4、学園バトルロイヤル
次の日の朝、俺とソラは一緒に学校に登校する事になった。昨夜の事があり、中々気恥ずかしい。
いや、別にやましい事は何も無い。特に隠し立てするような事は何も無かった訳だが、しかし夜の十時を過ぎた頃から俺達二人のテンションがおかしくなり始めた。うん、まあ要は男女が二人きりで部屋に居るのだからある意味当然の事だったのだろう。つまりは少々Hな気分になってきた。
中々カオスな状況だった。いや、カオスを通り越して地獄のちまたと化していた。
あの夜の事は、流石に黒い歴史確定の醜態を互いに晒した訳だが。まあ、最後の一線は越えずに済んだのがせめてもの救いだろうか?・・・いや、やっぱり気まずい。かなり気まずい。
「・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・っ」
お互いに恥ずかしさを堪えながら、それでもさりげなく指を絡め合い一緒に通学路を歩く。さりげなくソラが俺の肩に頭を乗せてくる。うん、物凄く気恥ずかしい。
ああ、顔が物凄く熱い。けど、同時に胸の奥がとても暖かい。俺は今、幸せだ。
屋敷を出る時、シリウスさんとリーナさんが若干苦笑していた気がするけど。うん、今は良いや。
さて、そろそろ学校が見え始めてきた・・・
と、そんな時。校門の前に一人うずくまっている人物とその人物に寄り添う子供(?)が居た。良く見るとその子供は俺達の担任の先生で、そしてうずくまっているのはネメア先輩だった。
そして、ネメア先輩はうずくまっているというより、壁に寄り掛かっているという風だった。
ネメア先輩は血塗れで後門にもたれ掛かっている。そんな彼に、先生は懸命に血を拭っていた。明らかに異常事態だろう。流石の俺も、これには動揺した。
「ネ、ネメア先輩っ⁉一体どうしたんですか、これはっ‼」
「・・・落ち着け、落ち着いてお前はさっさと逃げろ」
「っ⁉」
意味が解らなかった。意味が解らないけど、ネメア先輩の言葉には有無を言わせない迫力が。俺もソラも動揺して何も言えずに立ち尽くしているのを見て、先輩は軽く舌打ちを一つ。
そして、俺達を真っ直ぐに見据えて言った。
「今、この学園の生徒と教師の約過半数が精神支配を受け、操られている」
「っ、は・・・?」
精神支配。その言葉に、俺は思わず間の抜けた声を上げる。ソラも、その状況に付いていけないらしく呆然と言葉を失っていた。まあ、それも当然だろう。
そして、先輩は更に驚くべき事を告げた。
「どうやら、今精神支配を受けていないのは俺と此処に居る先生、そしてアルゴー、リュウヤ、ミカの五人だけのようだな。いや、お前達二人も合わせて七人か」
「そんな冗談を・・・」
「何一つ冗談じゃないさ、そして此処からが一番笑えない」
「・・・・・・・・・」
そして、ネメア先輩は言った。俺の最近最も気にしていた案件を。
「この学園の総理事長、お前の父親も調べた限りでは黒だ。既に操られているだろう」
「・・・っ⁉」
学園の総理事長、俺の父親が・・・。操られている?精神支配を受けている?
俺は、俯き考え込む。これは一体どういう事だろうか?俺の父親が学園の総理事長だという事は今はもはやどうでも良いだろう。しかし、操られている?精神支配を受けている?
つまり、それはつまりだ・・・。
精神支配を掛けて父さんを操っている人物が居るという事か?つまり、先日俺が父親の命令とかで襲撃を受けたのもそれが原因だという事か・・・?
つまりつまり、それはどういう事だ?
・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・
「・・・・・・アマツ君」
ソラが、俺の顔をそっと覗き込んでくる。しかし、俺は俯いたまま黙り込んでいる。
黙り込んで、じっと俯いている。そんな俺に、ネメア先輩は言った。
「アマツ、お前は此処から今すぐに逃げろ・・・でなければ———」
「居たぞ、四条アマツだ‼」
と、直後現れた数人の男子生徒達が俺に向けて駆けてくる。知っている。あの男子生徒達は、俺のクラスメイト達だった。別に、其処まで親しい間柄では無かったけど、それでもクラスメイトだ。
恐らく、彼等も皆操られているのだろう。そう思うと、怒りがふつふつと湧いてくる。
ああ、きっと彼等も彼等で自分の尊厳があっただろうに。そう思うと、怒りが胸の奥を焦がした。
「っち、アマツ———」
瞬間、俺の懐から取り出した二丁のガバメントが銃声を轟かせた。クラスメイト達は、一人残らず足や腕などを撃ち抜かれて無力化されている。一人残らず死んではいない。
その瞬間的な絶技に先生や先輩、ソラまでもが軽く絶句する。しかし、今の俺にはそんな事はもはや一切関係が無いだろう。そう、もう全て吹っ切れた。吹っ切れて、覚悟が決まった。
「決めた。父さんや学園の皆を操って俺を殺そうとした奴は、この手で殴り飛ばす」
「あっ、待ってよアマツ君!」
そう言って、俺は学園に向かって駆け出した。そんな俺を、ソラが後ろから追い掛けてきた。
・・・・・・・・・
学園に入ってすぐ、アルゴーとリュウヤとミカの三人と合流した。リュウヤとミカの二人は酷く驚いた顔をしていたけど、アルゴーは別段驚いた様子は無かった。恐らく、未来視の固有宇宙だろう。
彼からすれば、俺が来る事は予定調和の一つに過ぎないのだろう。いや、可能性の一つか。
「遅いぞ、アマツ」
「悪いな、じゃあそろそろ行くぞ・・・」
そう言って、先へ進もうとする俺の腕をリュウヤが摑んだ。
「待て待て、一体どういうつもりだ?」
「・・・どういうつもりって?」
振り返り、問い返す。そんな俺に、リュウヤが問い掛けてきた。
「何故、此処に来たんだよ」
そんな当たり前の事を聞くんじゃねえよ。そう思ったが、僅かに溜息を吐いた後で俺は言う。
「今回の元凶は俺がこの手で殴り飛ばす。そうせずに居られないんだよ」
「・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
しばらく睨み合う俺達。互いに譲れない物の為に、睨み合う。
しかし、先に折れたのは意外にもリュウヤの方だった。
「・・・・・・・・・はぁっ、解ったよ」
そう言って、リュウヤは諦めたように溜息を吐いた。その背後で、ミカが俺の事をじっと見ていたけど俺は気付かない素振りをした。本当は、その理由も気付いていたけど。
本当に、どうした物か。俺はそっと気付かれないよう溜息を吐いた。
・・・・・・・・・
学園内を走り回るアマツ達を、遠くから見詰めて嗤う者が二人。二人は遠く離れた場所から、遠見の異能力が付与された望遠鏡を覗いて男女が嗤っていた。傍目から見て、怪しさ満点だった。
しかし、誰も二人を気にする事は無い。異常な事に、誰も二人を意識にも入れないのだ。何らかの固有宇宙が関与しているのは明らかだろう。そして、事実その通りだ。
彼女の、ラス=アルグルの持つ固有宇宙は精神支配。その能力を応用すれば、人の認識を操るなどそう不可能な事では無いだろう。むしろこの程度は容易い事だ。
「さて、どうも上手くいかないな・・・」
「そうですね。しかしそればかりでも無いでしょう?」
「ははっ、それはそうだ」
そう言うと、男の方は悪魔的な笑みで呟く。上手くいかないと言いながら、その顔は愉しげだ。
「ようやくだ、ようやくあのお方と同じ場所に立てる」
「そう、私達の悲願がようやく達成される時が来たのです・・・」
うっとりと呟く男の言葉にアルグルが返す。悲願———そう、悲願だ。
この二人は、ある目的の為にのみ動いている。その目的の為にアマツの父親を操り、そしてアマツを殺そうと暗躍していたのだ。彼らは、己の目的の為に、他の全てを犠牲にしようとしているのである。
さて、其処までして果たしたい目的とは一体何なのか?他の全てを犠牲にしてまで果たしたい彼等の目的とは一体何なのだろうか?それは———
「そうだ、ついに俺達はあの方と同じになれる。あの方と同じ、人外の存在に・・・」
「そう、純血の悪魔へと・・・」
そう、彼らの目的とは———宇宙の全てを滅ぼして純血の悪魔へと至る事だった。




