冒険
昨晩は大変だった…あんまり眠れなかったようで、全身がだるい。まあ、こっちに来てからちゃんと寝付けている日の方が少ないような気もするが。
不眠の原因が異世界転移による環境の変化に順応できていないから、っていうだけならいいんだがな。
俺は勇者一行としてこちらの世界に来た。しかし、送られたのはざっと数千人規模。別に俺が勇者として仕事しなくても代わりはいくらでもいる。ステータスの貧弱な俺は正直、のんびり農家でもしていて問題ないんじゃないのか?
そう思って、俺たちの対応を任されているらしい『異世界管理機関』とやらの職員にその旨を相談したら、ダメという答えが返ってきた。
勇者は、勇者らしく、象徴としての存在であらなければいけない。
俺は、自分の事を自分で自由に決める権利も、日本に置いてきてしまったようだ。
転移した人間は一つの場所に集められている。学校機関のようなもので、短期間で常識から実用的な戦闘技術まで。常識はともかく、戦闘技術は俺は明らかに成績が悪かったし、正直する意味が良く分からなかったので途中から行かなくなっていた。
時々、俺の噂を聞きつけて、馬鹿にするように俺の方を見てくる奴、声を掛けてくるやつがいた……。
全く、勘弁しろよ。放っておけよ。
数日後、俺の仕事場が決まった。やはり事前に聞いていた通り、俺も一応勇者扱いにはなるらしい。
初陣は比較的発見されてからの歴史が浅い「レイグル大洞窟」という所だそうだ。出現する魔物は高耐久力な代わりに攻撃力と敏捷性が抑えられているらしく、完全に調査が完了している上層階層に関しては非常に初心者向きとのこと。
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出発の日が来た。最初にステータスを確認されたのと同じ公園で、各々が仕事先毎に分かれて準備をしている。初陣な上に派遣先がダンジョンなので、なんだかんだで緊張している人間が殆どだ。
正直、街に置かれるお飾り勇者の様な役回りを想像していたんだが、管理機関の上層部としてはしっかり冒険をさせる方針の様で、最初の派遣先は安全とは真逆のダンジョン。まあ派手派手な農業系スキルとかあったらまた違ったんだろうが…地味で一般人と同等の能力しか持たない俺は、一般人のいないダンジョンという、人目につかない場所での仕事の方が良いのだろう。
俺は派遣先が決まってから急遽軽装備の扱いの講習を受け、派遣先の情報が一切無しなのも不味いので、その辺りの説明もちゃんと受けた。
俺も自身の装備の準備を進めながら、前にいる勇者組を見る。
俺の仕事は勇者組とは別のものだ。『探検』ではなく『探検補助』である。
まあ、つまるところ唯の荷物持ち。
これはおそらく、管理機関が俺に配慮してくれたんだろう。勇者として召喚されながらも一切鍛えていない一般人相当のステータスしか持ち合わさず、これといって特技も無い俺にとってはダンジョン攻略最前線での仕事というのは苛烈すぎる。
仕事内容以外にもかなり配慮してくれたようで、恐らく荷物持ちとしては異様に高い給料が出る模様。転移させられた者として、一応面目が立つようにしてくれているという訳だ。
但し。俺はその代償として高ステータスな勇者組の、異世界を謳歌している姿を暫く見せつけられる事となるだろうが。
正直、この職場は嫌……というか割と最悪だと思ったが、仕方ない。管理機関の勇者としての対面を保たせるという目的はともかく、俺としても、自身が部屋で精神的に死んでいる間に担当職員がかなり頑張ってくれていたという話を盗み聞きしてしまったため、その厚意を無碍にするようなことはしたくなかった。
「まあ、無理だと思ったらまた頼み込んでみるさ……」
俺はそう言って自分に言い聞かせる。言い聞かせていなければならない。そうしなければ、何日も掛けて抑え込んだ辛い気持ちがもう一度湧いて出てきてしまう。
ダンジョンでの冒険、そんなものは夢物語だ。
俺は、準備が出来た……と言っても、護身用装備など殆どなく、大量の小物、ポーションなどなどを詰めた大きなバッグを背負うだけだ。
目の前にいる勇者達とは違って準備という程のことはしないでいい。
「おはようございます!初陣おめでとうございます。こちらを」
俺の転移後からの担当職員が前方にある職員棟から出てきて、一直線にこっちへ駆けてきてくれる。態々挨拶をしに来てくれたようだ。それと同時に、小さな革製のホルスターを手渡される。
「これは?」
「筋力増強、体力回復のハイブリッドポーションです」
「何でこれを?」
「その……」
曰く、俺のステータスではパーティーの進行に付いていくのも難しいだろう、との事。
………。
「ご、ごめんなさいね」
「いや、ありがとうございます。わざわざ気にかけて頂いて」
これは、この人の優しさだ。決して宿にいる間に俺を嘲笑した奴らとは違う……。こういう雰囲気になるのを分かっていて、俺に嫌われる可能性もあると分かっていて、それでも俺を心配し行動してくれた。
「あ、それと、何か困った事があったり、道中無いと思うけど怪我したりしたら、こちらの方に。貴方はあまり宿泊棟と食堂の間以外移動してないって聞いたから、多分面識無いでしょうけど…」
そう言って、俺に後方を見るように促した。
その目線の先には……。
「そ、その、おはようございます」
いつだったか、夜の食堂で俺を嘲笑しに来た、同年代の女子がいた。
「……どうも」
「あれ?お知り合いかな。彼女はレイグルに行く人達の中で、単体回復なら一番得意な方」
人というもの、いつまでもいじけていてはいけない。
「はあ…同じ所に配属になったんですね」
そうだ。俺と君とでは、求められているものが違うけどね。
そもそも俺に何か求められているのだろうか。ああ、荷物持ち。
「…あれ。何かあった?」
俺達の間に流れ始めた不穏な空気を察する職員さん。
いじけていてはいけない。
「その……先日はすみませんでした。もし洞窟内で何かあったりしたら、何でも言ってくださいね、お手伝いできるかもしれませんから」
そうだな、勇者組は確かにその力があるから。
「どうも。宜しくお願いします」
話してみても正直、只々虚しくなるだけだった。
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俺達は馬車に揺られて、目的地へと移動した。
「レイグル大洞窟」は最近見つかった魔物の湧く特殊領域で、所謂ダンジョンとして扱われている。
かなり街まで近いこともあり、冒険者が攻略しようと頻繁に出入りしているが、深層は意外と難易度が高いようで、未だ全領域の踏破は完了していない。
街から近くそれでいて上層は初心者向き、深層は未踏破。勇者の名声を高める最初の物件としてこのダンジョンはお誂え向きなのだろう。
俺達はダンジョンの目の前にある、仮設テントで作られた即席のダンジョン攻略基地的な場所で仮眠をとり、馬車での疲れを癒やした後、遂に初仕事を迎えようとしていた。
「諸君、準備は出来たか?」
そう言ったのはこの勇者部隊を率いるガビックだ。
「勿論、準備は万端です」
そう言ってのけたのは、転移組の中心人物となりつつある、例の超高ステータス大学生。名を志垣泰平というらしい。まあ、話した事は無いんだけれども。
「俺達はこの日からの為に、短い間ですが鍛錬をしてきました!」
そう言って、2週間程の仕事先別訓練に言及する。…因みに俺の出席状況はお察しである。
「必ず、最高の成果を持って王都に帰りましょう!!」
因みにどうでも良い上に今のこの状況とは関係無いことだが、最初に俺達が転移後に集まった広場はやはり異世界転移におけるセオリーである王都の中心部なようだった。田舎者が観光地気分になっても仕方が無かった位発展した素晴らしい町並みだったそうだ。
異世界生活2日目から部屋で凹んでいた俺は全然知らなかった事なのだが…レイグル大洞窟への移動の馬車の中で街並みを見て、割と勿体ない事してたなと気付いた。
今回の行軍は1ヶ月ほどの予定なので、観光するにしても少し空いてしまう。
「「「ああ!!」」」
何かを話している勇者組。元気なこった。
「では、これより大洞窟の攻略を開始する!!」
隊長の一言により、部隊が動き出した。もう戻れない。この迷宮で低い確率とはいえ死んで亡骸となる…なんて事は無いだろうが、成果に喜ぶ勇者組の陰に隠れながら階層を踏破していく事になるのは間違いない。
暫くは、ここから逃げられない。
「はー行くか」
「はい、そうですね」
唯の独り言だったのだが、応えるやつがいた。例の夜食堂女子である。
俺は当然ながら、後衛……というか、非戦闘員の中にいる。彼女は回復役なので、必然的に非戦闘時は俺と近い場所にいるのだ。
俺は半ば無視しながら、職員の人に貰ったポーションを飲む。バフ系、勿論攻撃等ではなく、後衛用の防御力、敏捷性上昇のもの。かなり品質の良い物らしく、12時間効果が続くとのこと。計50本。一体どれだけ金を掛けるのか、こんな使い物にならない一般人に。だが、この位の品質のポーション無しでは、ペース配分が掴めるまでは勇者組の後ろを唯付いていくだけでも体力的に厳しかった。あの職員さん、本当俺の事気にかけてくれてるよな。
因みに、非戦闘員の転移組は俺と彼女の二人しかいない。必然的に彼女との距離が近くなる訳だが…俺にとっては居心地悪いことこの上ない。
「あ、あの……」
「何か?」
何か思うことがあるのか、俺のポーションを見て言う。
「強化系の魔法、掛けましょうか?」
なるほど、なんでおめーがそんな高いポーション飲んでんだよ、と思っていた訳ではなく、俺を楽させてくれようとしているようだ。
…俺のこの女子に対する第一印象は最悪だったが、レイグルへの馬車の中で話す機会があり、最初のあの酷い行動は意図してやったものでは無いという弁明があった。正直、あそこまでステータスが低いとは思わなかったと……。
「……ごめん、宜しく」
別にもういいさ、気にしてなんていない、全く。
「はい!」
何故か嬉しそうに、謝罪の意味も込めてだろうか、かなり強力っぽい強化魔法を掛けてくれた。俺の体が光に包まれ、体に力が宿る。
「ありがとう。流石、勇者組なだけある」
自分がまるで勇者組の一人でないかのような俺の言葉は、実際のところ何ら間違っていないだろう。実際の所、俺は事情を知るものからは最早勇者とは見られていない。
「……うん、ありがとう」
彼女は俺の若干の悪意に気丈に答えた。
…或いは俺の言葉など何とも思っていない、という可能性もあるか?
いやいや…これは俺の性格が悪いな。ここ迄の彼女の印象は悪いものでは決してなかったにも関わらず、こんな事を考えてしまっている。気が立っているのは日本にいた頃よりも睡眠時間が減ってしまっているせいだろうか。
俺達は入り口付近の、魔物が洞窟の外に出ないように警備している区域を出て、一気に暗くなった洞窟内を進んでいく。
これから俺は、勇者の武勇伝を見せつけられる事になるんだろうな。
次の更新は、今晩12時近くか、火曜の午後10時を予定しています。(遅れたりしたらすみません)
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