1、ソラ=エルピス
私立アストラル高等学院。二年一組・・・俺の所属するクラスだ。
この学園は特待生制度を採用しており、一組は特待生組となっている。つまり、俺は特待生としてこのクラスに居る事になる。通称Aクラスだ。
そのクラスで、俺はとあるクラスメイトの男子と会話していた。親友のアルゴーだ。アルゴーは剣道部に所属しており、学園内でもかなり有名人物だ。それも、主に女子に。
其処からも解る通り、この男はとにかくモテるのである。しかも、本人はそれに気付いている。
・・・気付いていながらも本人は面倒臭いと言っているのだが。
そんな色男が、今は俺の話に半ばうんざりしながら聞いている。本当に面倒臭そうだ。
しかし、面倒臭そうにしながらも嫌な顔をした事は一度も無い。それが、何だかんだで良い所だ。
「・・・とまあ、そんな事があってだな?」
「・・・・・・で、君は朝っぱらから僕にそんなノロケ話をしにきたのかな?」
「その通りだが?」
俺の即答に、親友のアルゴーは深い溜息を吐いた。それはそれは、もう深ーい溜息を吐いた。それはまさしく呆れと諦観の混じったような、そんな溜息だった。
褒めるな褒めるな。照れるではないか。そんな俺の反応に、心底呆れたような目で親友は見る。もう打つ手は無しだとでも言うかのような。はっはっはっ、いや解っているとも。今のは褒めてはいない。
そんな俺に、再びアルゴーは深い溜息を吐いた。その雰囲気は本当に憂鬱そうだ。
「・・・全く。君は相変わらずだな。で、その少女が一瞬でそのチンピラ達を倒していったと?」
「ああ、それはもう。まさしく神速と表現すべき早業だったよ。全く見えなかった」
「ふーん・・・」
そう言って、アルゴーは気のない返事をする。心底どうでも良さそうな反応だ。
どうでもよさそうだが、それでもこいつは話を聞いてくれる。
けどまあ、俺の話を嫌な顔をせず聞いてくれるだけでもこいつはかなり良い奴だ。少なくとも、俺はそう判断しているともさ。そう、何だかんだ言ってこいつは良い奴だ。
「ああ、しかし名前は聞いたものの電話番号を教えて貰えなかったのは痛いなあ」
今後、その少女に会えないと思うと。本当に憂鬱だ。思わず溜息を吐きたくなる。
「・・・ああ、そう。でもその少女、きっともうすぐ君と再会する事になると思うよ?」
「・・・・・・え?」
・・・はい?
俺は思わず、首を傾げた。それは、今の話を信じられなかったからでは無い。断じて無い。それはこいつの持つ固有宇宙に関係している。俺は、それを知っているからこそ首を傾げたんだ。
こいつの持つ固有宇宙、それは・・・
「・・・それは、何時もの未来予知という奴か?」
「そうだ」
アルゴーはにべもなくそう答える。そう、こいつの能力は未来視。ありとあらゆる未来の可能性を文字通り観測し予知出来る。こいつにとって、未来とは簡単に視る事が出来る物だ。
運命と呼ばれる確定された因果だろうと、確率と呼ばれる不確定な要素だろうと、文字通りにこいつからすれば予知の範囲内だ。こいつに予知出来ない未来は現状存在しない。
だからこそ、こいつは何時もつまらなそうに窓の外を眺めているだけだった。そんな奴に声を掛けるような物好きは早々に居ない。こいつに好意を抱く女子も、遠目で眺めているだけだ。
しかし、そんなこいつからしてみれば俺は相当な物好きらしいがな。それはまあ良い。
そんな彼の言った言葉だからこそ、俺は素直に喜んだ。
「へえ?それは楽しみだ・・・。ああ、本当に楽しみだ」
そう言って、俺は笑みを浮かべる。そんな時・・・クラスの扉を開けて、子供が入ってくる。
誤字ではない。文字通り、クラスに子供が入ってくる。誤解の無いように言うと、その子供は見た目通りの年齢では無いという事か?要するに、そういう事だ・・・
「はいはーいっ、皆は席に着いてー」
そう言って、クラスに入ってきたのは見た目がショタの先生だ。愛称はそのままショタ先生。
その愛くるしさから、一部の女性教員から人気があるとか無いとか。真偽は定かではない。まあとても笑顔が眩しい先生ではある。それ故、クラスの生徒達から不動の人気を誇る。
ショタ先生という愛称も、決してけなした呼び名ではないのだ。
「今日は皆に新しい友達を紹介したいと思いまーす!」
「新しい友達?」
その声に、俺はぼそりと呟く。周囲の生徒達も、その言葉にざわついた。どうやら、転校生がこのクラスに編入してきたらしい。その転校生の紹介をするとか・・・
にわかに沸き立つ空気の中、俺は心臓の鼓動が高まるのを感じた。さっき聞いた予言が原因だ。
このタイミングで、転校生だって・・・?
「さあ、入ってきて下さい!」
「失礼します・・・」
そして、入ってくる一人の少女。その少女に、俺は目を見開いた。
・・・その少女はまさしく、先程俺の話に出てきた少女だからだ。あの、黒髪に青い瞳の少女。
その可憐な姿に、クラスがシンっと静まり返る。
「今日転校してきました、ソラ=エルピスです。どうぞよろしくお願いします・・・」
ぺこりと頭を下げるソラ。その姿を見て、俺はすぐさま席を立ち上がった。いきなり立ち上がった俺の姿に全員の視線が俺に向く。しかし、そんな事は俺は気にしない。
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「貴方は、確かこの前の?」
ソラのその言葉を聞きながら、俺は彼女の前まで真っ直ぐ歩いていく。その気迫に、彼女は気圧されたのか一歩半ほど後退った。しかし、そんな事は関係ない。
俺は、彼女の前まで来ると彼女に真っ直ぐ視線を合わせた。ごくりと、誰かの喉が鳴る音が聞こえた気がしたが今の俺には関係ない。それ等全てを無視する。
「ソラさん・・・」
「はい・・・」
俺は、一言目を発した。それだけで、心の中の何かを消費したような気がした。
「ソラ=エルピスさん・・・」
「はい・・・・・・」
しかし、そんな事は関係ない。俺は、心の中の弱い自分をねじ伏せてそれを言った。
「初めて会った時から好きでした。結婚を前提に付き合って下さいっ」
俺は、片膝を付いて彼女に手を差し出した。もう片方の手は、自身の胸に添えている。
いわゆる、プロポーズの姿勢だ。
刹那、俺の言葉がクラスの中を光の速度で駆け抜けた。その衝撃にクラスの全員が戦慄する。
ショタ先生なんかはあわあわと慌てふためいていた。そんな中・・・
「えっと、あの。・・・ごめんなさい?」
「がはあっっ!!!」
見事に撃沈した。
俺は崩れ落ちた。心の奥底に、二度と癒えないレベルの深い傷が出来た瞬間だ。教室の床に、俺はのの字を書いていじける。その姿を見て、ソラは慌てる。
・・・ううっ、振られた。
「あっ、でもでも・・・。友達になってくれたら嬉しいです?」
「はいっ、友達になりましょう!!!」
シャキーンと、俺は一瞬で立ち上がる。そうだ、何事もまずは友達からだよ。
それをすっかり失念していたよ。馬鹿だろ俺は?俺は元気よく立ち上がると、ソラの両手を包み込むように両手で握り締めた。いきなり手を握られたソラはびっくりしたように硬直していた。
あうあうと、真っ赤な顔で呻くソラ。
そんな俺達を・・・。いや、そんな俺をクラスの皆は冷めた瞳で見ていた。
いやいや、そんな目で見るなよ。照れるじゃないか・・・
「ぅうっ・・・。は、早くその手を放してくれるとありがたいんだけど?」
「あ、ごめんなさい・・・」
俺は素直にその手を放した。ソラは真っ赤に染まった顔で、俺をちらちらと見ていた。
・・・か、可愛いっ。可愛すぎるだろうっ‼
・・・・・・・・・
その後、転校生の自己紹介の折に質問をする機会があった。俺は早速、一つの質問をした。
「好きなタイプの男性像は?」
「・・・父様のような人が好きです」
その返答に俺は密かに決意した。よし、この娘の父親みたいな男になろうと・・・
今回の主人公のコンセプトは、馬鹿なくらいに真っ直ぐな男子です。