2、影を堕とす
・・・其処は、とあるビルの一室。部屋のドアには社長室とプレートに刻まれていた。
とあるオフィスビル。其処は、表では一般的な警備会社となっていた。ネットワークを駆使した警備システムを組むエンジニアの会社だ。しかし、それはあくまで表の顔でしかない。
その会社の裏の裏。真の顔は世界を裏から支配する秘密組織だ。その名も、結社”輝く星空”。
その室内。二人組の男が、一人の男に頭を下げていた。二人組の方は、フォーマルハウトとアルデバランの二人組である。四条アマツを襲撃した二人だ。
そして、社長の座る椅子に深く腰掛けている男こそ、結社”輝く星空”の総帥であり四条アマツの実の父親でもある存在、青き星のガイアこと四条大地だ。
「ふむ、つまり貴様らはただの小娘一人によって邪魔されたと・・・?」
その言葉は、途方もない威圧感をともなって二人に重く圧し掛かる。フォーマルハウトとアルデバランの二人は冷や汗と共に、ひたすらに頭を下げる。その姿は、まるで何かに恐れるようだ。
しかし、重苦しい沈黙は次の瞬間に指を鳴らす音によって一変する。文字通り、一変した。
「・・・・っ⁉・・・・・・・・・っっ‼」
「~~~~~~~~~~~~っっ‼‼‼」
———呼吸を禁ずる———
二人は、一瞬で呼吸が出来なくなりその場でもがく。呼吸の方法を忘れたわけではない。呼吸の機能が失われたわけでも断じてない。ただ、呼吸を禁じられたから呼吸が出来なくなっただけだ・・・
禁忌の固有宇宙。ありとあらゆる事象に対し、禁止事項を設ける固有宇宙だ。
その気になれば、対象の固有宇宙に干渉し固有宇宙すらも禁止する事が出来る規格外の能力。その能力により大地はこの世界において、最強の座に立っている。
呼吸を禁止すれば、呼吸が出来ない。距離を禁止すれば、転移が可能。時間の流れを禁じれば、時間を停止させる事すら出来る。まさしく、全ての上に立つ最強の固有宇宙の一角だ。
その気になれば、世界そのものを禁止し世界丸ごと封印可能だろう。そんな規格外の能力を、ただ一人の男が保有しているのだ。それは、とても恐ろしい話だ。
呼吸が出来ず、もがく二人を見下ろし大地は再び指を鳴らす。すると、再び二人に呼吸が戻った。
何とか、呼吸を整えて立ち上がるフォーマルハウトとアルデバラン。二人の瞳には、恐怖の色が。
「二度目は無い。もし次に失敗したら・・・分かるな?」
「「っ⁉」」
二人は慌てて社長室を飛び出していった。大地の瞳は、何処までも冷たかった・・・
・・・・・・・・・
社長室を飛び出した二人、フォーマルハウトとアルデバラン。二人は怯えた目で歩いていた。重苦しい沈黙が二人の間に流れる。沈黙が、重い。沈黙が、苦しい・・・
「なあ、アルデバラン・・・」
「何だ?」
・・・ついに沈黙に耐え切れず、フォーマルハウトが話し掛ける。そんな彼に、アルデバランは視線だけ投げかけて振り返る。二人の間に、更に重苦しい空気が漂う。
しかし、意を決してフォーマルハウトは言った。
「社長、変わったよな・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
アルデバランは答えない。何も答えず、俯くのみ。
「なあ、社長は元々こんな人じゃ無かったよな?もっと、厳格だけど仲間意識の強い人だった」
「ああ、そうだな・・・・・・」
アルデバランは沈鬱な表情で頷いた。
青き星のガイア・・・四条大地は厳格だが仲間意識の強い、根の優しい性格の人間だった。あらゆる物事に対して明確に線引きをして、ルールを設け、自分自身を強く律する事が出来る人間だった。
とても家族想いで、仲間想いで、部下から慕われる人間だった。元々、孤児だった二人を拾い自らの部下としたのも彼だ。その意味で、フォーマルハウトとアルデバランも彼を慕っていた。
しかし、四条大地はある日を境に変わった。ただ冷徹に、仲間すらも利用し酷使する存在に。仲間から恐怖と畏怖を覚えられる存在へと成り果てた・・・
「なあ、アルデバラン・・・」
「何だよ・・・」
フォーマルハウトは言う。先程から疑問に思っていた事を。不審に感じていた事を・・・
「何で、社長は自分の息子を切ったのかな?」
「・・・・・・さあな」
「あの人、ずっと家族の縁を直したいと思っていた筈だろう?実の子に対して、多額の仕送りをする程に我が子を思いやっていた筈だよな?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
それは、アルデバランからしても不思議だった。大地は実の子に対し、多額の仕送りをしていた。
それは、即ち実の子供に対して深い情があった何よりの証拠だろう。それなのに、何故今更になり彼は家族の縁を切るような真似をしたのだろうか?其処が、二人からして不思議だった。
「・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
二人の沈黙が、静寂が、周囲を満たした。二人はある種の不気味さを感じた。
まるで、何者かに踊らされているような不気味さを二人は感じ取った。何か、深い深い影が其処に存在しているような気がしてならなかった。そして———
それは、決して間違いではなかった。影が堕ちる・・・
・・・・・・・・・
古城家、ミカの部屋の前でリュウヤは静かにドアをノックした・・・
「ミカ?どうした・・・。ずっと部屋に閉じ籠って」
「・・・・・・・・・・・・」
ミカは何も答えない。自然、静寂が返ってくる。帰ってきてから、ずっとこの調子だ。そんな我が子の姿に両親はかなり心配している。今も、廊下の向こうからそっと覗いている。
リュウヤはそっと溜息を吐いた。
「なあ、もしかしてアマツと何かあったか?」
「・・・・・・っ⁉」
ドアの向こうから息を呑むような、びくっと怯えるような、そんな声が聞こえた。
どうやら図星らしい。リュウヤはどう言った物か、少しだけ悩んだ。少し悩んでやがて溜息と共に何かを諦めたようにそっと話し掛けた。
「・・・アマツにフラれたか?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・ううん、違う」
そっと、絞り出すような声だった。今にも泣きそうな、それでいて暗い沈んだ声だった。何処までも暗く落ち込んだ声だった。先程まで泣いていたのだろう。声が僅かにかすれている。
リュウヤは黙って、続きを待つ。黙って、妹の話を聞く。
「・・・・・・ねえ、お兄ちゃん」
「何だ?」
お兄ちゃん・・・。果たして、そう呼ばれるのは何時以来だろうか?最近、そう呼ばれる事自体滅多に無くなってきたような気がする。あれでも妹は世間体を気にする年頃なのだ。
それが、今は弱々しい声で久し振りにお兄ちゃんと呼んでくる。色々と余裕が無いのだろう。
「・・・・・・私じゃ駄目なのかな。私じゃ、アマツ先輩の隣には居られないのかな」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「私より、あの女の方がよっぽどお似合いなのかな・・・」
「そんな事は無いさ・・・」
リュウヤはそう言った。そう言って、ドアを開いた。中にはベッドに力なく横たわっている妹が。
そんな妹に、リュウヤはそっと近付いた。
「妹の部屋に勝手に入ってこないで・・・・・・」
その言葉に、力はあんまり無い。弱々しい声のままだ。しかし、それを気にする事なくリュウヤは自分の妹に静かに近付いていく。ゆっくりと、歩み寄る。
そして、ベッドに横たわっている妹に視線を合わせるように片膝を着いた。
「確かに、あいつは他の女を選んだ。ミカを選ばなかったかもしれない。・・・けど、それでもあいつはお前の気持ちを理解出来ない奴では断じて無いだろうさ」
「・・・・・・それ、は」
「きっと、あいつも解っている筈だ。理解している筈だ。お前の気持ちをさ」
「・・・うっ、うう・・・・・・っ、ひっく・・・ああっ・・・・・・」
ベッドに横になり、布団に顔を埋めながら泣きじゃくる妹をそっとリュウヤは撫でた。そっと撫でて優しく笑い掛けた。その優しさに触れて、ミカは更に泣きじゃくる。
「大丈夫だ、ミカの気持ちはきっとあいつに伝わっている。だから、ミカの気持ちは無駄じゃない」
「ああっ、うああああああああああああああ・・・あああああああああああああああっっ‼‼‼」
泣きじゃくる妹を、泣き疲れて眠るまでリュウヤは宥め続けた。




