3、親と子の語らい
ばんっ、と爆発するように勢いよく開かれる扉。
「社長っ‼」
勢いよく扉を開き、一人の女性が室内に飛び込んできた。先程、俺達を此処に案内した女性だ。
女性は、倒れている父さんを見た瞬間にくしゃりと表情を歪める。そして、父さんの方へと駆け寄り縋り付くように飛び付いた。悲鳴を上げるように泣き叫ぶ。
「社長!社長っ!……起きて下さい、社長っ‼」
「……う、ぅうっ………」
僅かに呻く父さん。その姿を見てほっと安堵する。よく見れば、彼には傷一つ付いてない。極度に衰弱してはいるが、それはあくまで精神支配を拒み続けた代償だ。気絶しているだけ。
それ以外、何処にも異常は見られない。先程、魔弾を受けた筈の額にすら……その姿に、ソラは心底不思議そうに俺に問い掛けてきた。これは、一体どういう事なのかと。
「ねえ、これは一体どういう事?さっき、たしかに額に銃弾を受けたよね?」
「はい……けど、俺の魔弾は固有宇宙により形成された非物質です。つまり、簡単に説明すると俺の能力により生成されたモノだからこそ、ある程度俺の意思を汲むんですよ」
「うん?」
ソラは、よく理解出来ない風に首を傾げた。まあ、それも当然だろう。
俺は、にこりとも笑わずにそれに回答した。これは、俺自身賭けのような物だった。
だからこそ、最悪の場合は父さんを本当に死なせてしまう所だった。他でもない、父を。俺の父親を死なせてしまう所だったんだ。それが、本当に怖い……恐怖する。
「俺の固有宇宙は、対世界属性を宿している。つまり、あらゆる概念や次元を貫通し崩壊させる事が出来る事になるでしょう?それに、俺の魔弾は本来の物質ではないですから」
「ああ、なるほど?それで父親の身体を傷付けずに精神支配だけを撃ち抜いたと」
「そういう事です……」
ようやく納得したソラに、俺はにこりともせず頷いた。
そう、俺の魔弾はあらゆる次元を歪めて貫通する非物質の弾丸だ。それは、俺の意思を汲んで俺の貫通したい物のみを貫通する。それはつまり……
理論上は相手の肉体を一切傷付けず、固有宇宙の影響のみ撃ち抜く事すら可能という事だ。
うっすらと、父さんの目が開く。父さんの目の前には、泣きそうになっている女性が。父さんは女性の頬に手を差し伸べる。女性の肩が、びくっと震えた。
父さんは、女性の涙をそっとぬぐい取る。
「イリス君……君か…………君はまた、泣いているのだな?」
「すみません、社長。私が……私が嘘の報告をしたから、あの人の……ミナの死に立ち会えず」
「そういう……事、か………」
父さんは、僅かに苦笑を浮かべた。どうやら、母さんの死に父さんが立ち会えなかったのはあのイリスという人に原因があったらしい。或いは、父さんと母さんと彼女の間に何かあったか。
其処は、俺が口出ししていい事じゃないだろうけど。
父さんは、イリスさんの頬を優しく撫でながらそっと謝罪した。
「すまんな、俺はお前の気持ちに気付いてやれなかった。お前の気持ちに気付こうと……」
その言葉に、彼女は首を左右に振った。
「違うんです。私が、私がミナに対して嫉妬していたから。彼女だけ社長の愛を受ける事に私が耐え切れないばかりに。只、それだけで……っ、ぅうっ」
「そうか……なあ、イリス君。私はアマツに、息子に何もしてやれなかった。息子が大変な時に俺は傍に居てやれなかった。今度こそ、俺はあの子の傍に居てやりたいと思う。家族として」
「はい……」
「しかし、其処にはもう一人。母親もいてやるべきではないだろうか?」
「………へ?」
何を言われたのか、よく理解出来ないイリスさん。俺も、理解出来ずに困惑する。
そんな中、父さんは俺の方に目を向けた。それは、父親らしい穏やかな目だ。
そんな穏やかな目を、俺は初めて見たかもしれない。或いは、これが本当の父さんの……
「息子の母親は、ミナだけだ。けど、あいつはもうこの世に居ない。しかし、家族に戻るには恐らく母親の存在が必要だろう?」
「それは……えっと、あの………?」
「……母さんの代わりとは言わない。けれど、もし君さえ良ければどうかあの子の母親になってはもらえないだろうか?私と一緒に、あの子の家族に」
其処まで聞いて、イリスさんはクスリと涙目のまま笑った。それは、不器用なプロポーズだ。
父さんは、不器用ながらもイリスさんに告白しているのだ。それに、イリスさんは気付き。
そして、花が咲くような笑みで心から笑顔を見せ、
「はい」
ぼろぼろと涙を流しながら頷いた。そんなイリスさんを、父さんはそっと優しく撫でた。
・・・・・・・・・
そして、父さんは俺の方に目を向け穏やかに笑い掛けた。とても穏やかな笑み。対し、俺は一切笑う事もなく父さんへとおずおずと近付いていった。
「父さん……ごめん」
「何を謝る必要があるんだ?」
笑みを浮かべながら、俺を見る父さん。しかし、俺は一切笑わない。笑えない。
俺は、父さんに謝らないといけないから。これだけは、はっきりと謝らないといけない。
俺は、父さんに一つだけ謝らないといけない事がある。
「俺は、父さんが大変だった時に。ずっと父さんの事を勘違いしていた。父さんは俺達の事をどうでも良いんだとばかり思っていたから。俺や母さんの事を……」
本当は、ずっと俺達の事を考えていた。ずっと、俺達の為に生きてきたのに。
それなのに……
その言葉に、父さんは苦笑を浮かべた。
「俺こそ、済まなかった。お前が大変な時に、傍に居てやれなくて。本当にすまん」
「……ずっと、父さんは俺の援助をしてくれていたんだな。俺を、見守ってくれて」
「…………せめて、それくらいしかしてやれる事がなかったのさ。精神支配に抗いながら、それでもお前にしてやれる事をずっと考えていた。お前の幸せを願っていた」
そして、父さんは俺の傍にいるソラに目を向ける。その瞳は、穏やかで優しい。
「君が、ソラ=エルピス君だね?」
「はい」
「息子の事を、どうかよろしく頼む。ほとんど何もしてやれなかった私だが、それでも私からすれば自慢の息子なのだ。よろしく頼む」
「はい……」
ソラのその返答に、満足したかのように父さんは笑った。心底満足したかのように。
そして、心底満足したような笑みで父さんは一言。ありがとうと口にした。今、此処には一つの家族が居るのだと俺は思った。これが、きっと家族という物なのだろうと。
……と、その時。
「何です……それは……?」
俺達は、ぞっと背筋が凍るような悪寒に襲われた。
地獄の底から響き渡るような、そんな怨嗟の籠もった声だった。ぎょっとして、俺達は一斉に部屋の入口へと振り返る。其処には、一人の女性が立っていた。
知っている。彼女は、カミラの部下である……
「ラス……アルグル………」
そう、カミラの部下で今回の事件の黒幕の一人。ラス=アルグルだ。
彼女は怨嗟の籠もった表情で、心底忌々しそうに俺達を見ていた。それは、思い通りにいかない世の中に対する不平不満が爆発したかのような、怒りと憎しみの表情。
しかし、とてもそれだけでもない混沌とした憎悪の貌だった。この世のありとあらゆるモノを深く憎悪しているような、そんな怒りと憎しみの表情だった。
彼女の中の、何かが致命的なまでに壊れてゆく。
「何ですそれは?何でそんな、幸せそうな雰囲気なんですか?何故、そんな大団円みたいな空気で終わるんですか?ねえ?意味が解りませんけど?」
何故?どうして?理解出来ないと壊れた機械人形のように繰り返すアルグル。そのたびに、彼女の憎悪の表情は純度と深度が増してゆく。怒りが増してゆく。
そして、それはやがて臨界点に到達した。
「ふざ……けるな……」
ふざけるなふざけるなふざけるなと、彼女は只管繰り返す。
室内に響く、ふざけるなという憎悪の言霊。そして、
「ふざけるなあああああああああああああああああああああああああああああっっ‼‼‼」
それはついに、爆発の時を迎えた。




