エピローグ
同時刻、無銘ことシリウス=エルピスは屋敷のテラスで紅茶を飲んでいた。しかし、ふいに紅茶を飲むその手をぴたりと止める。そして、静かに溜息を吐いた。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・ちっ」
静かに舌打ちを打つ。それは、本当に面倒な事態になったとでも言うかのようだ。
直後、勢いよくテラスの扉が開いた。其処に居たのは、リーナだ。焦っているのか、額には一筋の汗が流れ落ちるように伝う。リーナは何とか呼吸を整えて言った。
「ムメイ、ソラが・・・あの娘がっ」
「ああ、解っている。どうやらソラが”あれ”を使ったらしいな・・・」
無銘は険しい表情で”あれ”と口にした。それは、事態を詳しく理解した口調だ。
どうやら、二人共何かを感じ取ったらしい。無銘の方は、険しい表情のまま額を押さえる。
瞬間、とある場所で巨大な火柱が上がった。火柱は激しく燃え盛り、かなりの熱量を感じる。火柱は天高くまで上昇し、空に浮かぶ雲すらも蒸発させる。激しい熱波が、離れたこの場所にまで届く。
事実、それは正しい。その火柱は、物質界の限界を大きく逸脱してより高温に、より激しく燃え盛る灼熱地獄なのである。物質界の限界温度・・・プランク温度すら超えてその火柱は上がっている。
プランク温度・・・物質界の限界温度すらも容易く超越して火柱は燃え盛る。そして、更に更に無限にその温度を果てなく上昇させてゆく。それは、まさしく宇宙すら焼き尽くす神の業火だ。
恐らく、周囲は無事では済むまい。そう判断し、無銘は腰を上げた。
「ソラの奴・・・”クトゥグア”を使ったか」
そう、その炎こそ・・・ソラ=エルピスの保有する固有宇宙の最大の切り札なのだ。
クトゥグア———炎を司る神の名を冠した灼熱地獄は猛威を振るい続ける。
・・・・・・・・・
その日、街の一角がそっくり丸ごと消滅した。大地も、建物も、そっくり消えて無くなった。
火柱は一時間後に鎮火した。まるで、その怒りを治めるかのように。静かに、あっさりと。
周囲に居た住民に死者は奇跡的に居ない。その前に、無事避難は済んだ。しかし、事件現場は丸ごと灰すら残さずに綺麗に消滅していた。それこそ、まるで周囲一帯綺麗に繰り抜いたかのように。
マグマ状に溶けた大地は、冷えて固まり硝子へと変質してしまっている。恐らく、火山の噴火や核爆発ですらもこのようにはなるまい。流石に、此処まで酷い事にはならない筈だ。
それが、今回の事件の激しさを物語っているだろう。そして、真に恐るべきなのはこの力を単なる一個人が保有しているという事実である。単なる一個人が、その身一つに宿す。
この一件は、人類史に残る大事件として深く名を残した・・・




