5、勝利の果てに
学園に突入してから約一時間が経過した・・・
「学園内に居る生徒達をまずは片付けよう。そうすれば、元凶の方からやってくる」
そう言ったのは、アルゴーだ。未来視の固有宇宙を持つ彼の瞳は、あらゆる可能性を網羅する。それ故どの選択を取れば望んだ未来に繋がるのか、即座に理解可能だ。
アルゴーが言った以上、その未来に間違いは無い。なら、俺はそれを信じて進むだけ。親友だからこそ俺はそれを信じて疑わないんだろう。端的に、友情という奴だと思う。
俺は、曲がり角を曲がった所で襲い掛かってきた奴の左肩を撃ち抜いた。悲鳴を上げて転がる生徒を半ば無視して俺達は駆けていった。
・・・・・・・・・
精神支配を受けた生徒の溢れる学園を制圧しながら、俺は思考を奔らせていた。
俺の名はアルゴー、アマツからは親友と呼ばれている。まあ、俺自身が面倒に感じながらもそれを良しとしている時点で、俺もまんざらでは無いのかもしれないけどな・・・
或いは、俺自身がアイツに対して一種の友情のようなものを感じているのかも知れないけど。それはまあ別に良いだろう。そんな事は、些細な事だ。どうでも良い・・・
俺は、端的に言って自分の固有宇宙が嫌いだ。どうあっても好きになれない。
俺の固有宇宙は未来視。あらゆる未来、その可能性を網羅し観測する能力だ。しかし、それはこの固有宇宙の本質では実は無い。未来視の固有宇宙、その本質は別の部分にある・・・
それは、優れた演算能力だ。演算知能と言い換えても良いだろう。
俺の固有宇宙は未来を視る。しかし、未来を視る際に俺は膨大な情報を計算している。
周囲の環境、人々の心理パターン、固有宇宙、俺自身や他者の取りうる選択肢の数々を計算に入れた結果が未来視という能力の正体だ。つまり、俺の固有宇宙は膨大な演算式によって成り立っている。
それこそ、文字通りに風の流れや湿度や温度、重力や気圧の変化、人々の心の変化や感情の流れなども計算式に組み込まれている。それこそ、他者の固有宇宙の存在すらも計算式に組み込まれている。
その計算速度は、並の量子コンピュータすらも上回るだろう。
そして、俺は計算によって説明出来てしまうこの世界が大嫌いだ。或いは、計算によってしか説明出来ない未来が大嫌いなんだろう。だから、俺は自分の固有宇宙が嫌いだ。
学者であった俺の父親は言った。固有宇宙とは、人のパーソナリティに由来する物だと。
つまり、俺の固有宇宙は計算能力によって成り立っているのだろう。だからこそ、そんな俺の精神性が昔から大嫌いなんだ。そう、大嫌いだ・・・
計算しきれない、不確定要素が欲しかった。何もかもが不確定の未来が欲しかった。
それをくれたのは、四条アマツという一人の少年だった。彼は、何でもない普通の少年だ。しかし彼は俺の視た未来をことごとく撃ち抜いた。文字通り、次元すらも貫通する弾丸で。
そんな光景は、俺にとっては新鮮そのものだった。だからだろう、俺はアイツに一種の友情のようなものを感じたのは。結局、俺は根が単純だったという事だろう。
計算しきれない未来が欲しかった。不確定要素が欲しかった。それを、アイツがくれた。
だからこそ、俺とアイツ。九鬼アルゴーと四条アマツは親友になった・・・
・・・・・・・・・
・・・どれほどの時間が過ぎただろうか?学園内は粗方制圧が完了した。
「アルゴー、次は何処に行けば良いんだ?」
「正門前だ。今すぐ、学園の正門前に行こう」
アルゴーがそう言ったので、俺は頷いて正門前へと走った。確か、正門前には先生とネメア先輩の二人が居た筈だけど。ふと、心の片隅に不安がこみ上げてきた。
———何か、嫌な予感がする。
急いで学園の正門前に駆ける。すると、其処に二人は確かに居た。しかし、二人とも傷だらけだ。
先生と先輩の傍には、二人の男女が。どちらも、傷だらけの先生と先輩を見て嗤っている。気に食わない笑みだと思った。即座に、二人が敵だと理解出来た。
女の方が、暗い愉悦の笑みを浮かべながら先輩に向けて拳銃の引き金を———
引く前に、俺がガバメントを撃つのが早かった。轟く銃声。女の持っていた拳銃、グロックは一瞬でバラバラに砕けて散った。二人の視線が、俺の方に向く。
二つの敵意が、俺の方に向く。なら、結構だ。俺は二人に向かって問いを投げかけた。
「お前等が元凶か・・・?」
「お前等、というよりも俺が元凶だな。まあ、精神支配を仕掛けたのはこいつの力だが、それをするように命令したのは俺だよ。どうだ?怒ったか?」
楽しそうに笑う男、その、人の神経を逆撫でするような物言い。非常に不愉快だ。
しかし、俺はそれを喉の奥まで押し込めて更に問いを投げ掛ける。
「・・・・・・何故、こんな事を?」
その問いに、男は口元をいやらしく歪めた。その笑みは、何処までも暗い愉悦に満たされている。
自身が、圧倒的優位に立っていると疑わない。そんな笑みだ。
「何故?俺がこの先作業をしやすくする為だよ!」
「・・・・・・作業、だって?」
「ああ、そうさ。お前達のお陰でこの学園の生徒達は粗方無力化された。これで、俺達は邪魔な生徒達を殺す事が容易になる‼」
・・・どういう事だ?この学園の生徒達が邪魔だった?この学園の生徒達を殺す?何の為に?
俺の脳裏に疑問が駆け巡り、思考が混乱してゆく。一体、どういう事なのか理解出来ない。情報が圧倒的に足りないのだろう。何も解らない・・・
口から零れたのは、掠れるような疑問の声だった。
「お前は・・・お前等は一体・・・・・・?」
「俺の名はカミラ。世界の全てを食らい尽くし、純血の悪魔へと至る者だ‼」
「私の名はラス=アルグル。カミラの腹心の部下」
カミラとアルグルは己の名を名乗る。その圧倒的威圧感、まさしく単一の宇宙を思わせた。まさしくそれは固有の宇宙そのものだろう。固有で宇宙を宿す者だ。しかし・・・
世界の全てを食らい尽くす?純血の悪魔へと至る?どういう事だ?疑問は止め処なく湧いてくる。
しかし、言っている場合ではない。このままでは、カミラとアルグルの二人によって学園の生徒や教師達が全員皆殺しにされてしまうだろうから。しかし、頭が混乱している。
と、その時———俺達の間に突然二人の人影が出現した。その人物を俺は知っていた。
「まあ、そんなことだろうとは思ったけどな」
「やっぱり、あの悪魔が絡んでいたのね・・・今回も」
一人は静かな怒りを込めて、もう一人は憂鬱そうな声音で、そう言った。
リュウヤとミカちゃんは知らないらしく、突然現れた二人に目を白黒させている。当然だ、この二人はソラの両親であり、別の世界から来た異邦人なのだから・・・
しかし、俺とネメア先輩は知っている。恐らく、アルゴーも知っているだろう。
そう、彼等は・・・
「シリウスさん?リーナさん?」
「父様?母様?」
俺とソラの声が、半ばハモる。
シリウス=エルピスに、リーナ=エルピス。二人の出現は流石に予想外なのか、カミラとアルグルはかなり狼狽していた。想定外の事態に、状況が見えなくなったらしい。
カミラが悔しそうな表情で言葉を零した。
「何故だ?何故、こいつらにばれた?この二人にはばれないように・・・俺達の情報には絶対に辿り着けないように綿密に情報を操作した筈なのに・・・何故?」
「絶対の情報操作って何だ?穴があったからばれたんだろう」
そう言うシリウスさんの口元は笑っているが、その目は一切笑っていない。その瞳は、静かな怒りにより燃えていた。一体何があったのだろうか?
気にはなるが、今はそれどころではない。形勢は二人の介入により、完全に逆転した。カミラとアルグルの二人が更に悔しそうな表情をする。此処にきて、不利を悟ったようだ。
当然だ。シリウスさんだけで、全ての人類を相手に出来るだろうから。それ程の力が、能力がシリウスさんにはあるのだから・・・
「くそっ‼」
「覚えてなさいっ‼」
カミラとアルグルの二人は、捨て台詞を吐きながら去っていった。
・・・こうして、学園での事件は俺達の理解を超えたまま終結した。




