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チートループ  作者: 佐藤五三郎
第一章
8/9

因縁の二人(八)

「言っただろう。私は椅子と合体してしまったと」


「ありえないだろ! なんでそうなったんだよ!?」


 要一郎が諭すように言う。祥吾は祖父の言葉を信じたくなかった。


「それをさっきから話し合っていたのではないのかね?」


「同一犯なのか!? 二人羽織させるのと、椅子に変えるのじゃ、話が違うぞ!?」


「ふむ……たしかに気絶した人間を着替えさせることは誰にでもできる。しかし、人間の体を生きたまま椅子に変えることが誰にできようか」


 祥吾が漠然とイメージしていた変態の犯人が本来の意味で変態する。祥吾の頭の中の犯人はもはや人間ではなくなっていた。


「体はまだしも心を椅子と融合させるなど人の業ではない。私はこれを為した存在のことを考えると、四本の足が震えてくるのを抑えられないのだよ」


「足四本あるのが普通みたいに言うなよ!」


 要一郎の自己認識が椅子側に寄りつつあることに祥吾は恐怖する。


「そうか……。もしかすると、私は神を見たのかもしれないな」


「じ、じいちゃん? 大丈夫か?」


 要一郎はとうとうおかしなこと言い出した。祥吾はますます不安になる。


「こうなる前に、私は人形を持った女を見たのだよ」


「人形を持った女?」


「私は橋の南の交差点の南西側の歩道で信号が変わるのを待っていた。その女はちょうど私の対角、北東側の歩道に人形を持って立っていたのだ」


 それが神なのか? 今のところ、普通の人間としか思えない。


「女は私を指さした。その瞬間に私は意識を失い、気がつくと、この椅子と合体した姿になっていたわけだ」


「その人形を持った女が、じいちゃんを椅子にしたっていうのか?」


「たまたま彼女がこちらを指さした瞬間に、私が意識を失っただけで、実は何も関係ないのかもしれない。だが、私の心当たりはそれぐらいだ。君たちは気を失う前に何か見ていないのかね?」


「俺は人形を持った女なんか見てないぞ。バス停にうちの高校の女子はいたけど、鞄しか持ってなかったし、たしかバス停の方を見てたし……」


 祥吾は目で緋沙子にも意見を求めた。


「私が見てたのはコンビニの商品だけだ。人形を持った女なんか知らん」


「そうか。では、やはり君たちに二人羽織をさせた犯人と、私を椅子に変えた犯人は別なのかもしれないね」


「じいちゃん。それ……本当に中身からっぽの椅子の中に入ってるわけじゃねえのか?」


 もう一度、確かめずにはいられなかった。


「ああ、これは仮装ではない。私は椅子と合体してしまったのだ」


「何だよ……合体って? 人が椅子と合体するわけねえだろ……」


 祥吾は疲弊していた。

 二人羽織。鉄仮面の子供。ソウジの信号。ちん子。椅子になった祖父。

 目と耳から異常な情報を取り込みすぎて、キャパシティーはもう限界に近かった。


「しかし、現に合体しているのだ。受け入れるしかあるまい」


「人形を持った女? 指さすだけで人間と椅子を合体させる? そんな神みたいな力を持った女がいるわけないだろ! いったい何が起きてるんだよ!?」


 湧き起こる疑問を吐き出す。だが応答はどこからも返ってこない。

 祥吾の問いに答えられる者は病院にいなかった。




  ☆  ☆  ☆




 与飯市を中心に活動するカルト教団の錬世会。その教団本部の前を通る普段はそれほど人通りの多くない道路を、神みたいな力を持った女が歩いていた。


「ねえ、ホムンクルス」


 女は傍らにいる人間そっくりだが人形ほどの背丈しかない人工生命体に声をかけた。


「どうしたの? パラケルスス」


 ホムンクルスは作り主を見上げた。この人形のような生き物を錬金術で生み出したのは、他ならぬパラケルススなのである。


「あの騒ぎは何かしら?」


 パラケルススは前方の人だかりを指さした。


「なんかいろいろ作っては、街中に放置してたじゃん。そのせいでまた騒ぎになってるんじゃないの?」


 ホムンクルスが答える。一瞬、指さされた人だかりが消されるんじゃないかと思ったが、さすがにそれは杞憂だったようだ。


「それは考慮してなかったわ」


「考慮しようよ!」


「私としては余計なものをいつまでも持っときたくなかっただけなんだけど」


「そもそも余計なものを作らなければいいんだよ?」


 もう何度、同じことを言ったかわからないが、ホムンクルスはそれでも主を諌める。


「それは無理よ。私は錬金術師なんだから」


 そう、パラケルススは伝説の錬金術師である。数百年に及ぶ研鑽の果てに神のごとき力を身につけた彼女にとって、錬金術を濫用することはもはや食事や睡眠に等しい。

 パラケルススはふたたび人だかりを指さした。


「人間を取得」


 言い終えるのと同時に、人ごみの中から一人の人間が消失した。

 いや、厳密には消えたのではない。パラケルススが〈概念界〉と呼んでいる異次元の収納スペース、ゲームでいうアイテムインベントリのような場所に、指さされた人間は瞬間移動したのである。


「あー……結局、消しちゃった……」


 ホムンクルスが嘆息した。


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