エピローグ
原初世界———とある座標。幾重にも折り重なった翼の卵の座す最終特異点。始まりの座標。
其処に、シークレット・チーフは来ていた。チーフは実に懐かしげな表情で、そして比較的柔らかい笑みを浮かべ卵の中に封じられた存在へと語りかけた。
「よお、アーカーシャ。久しぶりというべきか?」
その言葉に反応するように、卵は確かな鼓動と共に力強い白色光を放った。その光は、ただそれだけでこの世界の物理法則を歪めて書き換えてゆく。しかし、敵意も悪意も感じない。
むしろ、その光から感じられるのは強い親愛の情。陽だまりのような温かさと柔らかさを感じた。
事実、卵に封じられている存在はチーフを恨んでも憎んでもいない。むしろ、ソレはチーフに対して一種の愛情のようなモノすら抱いているだろう。
ソレはそういう存在だ。何者よりも深く、全ての生命を愛し慈しんでいる。そして、誰よりも我が子たる全生命の成長と進化を喜んでいるのだ。
故に彼が、或いは彼女が他の生命を見限り憎む事など絶対にありえない。それだけは、たとえ全多元宇宙が幾億幾兆回滅び再生しようとも変わらないだろう。それだけは、断じてありえないのだ。
しかし、それでもチーフは知っている。この存在の愛は、常人にはあまりにも強すぎると。
その愛は、もはやただ抱擁するどころか撫でただけでも人を壊してしまうだろう。少なくとも、不用意に近付けば決してまともでは居られない。存在そのものが揺るがされかねない劇毒だ。
彼の愛は、そして総ての生命に向ける期待は、共にヒトには重すぎるし強すぎる。
だからこそ、今はまだ封印を解くわけにはいかないのだ。少なくとも、今はまだ・・・
そう、今はまだその時ではない・・・
「まだ、お前の封印は解くべきではない。此処から出られては困るんだ。だから・・・」
そう言い、チーフが卵に手を掛けた。その時———チーフの腕が肩口から切り落とされた。
愕然と目を見開き、そして瞬時にその場をバックステップで離れる。其処には、大振りのナイフを手に睨み付ける一柱の悪魔。そう、悪魔Ωだった。
腕を瞬時に再生させ、真っ直ぐΩと向き合うチーフ。しかし、妙だ。腕は完全に再生させたものの再生に掛かる時間が遅すぎる。そして、エネルギーの消耗が激しすぎる。
直後、チーフははっと目を見開き何かに気付いた。そう、Ωはアーカーシャに隷属している。その事実はつまり一つの事を意味しているだろう。それは・・・
「Ω、お前・・・アーカーシャからどのような力を受け取った?」
「お前に、それを教える必要は無いな。それよりも、お前はアーカーシャ様のお気に入りだ。お前だけは殺すわけにはいかない。だからこそ、封印させてもらう」
そう言い、Ωは漆黒に輝く光をチーフへ放った。その光は、光速を遥かに超えてチーフに届く。
その黒色光を浴びる間際、チーフは諦観と共に僅かに思考した。
———ああ、俺は失敗したか。無銘よ、後は任せた。
直後、その場にはチーフの姿はなく。代わりに透明感のある黒いガラス玉のみが残されていた。
封印☆




