2、親子対面
時刻は昼過ぎ———太陽は中天に輝いている。
そして、俺達は”輝く星空”本部に到着した。街の中央に建つ、巨大オフィスビル。そのビルに存在する全ての企業や会社が輝く星空の直系となっている。
いや、正確にはそれら全ての会社を総称して”輝く星空”と呼ぶ。つまり、これら全ての会社はその本来のカタチと名をごまかす為に造られた偽装に過ぎない。故に、このビル全てが本部だ。
結社”輝く星空”。父さんが造った、世界を裏から支配する組織。
本来は、もっと別の理由から造られた組織らしいけど。今は世界を裏から支配する、巨大秘密結社と成り果てている。世界的巨大組織へと。
其処に、思う所がないとは言わない。正直、思う所はあるが……
「…………行こう、ソラさん」
「うん」
俺達は、互いに覚悟を決めてビルに入る。瞬間、ビルのロビーに一人の女性が立っていた。
栗色のショートカットをした、チェック模様のベストにスカート姿の小柄な女性。恐らく彼女も組織の人間なのだろう。或いは、俺達を直接迎える為に差し向けられたか?
その女性は、俺達の姿を確認すると軽く会釈をした。女性らしく、柔らかな物腰だ。
「四条アマツ様にソラ=エルピス様ですね?お待ちしておりました……」
「俺は父親に会いに来た。通して貰っても構わないか?」
軽く警戒しながら問う。もしもの場合は、此処で戦闘になってもおかしくない。それはソラも理解しているのか僅かに身構えている。しかし……
それは、どうやら杞憂だったらしい。女性は僅かに笑みを浮かべて頷いた。
「了承しました。では、こちらにどうぞ…………どうか、社長を」
「……………………」
最後、何かを言おうとしていた女性だった。しかし、女性はそのまま口を噤んだ。何か、理由でもあるのだろうか?それとも———
何故だろう?一瞬だけ、女性が酷く悲しげな表情をしていたのは。気のせいか?
いや、やはり今はいい。今は父親の事にのみ思考を集中させるべきだ。今は、それ以外に思考を裂いているべきではないだろう。だから、
俺達は、そのまま女性の後ろを付いていった。俺の胸が、酷くざわついた。
・・・・・・・・・
オフィスビルの最上階、最奥の部屋。その前で女性は立ち止まった。部屋の扉には、社長室と札が掛けられている。この中に、父さんが。
自然、俺は唾を呑み込む。心が緊張して、張り詰める。
「社長は中におられます。どうぞ」
「……………………」
部屋に入ろうとした、その瞬間———
「その、えっと……」
「?」
振り返る。女性は、どこか躊躇うように視線をさまよわせながら……それでも言った。
強い決意を示すように。何処か、祈るような瞳で。そして、泣きそうな悲しげな表情で。
僅かに声を張り上げて、言った。
「社長を、あの人をどうか救って下さい……どうか、お願いします!」
「貴女は……」
「本当は、こんな事を頼めるような立場ではないのは理解しているんです。けど、あの人が狂い始めたのは私のせいなんです。私が、親友に嫉妬したから……そのせいで」
「……………………」
「悪いのは、全部私なんです。私が親友を、あの人を裏切ったから…………っ」
果たして、それがどのような意味があったのかは理解出来なかった。しかし、それでも何か必死なのは理解したから。それだけは理解したから。
だから、俺達は力強く頷いた。頷いて、ドアノブを回す。
そして、中に入っていった。
・・・・・・・・・
室内は、酷く荒れていた。社長机も、その上に置いてあった筈のパソコンも、
全て荒れ果て壊れていた。
中には、一人の男性が居るだけだった。スーツ姿の、壮年の男性。顔はやつれ果て。その目の下には深くクマが浮かんでいる。しかし、その瞳には爛々と危険な光が。
知っている。顔はやつれ果て、目の下にクマが刻まれているが。それでも俺はこの男を。この男が俺の父親であり、”輝く星空”の総帥。四条大地だ。
すぐに、俺はそれを理解した。理解して、痛ましい気持ちになった。
「よく来たな、我が子よ…………」
「父さん」
父さんは、にこりともしなかった。しかし、その瞳は爛々と危険な光を灯している。
そして、俺はようやく理解した。確かに、今の父さんは精神支配を受けている。けど、
「父さん、そんな姿になってもまだ支配に抗っているんだな」
「え⁉」
驚愕の声。
ソラは驚いた顔で、俺と父さんを交互に見た。恐らく、これは家族にしか解らないだろう。解らないだろうけれど、俺には確かに理解出来た。その瞳の奥に、まだ俺の知る父さんが居る事を。
父さんは、未だ抗っている。精神支配を受けながら、それでもきっと家族の為に。他でもない俺の為に父さんは抗っているのだろう。まだ、きっと間に合う。
そう思った直後、父さんは口を開いた。にこりともせず、クマの刻まれたやつれた顔で。
「実に、無様な事だ。他でもない家族を、お前の母さんを救いたかった。死病に犯された妻を救いたいと願いその手段を固有宇宙に求めた。それだけの、筈だったのだが…………」
「…………え?」
今、何て言った?母さんが死病に犯されていた?父さんが、その為に固有宇宙を?
それはどういう…………?
「妻は、死病に犯されていたのだ……。ただ、直後に固有宇宙が発言した為にお前は原因をそれだと勘違いしていたに過ぎん…………。ただ、時間が無かったのだ」
「そんな、母さんは……そんな事一言も」
「こんな事なら、もっと早く言っておくべきだった……母さんは、幼いお前に無用な心配をかけたくないと無理をしていたのだ……ずっと、無理をして笑っていたのだ…………」
「そんな……そんな事が……」
自嘲するように、父さんは笑みを漏らした。それすらも、もはや辛そうだ。ただ、笑みを零すだけの事が既に辛そうだ。そんな父さんが、本当に痛ましくて……
辛くて。悲しくて。
「そんな時だった……。俺が、奴等に精神支配を受けていると知ったのは…………。気付いた時にはもう何もかもが遅かった。既に、精神の根深い部分にまで支配を受けていた…………」
「……………………」
「俺を殺せ、アマツ…………」
「っ‼?」
その突然の言葉に、俺は目を大きく見開いた。しかし、父さんは本気だ。それは、父さんの瞳を見ればすぐに理解出来る。それ程までに、父さんは強い覚悟を決めていた。
父さんの瞳には、危険な光が宿っている。しかし、それでも今なお抗ってもいる。
抗い、そして俺の手で死ぬ事を望んでいる。全てを終わらせる事を望んでいる。
それを理解した俺は……
「…………っ」
黙って銃口を突き付けた。震える手を抑え、涙で滲む瞳を真っ直ぐに父さんに向けながら。
困惑するソラ。しかし、止める事は出来ない。ただ、硬直するだけだ。どうすれば良いのかソラでも理解出来ないらしい。ソラでも、判断出来ないらしい。
そして、俺の手に持つガバメントが魔弾を放った。それは、狙い違わず父さんの額に……
・・・・・・・・・
魔弾を額に受け、四条大地は安堵を胸に抱いた。ああ、これでようやく安心して逝ける。
意識が闇に呑まれてゆく。全てが終わる。四条大地の人生に、幕を引く。
そんな中、闇に沈んでゆく大地の意識を。そっと引き上げる者が居た。艶やかなウェーブの黒髪に優しい少女のような笑みを浮かべた女性。四条ミナ、大地の妻だ。
「……そうか、わざわざ迎えにきてくれたか。ミナ」
笑みを零す大地に、ミナは首を左右に振る。どうやら違うらしい。ミナは何処までも優しい瞳で大地を見詰め告げた。
何処までも、優しい声音で。
「アナタにも、まだあの世界でやるべき事が残っています。あの子の傍に……」
「ああ、そうか……そうだな…………」
自嘲の笑みを零した大地に、花が咲くような笑みでミナは意識を引き上げた。




