3、星空の下で誓いを
・・・結局、その日俺は件の二人組の襲撃に備えてエルピスの屋敷に泊めて貰う事になった。ソラに迷惑が掛かるのもあれば彼女と一つ屋根の下に住む気恥ずかしさもあり、俺は緊張しっぱなしだった。
しかし、ソラ達エルピス一家にとっては別段気にする事ではないらしい。むしろ、この程度は気にするなとまで言う始末だ。何というかまあ、俺が泊まる程度は気にする程でも無いらしい。
少しだけ、気が抜けたというか何と言うか・・・。まあ、気にするだけ無駄なんだろう。
・・・まあ、少し思う所が無い訳ではないけど。気にするだけ無駄なんだろうな。
そして、夜の八時過ぎ———俺はベッドに深く腰掛けて物思いに耽っていた。
様々な事が頭の中を過る。両親の事、襲撃してきた二人組の事、そして・・・ソラの事。果たして俺はこれからどうなるのだろうか?これから俺はは何処へ向かうのだろうか?
・・・果たして、俺はこれからどうすれば良いのだろうか?
「まあ、考えても意味なんか無いか」
結局、俺は俺だ。俺の思うがままに気儘に進めば良い。そう思うと、何だか胸の奥に何かがすとんと落ちたような気がした。有り体に言えば、すっきりとした。
と、そんな時・・・ドアをノックする音が響いた。一瞬だけ誰だろうと思ったけど、次の瞬間聞こえた声に俺は納得する。聞こえてきたのは、ソラの声だった。
「・・・あの、私だけど。少し良い?」
「ソラさん・・・?」
ソラの声は少しだけ上擦っているようだった。そんな彼女の声に、少しだけ俺は首を傾げる。
しかし、直後入ってきたソラの姿を見て俺は納得した。ソラのその姿は、簡単に説明すると寝間着の上から軽く上着を着ただけの姿だった。ネグリジェ姿が何ともセクシーだ。真っ赤に染まった彼女の顔と潤んだ瞳が何だか凄く色っぽい。
流石の俺も、面食らった。絶句したと言っても良い。これは、一体どういう状況だろうか?
「・・・あの、えっと・・・これは違うから。少しだけ話をしにきただけだから」
「・・・・・・話を?」
「ぅうっ・・・」
・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・
しばらくの沈黙の後、俺は・・・
「・・・ごめん、ソラさん」
「・・・・・・え?」
俺は、一言ソラに謝ってから彼女をそっと抱き締めた。強く、強く、ぎゅうっと抱き締めた。ソラは一瞬だけ呆然とした後、顔を真っ赤に染めてあうあうと呻くような奇声を発した。じたばたと俺の腕の中でもがきながら身体を縮こまらせる。
しかし、関係ない。俺は改めて思い知った。俺は、ソラの事が大好きだ。愛している。だから、俺は生涯全ての時間を賭してでも彼女を守り抜こうと決めた。彼女を俺の手で守ると決めた。
そう、心に誓った。
「愛してる。ソラさん・・・」
・・・・・・・・・
それから、しばらく過ぎた頃。ようやく俺も落ち着いた。
「本当にごめん・・・、ソラさん」
「う、ぅん・・・・・・。別に良いけど」
場所は変わって、屋敷の屋上。俺とソラの二人は星空を眺めていた。先程の事があり、少しばかり気まずい空気が俺達の間を漂っている。・・・顔が熱い。
見ると、ソラの顔が真っ赤だった。きっと、俺の顔も真っ赤なのだろう。うむ、気まずい。
「・・・と、ところで話って一体何です?」
「う、うん!それなんだけど・・・アマツ君が気に病んでいないかと思って」
「俺が・・・?」
俺は首を傾げて問い返す。すると、ソラは小さく頷いて俺を見た。
その瞳は、何処までも真剣だった。真っ直ぐに俺の瞳を見ていた。その視線に思わず息を呑む。その視線は俺を真っ直ぐに射抜いていた。
「・・・アマツ君のお父様の事」
「・・・・・・・・・・・・」
「まだ、アマツ君が父親の事を気にしているんじゃないかって・・・・・・」
「ああ・・・」
なるほど。俺はすぐに納得した。どうやら、俺はソラに少しばかり心配を掛け過ぎたらしい。ソラは俺がまだ父親の事で気に病んでいるのではないかと心配して来たんだ。
俺がまだ、父親に親子の縁を切られて刺客を差し向けられた事を気に病んでいると。それを彼女は心配しているのだろう。心配して、気に掛けてくれているのだろう。
・・・確かに、俺は父さんに縁を切られて少なからずショックを受けていた。正直な話、精神的にかなりの痛手を負っただろう。しかし、俺は・・・
俺は少し考えて、首を横に振った。もう、きっと大丈夫だ。
「もう、大丈夫ですよ。ソラさんのお陰で、俺も少し落ち着きました」
「・・・そう?」
そう、俺はソラのお陰で落ち着いた。落ち着きを、取り戻せた。
俺が冷静さを取り戻せたのは、彼女のお陰だ。それに・・・
冷静に考えてみれば、おかしな点もある。何故、俺を影からずっと見守り支援してきた父さんが今更俺を切ろうとしたのだろうか?何故、今更俺を殺そうとしたのか?
それが、不明だった。考えても、理解出来ない・・・
或いは、まだ俺自身父さんを信じたいという気持ちがあるのかも知れないけど。
「はい、もう一度俺も父親と話してみようと思います。きっと、それで何か解ると思いますから」
「そう、なら良いんだけど・・・」
そう言って、ソラは俺の瞳を真っ直ぐ見詰めた。その表情は、穏やかに微笑んでいる。俺も、その笑みに対して真っ直ぐと見返した。大丈夫、もう俺は大丈夫だから・・・
そんな俺の意を受け、ソラは嬉しそうに笑った。その笑みは、何処までも明るくて朗らかだ。思えば俺はそんな彼女の明るさに救われたのだろう。そう、思う。
「どうやら、私の思い過ごしだったみたいだね・・・。良かった」
「いや、ソラさんが居てくれたから俺は救われたんです。俺は、ソラさんに救われたんですよ」
「・・・そうかな?」
「はい、そうです」
俺の真っ直ぐな言葉に、ソラは頬を微かに染めた。そんな彼女を、俺はそっと抱き寄せる。
ソラは、顔を赤らめながら黙って俺に肩を寄せた。
「ソラさん、俺は貴女の事が大好きです。愛してます・・・」
「・・・うん」
「きっと、ソラさんの事を俺が守ってみせます。何時までも、俺が守ってみせますから」
「・・・・・・・・・・・・」
俺は、真っ直ぐにソラを見詰めて言った。星空の下で、俺は一つの誓いを立てる。
ソラを、彼女を俺の手で必ず守ってみせると・・・
俺が救われた分だけ、俺も彼女を守ってみせると・・・
「ですからソラさん。俺とずっと一緒に居て下さい。俺と、結婚を前提に付き合って下さい」
そう言って、俺はソラに頭を下げる。恰好悪くても良い。無様でも構わない。俺は、残りの人生全てをソラの為に費やすと決めたから。俺の全てを、彼女の為に費やすと決めたから。
だから、俺はソラに想いの全てを伝える。想いの丈を、彼女に伝える。
そんな俺に、ソラは・・・
「・・・うん、ありがとう。私もアマツ君の事が大好きだよ。愛してる」
そう言って、ソラは俺をそっと抱き締めてくれた。暖かくて、優しい抱擁だった。
星空の下、俺とソラはそっと唇を重ね合わせた。俺と彼女が、本当の意味で結ばれた瞬間だった。
・・・・・・・・・
ソラとアマツの様子を、そっと見守る影が二つあった。無銘とリーナの二人だ。
二人の様子を見守りながら、無銘達はそっと笑みを浮かべる。優しい、慈しむような笑みだ。
「・・・どうやら、万事上手く解決したらしいな」
「うん、そうだね・・・」
そんな二人の背後に、もう一人誰かが居た。影になって解りにくいが、確かにその人影には翼が生えているように思えた。無銘は、彼女に向けて話し掛ける。
「じゃあ、少しばかり情報を集めてきてくれるか?今回の件、どうにもきな臭い」
「はい、了解しました。マスター」
「頼んだぞ?ステラ」
瞬間、ステラと呼ばれた人物はその姿を風景に溶け込ませて消えた。




