非常勤職員との邂逅
……うわーキレイダナー(棒)
俺の魔法陣に対する第一印象はこれだった。高校からの下校中。暑いなと思いながら坂を立ち漕ぎで上がっていたとき、突如地面から出た眩しい光。俺がこれを魔法陣の一部だと判ったのは、単純に周りよりも高い所にある道路を通っていたからだ。
眼下に広がる特大の魔法陣。あちこちで驚きの声が上がり、同時にあちこちで事故が起こっている。物凄い光量だ。神々しさ云々の前に、車やバイクの運転をしていた人は急に目潰しされた訳でたまったものではない。俺のようにサングラスでも掛けていない限り、運転中のドライバーにとっては致命的だ。
あちこちで上がる悲鳴。すわ世界の終わりかと思ったが、どうやらこの円形の発光体は、この町の半分程度しか覆っていないらしい。
何処かのお国の新型兵器か?とも思ったが、地面から目潰しを食らわせる兵器なんて聞いたことが無かった。
この、あからさまなイレギュラーに対して俺が思ったのは、ただ一つ、「異世界転移でも起こしてくれねえかな」であったが……。
そんな悠長な事を願っていたのが、何処かの神様にでも届いたのか、或いは偶然か。
俺ーー上西幸樹の人生は、その日から大きく変わることとなった。
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真っ白な床、壁、天井。
徐々に強くなる光に写真でも撮ろうかとカバンを漁り始めた瞬間、一気に魔法陣の光が強くなり、周りが真っ白になったと同時に気を失ったようだ。
今は、魔法陣を見ていた時にいた坂とは明らかに別の場所にいた。
「こんにちは」
誰かの声だ。落ち着いた男の声をしている。辺りが明るすぎて目がよく見えない。
「こんにちは、どちら様で?」
俺は尋ねたが、正直正体はどうでも良かった。ある予感があったのだ。
「私は、この世界の創造神…」
そう、この感じはまさしく異世界転移、勇者が神の加護を受けて万難を排しながらなんかよーわからんけど強い敵と戦い、勝利を収めていく。まさしく俺の描いていた異世界転移の始まりの感じにそっくりだ!
「……が管理している天界の東端に位置する世界人工管理局管轄の日本担当室職員、ついでに言うなら非常勤だ」
なんだか長ったらしい上に、俺の気持ちを察したか察せずか、要らない説明まで加えて俺の予想とちょっと違った事を言ってくる非常勤職員。神本人ですらなくお偉いさんでもないのかよ。
取り敢えず、俺は尋ねた。
「えー……はい?どゆこと?……一応、異世界転移って事でいいんですよね?」
大分明るさに目が慣れてきたぞ。真っ白な部屋の中で椅子に座っている30代位の男性、上下白の服を着ている、荘厳な感じの……荘厳……?
彼が着ているのは白衣だった。傍からは医師にしか見えねえ。なんて残念な非常勤職員。
「最近の子は理解が速くて助かるよ。君たちの世界での認識としてはそれが一番近い」
なるほど、色々想像していたのとは違っているが、まあ大筋は異世界転移であってるんだな。
「……但し、君たちの世界で言われる異世界転移とは少し違う」
彼はそう言って説明を始めた。
曰く、
・神直々から選ばれた云々ではなく、単純に抽選で選ばれた
・大人数、田舎とはいえ町半分位の人口を移動させた(つまり勇者一行は物凄い人数になる。選ばれし勇者でもなんでもねえ)
・この場所は転移者に職員から転移先の世界について、説明を設ける為の場所
・通常は1000人一部屋で説明を受けるが、俺が魔法陣の端っこギリギリにいた為、一人だけ移動が遅れた
・所謂「チートな力」を持つことになるが、それは本人の素質によるもので、神が与えたりは一切しない。増幅のみ。
との事。
「なるほど、で、転移の目的は?」
「君のほうがそれは知っているだろう?」
彼は笑いながら言った。
「転移先に指定されている世界では、人間と、魔族的なアレが戦っている。君は現在劣勢な人間側に助力し、守り、世界の安定を保つんだ」
なるほど、大体思っていた通りだ。
「現在の戦況は、具体的にどんな感じ?」
「人間側が1041戦999敗で負け越している」
「糞じゃねえか!!」
おいおいなんじゃそりゃ弱すぎんだろ人間!!
「仕方がないさ、魔族は基礎能力が人間とは段違いに高いから……。負けてるっていうのは、単純に撤退した数って意味。最小限の被害で魔族の侵攻を食い止めてるよ。」
「えぇ…」
どういうことなんだか。
「幾らなんでも人間側が不憫じゃない?だから、全体的に転移先の世界の人間よりも基礎能力が高い世界の人間を助っ人として送ることになって、抽選対象が今回は日本だったって訳。まあ、詳しい魔族との話は転移先で聞いてもらうとして、これを君にあげよう」
「なんすか?」
ニヤニヤ笑いながら、手渡されたのは、角ばった薄いプレート。
「「所謂ステータスプレートだよ(!!)」」
俺は同時に叫んだ。
「…………皆それ見ると興奮するんだよね。なんでかな、皆、自分の能力を絶対的な指標で可視化してくれるツールをそんなに求める。別に中身が変わる訳じゃあないのに……」
俺は、半ば話を聞き流しながらステータスプレートと言われて渡された薄っぺらい板を観察する。ステータスプレートにはうっすらと文字が刻まれていた。
RANK
LEVEL
VOCATION
ABILITY
SKILL
PERK
HP
MP
VIT
STR
MAT
DEF
DEX
AGI
俺はあまりゲームはやらないほうだが、物凄くゲーム風のステータス表示な気がする。意外と細分化されてるんだな。上3つ…VOCATIONは天職か?はOK。下8つは言わずもがな。真ん中3つは?
非常勤職員さんが教えてくれた。
3つに分けられている特殊能力。アビリティは常時発生するプラス効果。あんまり実感は湧きにくいし、打開力のある派手なものも皆無だが、一応パッシブスキルのしょぼいもの(?)。
スキルはスキル。派手なのもあるとの事。
そして、ぴ、ぴーく……?
「パークだよ」
パークは、アビリティの上位互換。曰く『奇跡の再現』だそうだ。
誰しも経験したことのある『奇跡』を、神の力によって『アビリティ』に似た形式にし、自由に発動できるようにしたものが『パーク』との事。
「アビリティと同じようなものだけど、効果は段違いで、スキル以上の性能を持つものもある。おまけに、素質があれば実際に奇跡を起こさなくとも、習得出来る事がある。代わりに、アビリティとは別枠の能力になるし、一度に4つしか同時使用は出来ない」
「そのパークの切り替えはどうすれば?」
「町の教会に行くといい。遠い昔に私達管理局が設置したモニュメントがあるから、それを操作して変更する」
うーん、このステータスプレートは本当に能力を可視化するだけで、管理したりは出来ないらしい。
よくよく見ると、確かに名前欄とか無いしな……個人の区別はつかないのか?
「これで説明は終わりだよ。ステータスプレートは右下の小さな魔法陣に自分の指を乗せれば登録出来るから。準備が出来次第後ろにある魔法陣に乗ってね。転移作業を再開するから」
なーるほど、うんうん右下か。
薄っすらと見える魔法陣らしきものの上に手を置くと、急にチクッとした針に刺されたような感触があった。
魔法陣を見ると、俺の血液が広がっていっている。
「全自動かい」
魔法陣だけでなく、ステータスプレート全体に、赤黒く変色しながら広がる血液。こんなに出血したっけ……。
「魔法陣に乗ってー」
急かす非常勤職員サンの声を聞き、魔法陣の上に乗る。
「それじゃあ、くれぐれも忘れないように。君の目的は、人間と魔族が暮らす世界に安定をもたらす事。つまりバランサーだよ?」
「分かってますとも」
徐々に光を増していく魔法陣。その中で、俺は自分のステータスプレートに釘付けだった。
「君の異世界での第二の人生が、幸せなものである事を祈っているよ」
再び、視界が真っ白になった。