3、後輩ちゃん
「先輩っ!!!」
「うわっ・・・、ミカちゃん」
俺の背中に、突然強烈な衝撃が奔った。その衝撃に、思わず俺も驚きの声を上げる。
俺に駆け寄り、いきなり小柄な少女が抱き付いてくる。彼女の名は古城ミカ。古城リュウヤの妹であり僕の後輩でもあるミニマム女の子だ。戦闘系アニメにおいて解説役のポジションらしい。
・・・もちろん、自称だが。
・・・まあ、ともかく俺はさっきから身体をこすり付けてマーキングをしているこの後輩ちゃんを無理矢理引きはがす。ええいっ、離れろ放せこの野郎っ!!!
うおっ、こいつ俺の首に甘噛みしやがった‼どれだけ甘えたがりなんだこいつはっ‼
ええいっ、放せ放せくっつくなああああああああっっ!!!
「えへへ~っ・・・。先輩は私のもの。私は先輩のもの・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
・・・う、うわぁっ。
流石に今の発言はドン引きだ。何時、俺がお前のものになって何時、お前が俺のものになったよ?
俺が軽くドン引きしている時、おずおずとソラが近付いてきた。
「・・・あ、あの。この娘は・・・誰?」
「あ?誰かな君は?」
話し掛けてきたソラに、ミカはいきなりメンチを切ってくる。というか、表情がヤクザだ。そのあまりの豹変ぶりにソラは困惑している。まあ、仕方がない。この後輩は基本猫かぶりだから・・・
・・・俺は思わず溜息を吐いた。ミカの頭にこつんっと軽く拳を当てる。
「こら、先輩にそういう口の利き方は止めなさい。この人はソラさん、僕の恋人になる予定の人だ」
「だから違うっ!!!」
ソラが否定の言葉を叫ぶ。しかし、その表情も可愛いな。思わず俺の顔がほころぶ。そんな俺の姿に更に慌てたのかソラが顔を真っ赤にする。ああ、可愛い・・・
しかし、そんな俺達の様子に機嫌を悪くする者が一人。無論、ミカだ。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・へえーーーっ」
背後に異形の怪物を従え、彼女は不気味に嗤う。その瞳からハイライトが消えている。漆黒の闇をたたえた瞳に邪悪な笑みを浮かべたその姿は、まさしく邪神か魔王の威風を纏っている。
・・・流石にこの覇気を受けてソラも怯えて。・・・いない?
・・・・・・え?
「えっと、あの。ソラさん?何を・・・」
「うん、解ってるよ?あの娘は私と戦いたいんでしょ?」
「ちょ・・・ちょちょちょっとおっ‼」
流石に俺も慌てる。え、何?この人、戦闘になると容赦しない人?そう言えば、初めて会った時もチンピラを相手にして一切容赦がなかったような?ええ???
そして、その一言にミカも不敵に嗤った。その犬歯を剝いた笑みは、まさしく戦士のものだ。
「いいよ?コテンパンにしてあげる・・・」
「大丈夫、そんなに時間はかからないから。痛くもしないよ」
そう言って、互いに互いを煽り合う。ヤバい・・・どうしよう、これ?俺は思わず頭を抱えたくなるのを抑え切れない。見ろよ、リュウヤなんか二人の覇気に当てられて泡を吹いているぞ?
そんな中、ショタ先生はあわあわとどうすれば良いのか困惑している様子。うん、気持ちは解る。
「ふ、二人共ーーーっ!喧嘩なんかしないで仲良くして下さーーーーーーいっっ‼」
そう叫ぶが、一向に二人には届かない。哀れ、ショタ先生は泣きそうだ。
・・・そして。
「ドタマかち割れろやああああああっ!!!」
剣呑な言葉を叫ぶ後輩ちゃん。明らかに今時のヤクザすらもドン引きするレベルの口の悪さ。
そして、懐から金槌を取り出し特攻していく。しかし、それは無駄だ。少なくともあのソラを相手にしては無駄も無駄だろう。何故なら・・・
「せいっ!!!」
「・・・・・・・・・・・・え?」
それは、認識すら不可能だった。何が起きたのか理解出来ない。しかし、何かされたのは確かだ。
ミカには痛みすらも感じなかった。只、気付いたら地面に自分の身体が組み伏せられていた。
何時の間にか、背後に回られ腕を固められたミカの姿が其処にあった。ソラの勝利だ。まあ、それも当然の話ではあるな。俺はこっそりと溜息を吐いた。
・・・そう、ソラは純粋に速いのだ。それこそ、俺でも見切る事が出来ない程に。純粋に速度に特化した固有宇宙を保有しているのである。故に、彼女は俺でも勝利は難しい。
「え?え?な、何でええええええええええええええええっっ!!!」
「はいっ、私の勝利・・・」
それは、花が咲きほころぶような眩い笑顔だった。素直に綺麗だと思った。
ソラはとても良い笑顔で勝利を宣言した。うん、とても可愛い。可愛いけど、すげえシュール。
・・・流石の俺も、軽くドン引きしていた。うわぁっ。
・・・・・・・・・
そして、昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴り響いた・・・
未だに地面に突っ伏してぶつぶつとうわ言のように何かを呟くミカ。その顔は蒼褪めている。どうやらソラに敗北した事がかなりショックだったらしい。それも、只敗北したのではなく完全なる敗北だ。
相応にショックも強いだろう。そんな彼女に、ソラは笑顔で手を差し伸べる。その笑顔に邪気なんか微塵もありはしない。きょとんっとした顔で見上げるミカに、ソラは言う。無邪気な笑顔で・・・
「昼休みは終わったよ?さあ、教室に戻ろう。学生の本分は勉強だって、父様も言っていたし」
「・・・・・・むぅっ」
未だ不服そうな顔で、ミカはその手を取った。どうやら、ソラの笑顔に毒気を抜かれたらしい。そのままそそくさと教室に戻っていった。しかし、ソラの父様か。一体どんな人だろうか?
一度会ってみたいと、そう俺は思った。まあ、少なくとも今ではないだろうな。そうも思った。
・・・教室に戻る途中、ソラが俺に話し掛けてきた。その顔はとても楽しそうだ。
「・・・えっと、アマツ君だっけ?」
「はい」
「可愛い後輩だね。ずいぶんと貴方に懐いていたみたいだけど?」
「ああ、はい。以前彼女がチンピラに絡まれていたのを俺が助けた事がありまして・・・」
思えばそう、あれはこの学園に入る直前の事だった。チンピラに絡まれていた彼女を、当時やさぐれていた俺は八つ当たり気味にチンピラから助けた。というか、普通にチンピラをフルボッコにした。
思えば、あれはかなり殴り過ぎたと思う。心が折れるまで罵倒した。最後なんか、チンピラが泣いていた程に心が折れていたさ。流石に、俺自身やり過ぎたとも思っている。
その時に、どうやら懐かれたらしい。ずいぶんとまあ、解りやすい事だと思う。
「・・・それで、貴方に懐いたの?」
「はい」
苦笑して答える俺に、ソラは悪戯っぽい笑みで更に聞いてきた。その笑みに思わずドキリとする。
「もしかして、貴方が私に惚れた理由も同じなのかな?」
「いえ、俺の場合は素直に一目惚れですから。貴女を見た瞬間に雷が脳天を直撃した気分でした」
いわゆる、あれは運命の恋だったのだ。俺はそう感じている。あの時の想いの強さは誰にも計る事は不可能だとそう確信している。事実、俺はソラに参ってしまっているのだから。
助けられたからとか、そんなベタな理由や虚飾など必要ない。本当に一目惚れだった訳だ。
その言葉に、ソラは顔を真っ赤にした。聞いておいて今更恥ずかしくなったのだろう。
「そ、そう・・・・・・」
「はい、そうです・・・」
だから・・・
「大好きです、ソラさん。きっと幸せにしてみせます」
「うぅっ・・・・・・」
真っ赤な顔のソラに、俺はとびっきりの笑顔を向けた。しかし・・・
まだとびっきりの問題が残っている事を、この時の俺は知りようがなかった。
・・・・・・・・・
教室に戻った俺の机に、一枚の紙切れが置かれていた。紙切れは、二つに折りたたまれている。
俺は、不思議に思いながらゆっくりそれをめくる。其処にはこう書かれていた・・・
———学校が終わったらそのまま指定の住所まで来なさい。少し話をしよう。
ソラの父親より。
俺は、これでもかという程に愕然と目を見開いた。波乱の予感がする?
無銘からの手紙!!?