番外、フロイラインの巫女
アンナ=シュプレンゲル———彼女は秘密の首領と通じる巫女である。
そして、数多くの魔術師達と秘密の首領を繋ぐパイプ役だ。
高次の霊的存在である秘密の首領は彼女を通じる事で、物質界へと干渉する。それは即ち、巫女である彼女の存在がなければ容易く物質界に干渉できないという事でもある。
そして、秘密の首領が物質界とのパイプ役として彼女を重用しているという事実は、即ち彼女がそれ程までに有能である事を意味しているだろう。そして、その有能さはこの状況下でも発揮された。
「はっ・・・はっ・・・ぜぇ・・・・・・」
アンナ=シュプレンゲルは、荒れた息を何とか整える。そして、状況を脳内で整理した。
現在、アンナは悪魔Ωから必死に逃げていた。彼女はフロイラインと呼ばれた高位の巫女だ。
故に、少しの間であれば悪魔の目を欺き逃れる事も決して不可能ではない。しかし、それはあくまで並の悪魔であればの話だ。今、彼女を追っているのは他でもないΩである。
そう、彼の大悪魔。Ωである。
早く、此処から逃げ延びて無銘へと伝えなければ。そう思った、直後の事・・・
ぞくり・・・
得体の知れぬ怖気が、背筋を走り抜けた。そして、その直後。
「みぃ~つけたっ・・・」
「っ⁉」
いつの間にか、すぐ傍にΩが立っていた。その顔にはにたにたと嫌らしい笑みを浮かべて。その笑みはまさに生理的嫌悪感すら抱くだろう。並の女性ならば、卒倒してもおかしくない。
しかし、それでもアンナは決して挫けなかった。文字通り、強い意思でΩを睨み付ける。そんな彼女の姿に大悪魔は素直な賞賛を送る。心底愉しそうに、ぱちぱちと手を叩きながら。
文字通り、愉悦に笑みを浮かべながら。
「面白い、その強い意思と勇気はまさしくアーカーシャ様の好みだろう」
「っ、お前は・・・一体何を・・・・・・」
「ふふっ、総てはあのお方の御意思のままに・・・だよ」
「ロード・・・アーカーシャ・・・・・・」
「そうだ。それから一つ、あのお方からのメッセージがある。心して聞くと良い」
「?」
アンナが怪訝な表情をするものの、それを無視してΩは言った。
「私は全てを等しく愛している。故に、君の事も深く愛しているよ。けど、一つだけ・・・あの子が君をとても必要としている。その事実には素直に私は嫉妬しているかもね?」
「・・・っ⁉」
そう言い、Ωはアンナの頭へと腕を伸ばす。彼女を始末すれば、彼を邪魔する者は居ない。
だからこそ、邪魔者は早々に退場して貰おう。そういう意思を込めて・・・
深い絶望に染まったアンナの顔を、Ωは握り締め・・・
瞬間、まるで幻影のようにアンナの姿が消え去った。それは、まさしく最初から其処にアンナなど存在してはいないとばかりの光景だった。そう、最初から其処に彼女は居なかったのだ。
「ふっ・・・ふふふっ・・・、なるほど?俺はたばかられたか。それも実に面白い」
そう言い、大悪魔は愉悦のままに口の端を歪めた。それは、まさに恐るべき笑みだった。




