迷宮探索
勇者達が一撃で敵を屠り、慈愛の光を以て戦場の女神が後方で彼らを支える。ここはあれか、剣と魔法の世界か?
剣と魔法の世界かは兎も角、異世界ではあった。
想像していたのと違うのは、俺がその勇者の中におらず、日本にいたとき同様やはり手の届かない所から見る事しか出来ないということ。
……いや、正確には違う。
今回の剣と魔法の世界は、臨場感たっぷりだった。
始めからとびっきりの絶望感を味わう事になったとはいえ、現在進行形で(幾ら味方が強いとはいえ)俺達にとって未知の領域、ダンジョン内。どんどんと薄れているが、一応死と隣合わせの状態のはずだ。
おまけに、今回の異世界転移モノは巻き戻せない、放り投げる事は許されない、一回きりのまさに人生そのもの。
そう考えると、案外、この転移も悪くないかもな……と思い始める。幾ら思い描いていた形と違うとはいえ、俺は間近で夢見た世界の住人達を眺め、称え、会話する事が出来るのだ。
そもそも、自分に勇者組のようなステータスが無くとも、別に悪い事では無い。普通の事であって、実際の所生きていく上では何の支障もない。元より日本ではそんな超能力じみたもの、誰も持ってはいなかったんだから。
一部例外はあるかもしれないが、基本は皆、自分の努力だけでで人生を切り開いていくのだし。
ダンジョンに入って丸2日目。俺は、何度と繰り返される単調な戦闘に飽きてきた頃、ようやく転移してから湧き続けていた負の感情を消化し始めていた。それは、転移から時間が経って感情を整理できてきたというのもあるが、身近にいる人達が俺を支え、色々なことに気づかせてくれたというのが大きいだろう。
このダンジョンから帰ったら、もう一度今回の同行でいかに自分が役立たずであったかを人事部に熱弁し(別に悪い事という訳では無い。ただ、この世界と相性の良かった人間との間に出来た差だろう)、勇者であるという事を隠すのを条件に解放してもらおう。出来なくとも、一般人としての戸籍位は貰いたいものだ。
この世界で、勇者などでは無く、多くの人と同じ様に一般人として生きる事は、別に劣るようなことでは無い。
名声などとは無縁であっても、普通の幸せを掴むことができる道なのだろうから。
そんな、ちょっと帰れなくなってしまいそうなフラグっぽい事をつらつらと考えてしまっていたせいだろうか。
最近は何時もの事だが…この世界は俺の望んだ形をとってくれる事は無いということを、俺はこの後思い知ることになる。
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最初にその異変に気付いたのは、まあ当然と言えば当然だが、この行軍で一番仕事をしていない俺だった。
「うん?……すみません、あれ、何ですか?」
俺は後衛の勇者を支援する為に同行していた護衛の一人に話しかけた。
現在、階層構造を成す大洞窟(この辺りは本当に異世界)の、15階層部分。
最高到達階層は現在21階層で、今尚更新中だが、俺達は実践経験も兼ねて正規ルートを外れて脇道をマッピングしていた。
護衛の人達曰く、勇者クラスの戦力なら最前線でも足手まといにならないので、15階層の脇道位大丈夫だろう、と。まー皆さん凄いことで。ただ、実践経験が無いためにイレギュラーへの対応等は未熟な為、下層で魔物のレベルを上げるよりも先ずは実践経験を積ませるとのこと。
「うん?あれは、燐光石だよ?」
俺の質問に当然の事の様に答える男は、チラッと俺の指差したほうを見てそう言った。燐光石は、ダンジョン内での主な光源。淡く常に光る、ただそれだけの鉱石で、何処にでもあるものだ。
「いや、確かにそうなんですけど、何か濡れてません?」
「うん?」
何か…引っかかる気がするので、俺は並走して確認を取る。
俺の指さしている先にある燐光石は暗くて分かり辛いが、全体的に湿っていて、俺達の頭位の高さにあるそれから垂れた水分が床まで落ち、小さな水溜まりを作っていた。
「魔物の仕業じゃないかな。気にする程では無いと思うけど」
「まあ……そうです…よね」
俺は気になったが、下層深層攻略という強固な目的意識があってこのダンジョンに来た護衛と勇者一行は全くそんな事は気にしていない。まあそれが普通か。
目新しい光景を見つけると聞いてしまう辺り、異世界という何時もと違うシチュエーションに案外俺もまだ興奮しているのかもしれない。
「よぉし!!一旦休憩を挟もう!!」
隊長が声を掛ける。すると、もう何度目か、外から腕の立つ者、中心部に非戦闘員となる様に円形にさっと全員が移動する。
「今、外ではもう深夜の筈だ。一度仮眠をとろう。護衛が交代して見張りをするから、お前たちは寝てくれていいぞ」
そう言って勇者一行に声を掛ける。それに反発したのは数人。
「いえ、俺達もダンジョン探索者です、同じ扱いで結構」
それは、勇者という権威を振りかざさない姿勢としては素晴らしいものだったが、隊長から返されたのは苦笑いだった。
「いやいや、お前たちは今までの人生で、戦闘なんて一度もした事が無いんだろう?相当精神的にきているはずだ。数時間の睡眠で十数時間もの戦闘の疲れを十分癒やすというのは、ステータスの恩恵で肉体的には可能かもしれんが…精神的には難しいだろう?」
それは、俺達を慮っての言葉だったが、それに数人が返したのは同じ様な苦笑いだった。
「いえ、その位なんでも無いですよ?15時間以上極限状態で集中し続けて睡眠時間3時間とか、普通にやってましたから」
どうやら友達同士らしい彼らは…大学生位の年齢に見える。周りもうんうんと頷いている。
自分とは別の世界の…恐らく『受験戦争』の苛烈さを聞いた隊長は、「そうか、君達も戦士だったんだな……」とか別に間違ってはいないが少し違う事を言った後、
「いいだろう。そこまで言うなら担当を受け持ってもらおう。希望者だけでいいが、こちらの負担を減らしてもらえるのは大歓迎だ」
と、承諾した。
……勿論俺とは関係の無い話だ。例え希望者を募っている時にコソッと手を挙げていても見つからなかった事だろう。少し光源が心許ない中、豪華絢爛な装備を持っている勇者組に紛れた、目立たない黒い服装の俺が手を挙げていることに気づくのは至難の業だ。
でも、こちらの世界でもぼっちになるのは流石に嫌だな、うん。
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俺は大きな円の真ん中で横になる。すると、真横に例の回復魔法チートの夜食女と目が合った。
…キャラ要素が盛られすぎてなんだかとんでもない渾名になっている。だが仕方ない、俺はこの子の本名を知らんのだ。
……俺は無言のまま寝返りを打って、視界から強制的に追い出す。
……いや、多少どきどきしたというのは仕方なかろう、一応思春期男子だし。でも、これだけの人数がいる中で雰囲気も何もあったものじゃないし、正直意味もなく心拍数が上がって只々寝づらいだけなのである。
「えっ、ね、ねえ?上西くん、だよね?」
話しかけてくる、夜食ちゃん。…うん?なぜ俺の名前を知っている。こんな残念勇者モドキの名前を。
「あ、あの……あの時のことやっぱり、まだ怒ってるよね?」
「いや、何を今更」
傷つかなかったと言えば嘘になる、というか滅茶苦茶傷ついた。あからさまに蔑まれるのとは別のベクトルで精神に大ダメージを負ったよ?そりゃあねえ??天然って怖いよ。
というか、周りの目が痛い。「お前らいちゃつくなよ?ここ何処か分かってる?そんな事するなら俺の代わりに見張りしろよ?」という目線を2桁程感じる。
……というかほぼ勇者組男子全員からだった。
俺は振り向くと、横になって俺の回答を待つ彼女へ視線を向ける。
なる程、まあ確かに容姿は整っている。その上、治療師ともなれば、あれだ、俺達の世界でのナースみたいな感じか?自然と人気が出るんだろうなーと思った。
俺はそんな奴らの気を宥める為返答する。
「そりゃ傷ついたよ。それはそれは盛大に。あんた、俺の事さして知りもせず適当に話しかけただろ。自分も多少周りから見劣りするからって同族みたいに扱いやがって。でも、別にいいよ。どういう形であれ精神的に俺を貶してくる奴らとは、ここ最近沢山会ってきたから」
おっといけない、別にそんな事無いですよーと言うだけのつもりが恨みつらみからか、つい過激な言葉になってしまう。いかん、周りの男子からの目線のベクトルが変わり、更に痛いものになっている。本末転倒だ。
「ご、ごめんなさい……」
夜食ちゃんは謝ってくれるが、正直八つ当たりみたいなものだったので気まずくなる。だが、周りの勇者組のうち、悪意のみで俺に話しかけた奴らからも何故こんな目線を向けられなければならないのか。
明日になったら俺の周りだけ包囲網が薄くなるなんて事は無いだろうか。流れ弾がするりと俺の方に飛んできたりとかしないだろうか。
まあダンジョンでそんな非常識的なことはされずとも、晩飯(と言っても硬い非常食。自分で用意したものではないから文句は言えないし、満足できる実用的な食事だ)の量が減るくらいはあるかもしれない。
そこで、俺は何とか周りに理解を求めようとした。
「本当に分かってるのか?ああ、そうだ、前に見せた時は一瞬だったな。俺のステータスちゃんと教えてやるよ」
そう言って、俺は自分のステータスを音読した。始めは少し大きめな声で、つまり周りによく聞こえるようにしたが、最後の方はかなり小さくなってしまった。
この、スカスカのステータスプレートの内容を音読するのに30秒も掛からない筈だが、音読するのが辛すぎて俺には5分以上の時間が流れたように感じた。
…わざわざ自分の傷を抉ることになってしまった。
改めて見るとホントなんてステータスだ……。
本来、転移してきた人間に対して使われる意味とは全く逆の意味でこの言葉を使う事になり、若干涙目で音読を終えた頃には状況を完全に理解したその場のほぼ全員から、最上級の哀れみの目線を向けられていた。
次回の更新は月曜(今日)午後10時予定です。
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