1、葛藤する心
その後、事件の現場では政府が事態の収束の為に駆け回っていた。その現場に、無銘とリーナの二人は静かに立ち尽くしている。その表情は、共に険しい・・・
事件のあった現場はとても酷い物で、とてももみ消す事の出来る範囲を逸脱していた。しかし、街の住民に人的被害は一切無く、そして何よりも事件の収束が予測よりもかなり早かった。
本来、こんな事は断じてありえない。それ程に、今回の一件は酷い物的被害をもたらした。周囲の建造物は軒並み消滅し、融解してガラス状に冷えて固まっている。周囲数キロに渡り、まるでスプーンで繰り抜いたかのように綺麗に街が消滅しているのだ。それなのに、住民に被害は一切無い。
・・・まるで、事件の発生時点で既に手が打たれていたかのように。被害は物的損害のみだ。
こんな事、政府の手回しがあったにしても不自然に過ぎる。あまりにも不気味だ。
「あまりにも早すぎる。何者か、裏で手引きしていると見て間違いは無さそうだな・・・」
「でも、誰がこんな事を?」
「・・・・・・・・・・・・」
リーナの言葉に、無銘は静かに思案する仕種を見せる。問題は其処だ。一体、誰がこんな事を?
考えられるのは、裏で政治家と繋がっている人物だろう。政治家へのコネクションがあれば、これ等の問題点は全て解決する。しかし、予測される人物で該当する人物は全て事件当日アリバイがあった。
・・・つまり、白だ。
無銘の知っている者で、こんな事をして喜びそうな存在はヒトリだけ知っている。しかし、そいつはそもそも人間ではなく、しかも政治的繋がりは一切無い。皆無だ。故に、そいつが今回の件に関わっている可能性は限りなく零に近いだろう。無論、全くの零とは言えないが。
・・・或いは。
「今回、アマツ君を襲撃してきた奴等の首領。そいつと奴が関わっている可能性は?」
「・・・それは、もしかしたらあるかも知れないね」
無銘とリーナは、同時にある存在を思い浮かべた。それは、一柱の悪魔だった。
・・・・・・・・・
街の一角、ベンチに俺は座っていた・・・
そよ風に吹かれながら、俺は静かに空を見上げていた。まるで、心に穴が開いたように空虚だ。
・・・どうして、こんな事になったのだろうか?考えても解らない。
そよ風が、乾いた心に吹き抜ける。どうしようもなく虚しい。虚しくて、今にも死にそうだ。
ふと、脳裏にあの時の言葉が過る。まるで、忌まわしいリピートのように。繰り返し、脳内でその言葉だけが常に再生され続ける。心が軋みを上げる。心の空洞が、広がってゆく。
———お前は一度でも父親の庇護から離れて暮らしているとでも思っているのか?
———今だからこそ、切る時なんだと・・・
———さっさと止めを・・・
「もう、死んじゃおうかな・・・」
ふと、そんな言葉が俺の口から漏れ出た。もう、居なくなっちゃおうかな。此処から消えてなくなれば全てが丸く収まる。ふと、そんな気がしてきた・・・
胸元には、二丁のガバメント。それを使えば、きっと此処から居なくなれる。消えてなくなる。
もう、何も考えなくて良いんだ。もう、何も考えなくて・・・
それは、普段なら絶対に考えないであろう俺の弱い側面だった。普段なら絶対に隠していただろうそんな弱い俺自身の側面を、此処では抑え切れなかった。抑え切れず、そのまま胸元の拳銃に手を・・・
「アマツ君、此処に居たの・・・?」
「・・・・・・・・・・・・」
・・・そんな事を考えていると、傍にソラが近付いてきた。その手には、コーヒーの缶が二つ程握られているのが見えた。どうやら、気を利かせて買ってくれたらしい。
俺は、少し気恥ずかしい思いがして顔を逸らした。
———あの後、ソラの圧倒的な力の渦にあの二人組は即座に撤退した。逃げる瞬間の、二人の会話を俺は確かに覚えている。その時の、悔しげな二人の顔も・・・
あの時、二人は確かに言っていた。ソラの炎を見て・・・あの圧倒的な炎の力を見て。
固有宇宙の第二解放と———
その意味は解らない。けど、俺はきっとソラに助けられたのだろう。
また、ソラに助けられたんだろう。
「・・・本当にどうしたの?何時ものアマツ君らしくないよ?」
ソラが心配そうな声を掛けてくる。実際、その通りかもしれない。俺は、もう自分が解らない。自分自身がもう解らないんだと思う。何もかもが解らない・・・
ああ、本当は俺は何も解ってなかったんだ。それなのに、解った気になってたんだ。
「・・・俺は、本当は父さんと仲直りがしたかったんだな。本当は、父さんの事をそんなに嫌ってはいないんだとそう思うんだ。なのに、俺は自分のその側面から目を逸らしていたんだ」
「・・・・・・アマツ君」
本当は、父さんと仲直りがしたかった。本当は、父さんともっと仲良くしたかった。
それなのに、気付いた時にはもう・・・何もかもが遅かった。
「あの二人組から言われたんだ。父さんから斬り捨てられたと。あの二人を俺にけしかけたのは、俺の実の父親なんだよ。それを知った時、俺は世界から色が消え去った気がしたんだ」
———世界から、拒絶された気がした。
———心が、完全に折れた。
「っ、そんな・・・」
ソラが息を呑んだのが理解出来た。そう、あの二人に俺を殺すよう命じたのは俺の父親だ。それはつまり俺は実の父親から、不要と斬り捨てられたという事だ。不要と断じられた。
もう、あの人は俺を我が子として見てはくれないだろう。
母親は俺の目の前で衰弱して死んだ。俺の父親は俺に刺客を差し向けた。もう、俺の家族は二度と元には戻らないのだろう。そう考えると、意識が暗く沈んでいった。
そう、感じた・・・
「アマツ君・・・」
ふわり。柔らかく暖かい感触が、俺の身体を包み込んだ。ソラが、俺を優しく抱き締めていた。
その感触が、とても暖かくて・・・とても優しかった。思わず、俺の頬を涙が伝った。
気付けば、涙が溢れ出て止まらない。涙を抑えられない。
「大丈夫、きっと父親と和解出来るよ。アマツ君はまだ大丈夫」
「それは・・・」
本当に、そうだろうか?俺は父親と和解出来るのだろうか?俺の脳裏を疑問が埋め尽くす。
父親から一方的に斬り捨てられた。一方的に不要と断じられた。それが、それだけが俺の心に重く圧し掛かり深く突き刺さる。それが、痛くて痛くて仕方がない。
しかし、ソラはそれでも優しく暖かい笑顔で俺をぎゅっと抱き締める。優しく抱擁する。
「その為に、アマツ君も一度父親とゆっくりと話し合おう?きっと、解り合えるよ」
「本当にそうだろうか?俺は、父さんと解り合えるだろうか?」
「解り合えるよ・・・きっと・・・」
そう言って、ソラは俺に笑みを向ける。その笑みが、とても眩しくて暖かかった。その笑顔が、俺にはとても力強くて、優しかった。ああ、そうか・・・。そうだったのか・・・
俺は、ソラのその優しさと暖かさに惚れたんだ。そう、俺は理解した。
そうして、俺はソラの胸元に顔を埋めて泣いた。静かに、声を押し殺して泣いた。泣き続けた。
・・・・・・・・・
その頃、アマツとソラの様子を離れた場所で静かに見詰める人物が一人居た。古城ミカだ。
ミカは黙って、とても虚ろな瞳で二人の様子を眺めていた。じっと、眺めていた。
「・・・・・・・・・・・・」
ミカは二人の姿を静かに見詰めながら、じっと立ち尽くしている。まるで、その場に縫い留められたかのように動く事が出来ない。そして、その頬には一筋の涙が・・・
はらはらと、ミカはその目から止め処なく涙を流していた。
どうして、あの場所に自分は居ないのか?どうして、あの場所に他の女性が居るのか?
自分では駄目だったのか?どうして、自分じゃ駄目だったのか?
そんな言葉が、呪詛のように脳裏を駆け巡る。
「・・・・・・帰らなきゃ、っ」
ぼそりと呟き、ミカはその場を後にした。その後ろ姿は、まるで魂の抜けた抜け殻のよう。
・・・瞳から涙を流しながら、ミカは虚ろな瞳で帰路に着いた。




