吼えた。全力で怒りのままに吼えた。
今、無銘の心には純粋な怒りが猛威を振るっていた。猛り狂う怒りが心の中荒れ狂う。こんな不条理が果たしてあって良いものか?許して良いものか?
否、断じて否だ。
そのような理由で壊されては堪ったものではない。それが意思なき災害であればまだ良い。
しかし、彼には意思がある。人を愛し慈しむ気持ちもある。ただそれが重すぎるだけだ。
ただ、それだけで容易く壊される。ただ理解出来ないだけで無垢にも壊される。
まるで、赤子が小さな虫の羽を引き千切り遊ぶように。何処までも無邪気で無垢で純粋。
それが無銘にとって純粋な悪意や害意より尚許せない事だった。
「ふざけるな‼僕達はお前のおもちゃなんかじゃ無えんだぞ‼そんな理屈で壊されて堪るか‼」
自分達は確かな意思がある。自分を認識する自我がある。断じて壊されて良い訳では無い。
赤子が振り回すおもちゃであって良い筈がないのだ。
果たして、その血を吐くような叫びが届いたのか否か。
その翼卵から頭に直接響く声が響き渡った。
《ええ、もちろんです。貴方達は私のおもちゃではありません》
「———っ‼?」
それは、まるで幼い少年のような。或いは少女のような声だった。
その声に、僅か一瞬だが無銘の身体が硬直した。その一瞬を見逃す悪魔Ωではない。
例え、既に魂から別の存在の傀儡と化していたとしても。
悪魔Ωから発せられた力の波動により無銘は宙を舞った。一瞬だが、無銘の意識が散る。
一瞬、背後から誰かの声が聞こえた気がした。果たして、それは誰の声だったか?
「———………っ、あ」
《貴方達は私のおもちゃではありません。だからこそ愛おしく尊く、そして美しい》
故に壊す。その存在は無知なままに全てを壊す。期待と信頼と、そして愛するが故に全てを破壊し続け壊し続けるのだ。何も知らないから。いや———
例え知っていようともそれは愛する事を止めないだろう。壊す事を止めないだろう。そして期待する事を断じて止めないだろう。何故なら、それは信じているから。
それは、何処までも期待し信じているから。だからこそ愛する事を、壊す事を止めない。
きっと、何れは自身の許へとたどり着く存在が現れる。そう信じているから。
故に、その存在は———特異点アーカーシャは全力で愛するのだ。
例え、それが愛する全てを壊す結果になろうとも。それは信じているから。
何故か?
それは、人間の持つ美しい輝きに魅せられたからだ。
「ふざ、ける………」
瞬間、無銘の脳内に閃光が弾けた。
固有宇宙樹は臨界点を大きく超え、そして新たな領域へと到達する。
永久不変の、無限にして無謬の、更なる領域へ。
「……………………っ、っっっ‼‼‼」
固有宇宙樹、オーバーロード。それは、そう呼ぶべき事象だった。
限界を大きく超えて超過した先。その先に無銘は新たな力を手にしたのである。
いや、それは決して新たな力ではない。固有宇宙樹は決して変革などしてはいない。ただ限界を超えて新たな領域へと踏み込んだだけの話だ。
それは、即ちこう呼ぶべき事象だろう。
覚醒と………




