魔族
『異世界管理機関』━━━転移者を管理する各種施設や団体の総称だと、俺は聞いている。
召喚予定日、場所を調査したり、転移者の身の回りの世話から教育迄を施す『召喚者訓練学校』の運営。
俺はまだ利用していないがこの世界の各大陸にある転移者サポート用支部の運営なども業務内容に当たる。
異世界管理機関は特殊な機関で、そこに関わる人間は基本的に国の人間か転移者のみだ。
「成る程…君は、国の人間だったのか…道理で雰囲気が違う訳だ」
先程と随分と雰囲気が変わったご老人。
この種族は他種族、特に異世界からの他種族である転移者を嫌っているということだろうか?
「間違っていないかね?」
「……いいえ、転移者の方です」
ここで嘘をついてもすぐにバレるだろう。というか既にバレていると言っていい。
数秒の間目頭を抑えながら悩むご老人。
「………はあ…君に我々に敵意が無いのが確定しているのが幸いだったな。恐らく、処刑される事は無いだろう。即刻国外追放になると思うが、上司に相談せにゃならんなあ」
疲れた顔でそんな事を言い出す。続けて、こう言った。
「転移者というのは才能の無い極一部の者以外は同じユニークパークを持っていて一般人と判別できるんだが、君は持っていない様だね。どういう事かな?」
「さっきも言いましたが、俺は才能が無いんですよ」
ダンジョンで死にかけたときに偶然得たパークで、偶然ステータスが高くなっているだけだ。
俺の知っている勇者は、もっとまともなパークと強力なスキルを持っている。
「その言葉を否定する要素は、確かにステータス傾向を見るとあるようだ。ここまで実用系スキルを持たないというのも珍しい」
「俺のこのステータス数値は高いんですか?」
ダンジョンにいた頃から気にはなっていたのだ。実際の所、俺のステータスは今この世界でどの程度のレベルなのか。
「相当高いな。転移者だと言われてやっと納得できるくらいには、君の若さでこのステータスになるというのは珍しい。
その辺り、教わらなかったのかい?転移者には専用の学校があると聞くが」
「俺はサボりまくっていたので」
特に実技系はズル休みコンプしている。割とどうでも良さそうな座学も出席していない。異世界で不登校児というのも勿体無い話だが、将来的に役に立つとは思えなかったのだ。
「では、君はこの世界の常識をあまり知らない訳か」
「まあ、この世界の人達にしてみれば幼稚園児レベルかと」
幼稚園がこの世界にあるのかは知らないが。
「では、君にとても重要な質問をする。正直に答えてくれ」
「はい」
何かを決心したような顔で多少和らいでいた雰囲気を引き締めるご老人。
そして、俺にとって驚きの言葉を口にする。
「我々魔族についてどの程度知っており、どの程度の敵愾心を持っている?」
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「………」
魔族。俺達がこの世界に召喚された直接の原因。遥か昔からほぼ全ての種族から忌み嫌われている種族。
「…俺は、殆どそういった『重い』歴史の関係する座学は受けてません。なので、殆ど情報を持っていませんが…他種族から嫌われており、戦争を起こしている種族だと聞きました。…そうは言っても全然知らない種族なので、俺自身は特に何も感じていません」
「戦争を起こしている事については我々なりの理由があるが、まあそこは置いておこう。その反応、やはり君は自分が魔族と接しており、魔族領にいる事に気づいていなかったね?」
「俺がいたのは人族領の『レイグル大洞窟』です。おかしいなとは思っていましたが、まさか魔族領だとは…」
魔族領に他種族が入るのはほぼ不可能だと言われている。警備が厳しすぎるのだ。そう言ったこともあり、魔族領内の情報は殆ど外に伝わらない。
それ故、魔族領へのスパイの需要が非常に高いとも。
「…君が出てきたのはこのレスチュアリー大陸のメルカルダンジョンだ。……ダンジョン間の直通通路などというものは聞いたことが無い。それも『イレギュラー』なのか……思いの外ダンジョン内で起こっている事は大事らしい」
「洪水から目覚めた後、明らかに魔物の種類が変わっていました。動物系から植物系に」
「メルカルダンジョンには植物系の魔物しかいないな。ほぼ間違いなく、そのタイミングでメルカルダンジョンに移動したのだろう」
「俺が、魔族領に勝手に入ってメルカルダンジョンに潜っていたとは思わないんですか?」
「君にそこまでに技術と知識は無いだろう。それにメルカルダンジョンは大昔から変化のない一般的なダンジョンで、態々死の危険を冒してまで入った魔族領で見にいくものではないさ」
「成程…」
メルカルダンジョンは確かに魔物のレパートリーが少なく、資源もそんなに無いように見えた。修練にも向かないだろうな。
「君は、君が助けたシトレアくんが魔族であったのを知らなかったね?」
「…やっぱり彼女も魔族でしたか」
「何か思い当たる事でも?」
「彼女は、ダンジョンの中で自分のステータスを俺に見せてくれました。隠していた事を打ち明けるかのように。俺は知りませんでしたが、魔族の種族的特徴がステータスに出るんじゃないですか?」
「確かに我々魔族は生まれつき『魔功を継ぐ者』という天職を持つ。彼女はそれを君に伝えようとしていたのだろうな。その他ステータス的な特徴も身体的な特徴もあるが、尽く君に通じなくて彼女はさぞ不思議がっていたぞ」
「まあ、後で教えてくれるとは言ってましたが」
その前にダンジョンを出たので教わることはなかったな。どのくらい俺が眠っていたのかは分からないが、彼女は今どうしているのだろう?
「…彼女が魔族であったと知っていたら、彼女を助けなかったかな?」
「それは無いです。同じように助けましたよ」
「では…彼女がダンジョンを出てから話していた事なんだが…彼女は、君から魔力を奪おうとしていたらしい。十分に動けない自分の身を守るために、近場にいた気絶している人間から魔力を根こそぎ奪おうとしていた、と。……これを聞いても、まだ助けたと、そう言うかね?」
「……まあ、結局助けた様な気がします」
初めて会ったときの彼女の顔には、絶望が浮かんでいた。ダンジョンに一人になったときの俺とその背中が重なったのだ。
人にしろ魔族にしろ、自分が生きる事を最優先とするのは普通の事だ。他の人を蹴落として生きるという生き方は、まあ褒められるものではないかもしれないが。
「まあ、それについては彼女も謝りたいと言っていたよ。国外追放の前に会う機会くらいあるだろう。……取り敢えず、今日はここまでにしよう。私も情報を整理したい。少なくともあと数日は独房に居てもらうし、また呼び出すかもしれない」
「分かりました」
俺は礼をして席を立つ。ここまで案内してくれた兵士の人に案内されて、再度独房へと戻ることとなった。
魔族という種族は、ほぼ全ての種族から嫌われ、戦争をしている。ステータス的に優秀ならしいし、傲慢な種族なのだろうかと思っていたのだが…どうも何かが違う。
人族を下に見たりという感情は、俺に対応している人達からは殆ど感じられなかった。俺がシトレアを助けたからなのかもしれないが…。
俺は、この世界に召喚される直前に神の代行者から聞いた言葉を思い出した。
『それじゃあ、くれぐれも忘れないように。君の目的は、人間と魔族が暮らす世界に安定をもたらす事』
人間と魔族?この世界には人族だけでなく俺が知っているだけでも多くの種族が暮らしている。それらの種族を纏めて『人間』と呼ぶのは無理がないか?
何かがおかしい気がした。俺たちは実際の所、どういった理由で召喚されたのだろうか。
この疑問を解決する為には召喚直前に一度だけ行くことのできた『世界人工管理局』とやらにもう一度行く必要があるのだろうが、恐らく、そこに自分から行く方法は無いのだろう。