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弱者に死を  作者: unknown
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初勝利

防戦一方な戦闘(?)が開始されて既に1時間は経過していた。

全速力で走る傍ら、道端の小石を掴む。

そして、それをカーブを曲がり終えて俺を視認しようとするブルーベアーに投げつける!


「ガァァァァ!?」


狙い違わず左目にクリーンヒット、相手の速度が落ちる。その悲鳴とも怒声ともとれる鳴き声を聴きながら、俺は一心不乱に走り続ける。

もう既に横腹が痛いなんてレベルは通り過ぎてしまっている。というか、長時間のあまりに激しい運動で止血されていた傷が開いてしまったのか、若干服に血が滲んでいる。

既に、案外一人でもやっていけるんじゃないか…とか、撒けないかな、という安直で能天気な考えは俺の頭の中から消えていた。

ブルーベアーの速度は全く落ちない……それどころか、何度も追いつかれた。その度に、戦闘訓練すらまともに受けていない俺はナイフで相手の急所を狙いながらその攻撃を受け流し(流せなかった事のほうが多かった)たり、相手が突進してきた所をギリギリで躱しそのまま反対方向へ逃げたりするという事を繰り返してきた。

人間相手ならそんな対応を続けていれば学習されるだろうが、相手は人間ほど理知的な生物ではない。

寧ろ、俺の回避が効率的になっていった。


だが、そんな、ともすれば俺に有利に見える状況も暫く後に終わりを告げる事となる。ブルーベアーとの遭遇によって出たアドレナリンによってほぼ忘れていた全身の痛みが、時間の経過と体への過負荷によって主張を強めてきていた。

「ドガァァァン!」という、カーブを曲がり切れなかったらしいブルーベアーが壁を破壊する音。相手の動きからは全く疲弊の色を感じなかった。

いや、俺の疲弊があいつよりも早いから、俺の反射神経や動体視力が落ちていくことによって寧ろ逃走劇の当初よりもブルーベアーの動きは相対的に速くなっている気すらする。

俺は満身創痍、死への恐怖から逃げる為に動き続ける。しかし、こんな状況がいつまでも続く訳が無かった。


「がっ!?」


俺は突如足元を崩されるーーーー咄嗟に見てみると、そこにあったのはゴツゴツした地面ならば当然ある、小さな段差だった。

ーーーーだが、このギリギリの所で均衡を保っていた状況を動かすには、十分なものだった。


「ぐっ……クソっ!」


俺は態勢を崩し、全身を強打する。幾ら全身が疲弊していたとしても命からがらの逃走だ、その運動エネルギーは相当な量。俺は内臓がシェイクされる感覚に意識を飛ばしそうになる。そのまま、「ドガッ!」という音と共に盛大に壁へと衝突した。


「……」


もう俺には声を出す気力すら失われていた。

気づけば、体中から血が滴り落ちていた。重症だ、脳に全身から痛みが伝わってくる。早く、治療をしなければ。

追いついてきたブルーベアー。…直ぐに手を出しては来ない。流石に回数を重ねて、今までの俺の回避行動を学習したのか。

体を沈め、今にも飛び出してきそうではあるが。


「……はっ」


俺はつい笑い声を出す。本当の勇者ならば、ここで秘められし才能が開花し、今にも自分の命を食らおうとする怪物を、一瞬で倒してしまったりするのだろう。

だが、そんなご都合主義は起こらない。それは、この世界だろうと日本だろうと、だ。

遂に俺に飛び掛かり、最後の止めを刺そうと殺意をぶつけてくるブルーベアー。世界から色が無くなり、時間の流れがゆっくりとなる。

走馬灯が見えるのかと思いきや、別にそんな事は無かった。俺からはもう、現実逃避をするだけの気力すら残っていないのか。

俺はふと、思った。誰かと、何か約束はしただろうか?俺の知っている異世界へと飛んだ勇者はいつも死の間際で、大切な人との約束から生きる為の活力を得ていたものだ。

しかし俺にはそんな、生存フラグも立てるような未練も存在していなかった。

だがまあ、生存欲だけで生き残るパターンもあったか……。

ゆっくりとした時間の中、化物の口が開かれる。狙うは俺の首筋。一撃で俺を仕留めるつもりだろう。俺は為すすべもない。その動きを受け入れ、化物の歯が、俺の首筋を切り裂く幻覚を見た。


しかし、俺の命がそこで終わる事は無かった。












−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−














いや、別に秘められし能力が発現したーとかでは無く、目の前で大口開けたブルーベアーを見て、単純に動脈をぶった切られる場面を想像したら超怖かった、その恐怖心のお陰でアドレナリンが追加されて多少の間動く事が出来るようになった、というだけである。


「うらぁ!」


俺は渾身の力を振り絞って、不良の様な声を出しながらギリギリの所で致命傷を躱す。ブルーベアーが「またかよ!!」と言いたそうな非難の目をしている気がする。勿論、気のせいだろうが。

次に、数瞬の内にブルーベアーの巨体に潰されるであろう全身を、その脅威範囲から抜け出させようと藻掻く。しかし、そう上手く行く筈もなく、右足をやられてしまった。

ゴギッ、という聞きたくもない自分の体が壊れる音。俺は叫びながらもその痛みを原動力に腕に力を入れ、突進の勢いで防御もままならないブルーベアーの顔へとナイフを突き出した。

グァアアアアアアア!!という声と共に、ブルーベアーが震えた。

俺はニヤリと笑ったーーーー右目にクリーンヒット。だが、首筋などの致命傷を与えられた方が良かったか。

おまけに今までのカーブの度に行ってきた石での嫌がらせ、もとい草の根活動によって左目には既に血が流れており…恐らく、ブルーベアーには何も見えなくなったはずだ。

しかし急所をやられた事に動揺したのか、ブルーベアーは今まで以上の力で俺を吹き飛ばす。


「がっ!?……へぇ」


俺は、全身を再び地面に打ち付けられながらもその勢いを利用し、ゴロゴロと転がりながら相手から距離をとった。そしてそのまま壁際で停止する。

相手は目が見えない。その他の感覚器官も、興奮し過ぎた状態のブルーベアーではまともに働かせることが出来ないのか。虚空へと体当たりをし、そのまま壁へとぶつかるブルーベアー。

暫く俺を怒りのままに探してあちこちぶつかっていたが、少しずつ興奮が収まってきたのか突進する事は無くなり、そしてそのまま俺とは反対方向へと消えていった。


「……ふう」


ブルーベアーは俺を諦めたのか、まだ探しているのか。態々両目をやられてまで追う獲物でもないような気がするが、魔物にプライドが無いとも限らない。

これからどうすべきか。

目下危険は無くなったように見えるが、ここはダンジョンの中。今まで他の魔物とは一度もすれ違わなかったが、本来なら大量の魔物とエンカウントしている筈である。何故延々と圧倒的な実力差のあるブルーベアーと戦い(まあ逃げ回ることが主であったが)、辛うじて生き残る事ができたのかというと、ダンジョンにあるまじき『一対一の環境』が終始続いたからというのが大きいだろう。

だが、この状況が延々続くとは思えない。"奇跡"は、当然いつまでも続きはしないのである。

ここから移動し、最低でも正規ルートへと移動しなければ助けは得られないだろう。だが、ここが何処なのか分からない。俺が襲われた魔物は壁の中に体を埋め込んでいたのだろう。消化しきった『生物だったモノ』を排出するなら当然ダンジョン内だろうから、問題は階層を跨いでいないかだ。

というか気にしていなかったが、魔物の排泄物なんてダンジョンに入って一度も見ていない。単純に直ぐに分解されたり、紛れていたりするだけか?

一度壁の中の消化器官に入った後、出るのであれば同じ階層の近くでは無いだろうか?しかしそれなら勇者一行が見つけ出してくれる筈だし(見捨てられた可能性は考えたくない)、そもそも気が付いたとき見た景色には見覚えが無かった。まあ元よりダンジョン内は殺風景なので記憶に残ったりはしないのだが、足跡など人が通った痕跡が無かったのは確かだ。

唯一の持ち物だったナイフも、限界が来てしまっていた。

取り敢えず代わりのものを…ということで、最後の特攻で折れたと見られるブルーベアーの長い牙を回収する。

俺の体も、限界に近かった。逃走の過程で左腕と左足にかなりダメージを負ってしまっている。明らかに骨折しているか骨にヒビが入っているかしている為、少なくとも誰かに治療してもらうまではもう走れないだろう。

つまり、次に魔物と遭遇したとき、逃走という手段は取れないということである。

また、全身からの出血と痛みも酷く…内臓もやられてしまっている。基本的には傷が開いただけで決定的な致命傷というのはまだ負っていなさそうに見えるが、このまま放置していればいずれどうなるかは分からない。出血多量で時間切れになる可能性もある。

さて、俺はどうすべきか……。

取り敢えず俺は正規ルートを探すため、移動を開始した。壁に寄りかかりながら。右足を使う為右側の壁である。もし右腕が損傷していれば這いつくばって移動する事になるところだった。

遠くで魔物が吠えている気がする…幻聴だと願いたい。だが実際のところ、余程近くにレストエリアのある正規ルートが無ければ、あるいは誰かと合流できなければ、魔物との戦闘は回避出来ないだろう。


「……はっ。やってやるよ」


魔物に襲われて激痛の中絶命するのは勘弁である。


ぼんやりと薄黄緑色の光で照らされた通路を、俺はゆっくりと進んでいく。

次回は金曜0〜2時の間に更新予定です。

上西くんがまともな説明をしないので、後書きで補足を。

西上さんの無双(但し治癒に関してのみ)は、彼女のデンジャーパークによるものです。デンジャーパークというのは、程度の差はありますが大きなパーク効果の代わりにデメリットがあるというものです。

例えば、そのパーク装備中は常に特定のステータスが下がったり、得られる経験値が減ったり、治療されるとき、回復が遅くなったり。その辺りの説明は後々していくつもりです。上西くんがスキルとパークを一切持っていないのでその辺りの説明をし損ねました…。

まあ暫く主人公はボッチで行動することになるので、パークなどなどの説明も含めて、次回は主人公とは別視点で書く予定です。


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