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チートループ  作者: 佐藤五三郎
第一章
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因縁の二人(七)

「ふむ……我々の体験が本当に起きたことなら、無差別に通行人を気絶させて、いたずらしている犯人がいることになるね」


「じいちゃんのは、いたずらってレベルを超えてると思うけどな……」


 要一郎がいまだに椅子の中にいるのは、人の手を借りなければ出られないようになっているからだろう。ただ、一つの羽織を着せられた祥吾たちとは手の込みようが違う。


「意識を失ったのが何時頃かわかるかね?」


「二時三十五分頃だと思う。意識がなかったのは二十分ぐらいだ」


「私も同じようなものだ」


 どうもいいかげんに聞こえる緋沙子の答えに祥吾は疑問を挟んだ。


「いや、同じじゃねえだろ。何分か違うんじゃねえのか?」


 犯人がグループで各自、別行動を取っていたのでもなければ、バス停の近くにいた祥吾と、コンビニにいた緋沙子を、同時刻に気絶させることは不可能なはずである。


「二時半も三十五分も似たようなものだろう。気を失ってた時間も同じだ」


「情報出し合ってんだから正確に言えよ!」


「意識を失った場所はどこだね?」


 要一郎はなにごともなかったように質問を重ねていく。


「鯨手町のバス停の近くだよ。意識が戻ったとき、俺らがいたのは、自然公園の近くだけどな」


「私もそんなところだ」


 またしても緋沙子がいいかげんに答える。


「コンビニにいたんじゃねえのか?」


「バス停と位置は大して変わらないだろう」


「大雑把過ぎるだろ……」


 緋沙子の適当さに祥吾は呆れた。地図で見れば近いかもしれないが、それでもバス停とコンビニは二百メートルぐらい離れている。


「ふむ……私が意識を失ったときにいた場所は橋の南の交差点だった。時刻は二時五十分頃だったと思う。だが、意識を取り戻したときには橋の真ん中にいた。そこで自分がこの椅子の姿になっていることに気がついたのだよ」


「じいちゃんもちょっと移動してるのかよ」


 自分たちはまだ運がよかったのかもしれない。橋の上で気がついたら椅子になっていた祖父と比べれば。


「我々を気絶させた存在自体が常に移動しているのかもしれないね」


 要一郎の推理を聞きながら、祥吾は思い浮かべた。走る車から獲物を物色する犯人の姿を。


「じゃあ、偶然なのか? 俺とじいちゃんが犯人に目をつけられたのは……」


「当たり前だろう。わざわざ事前に選んだ人間にすることか?」


 緋沙子が鼻で笑う。だが祥吾は腑に落ちなかった。


「いや、そうだけど……三人中二人は上杉家の人間だぞ?」


「被害者が三人とは限るまい。この病院でも医者がいなくなっているようだが、彼らも何者かによって移動させられたとは考えられないかね?」


 恐ろしいことを言い出す要一郎。緋沙子が真顔でつぶやいた。


「無差別移動させ魔か」


「無差別移動させ魔って何だよ……」


 緋沙子の謎ネーミングに祥吾がつっこんでいると、診察室の方から看護師が歩いてきた。祥吾たちを興味深げに眺めつつも横を通り過ぎようとした彼女に要一郎が声をかける。


「看護師さん、私に座らないかね?」


「いきなり何言い出してんだよ!?」


 祖父らしからぬ不埒な提案に祥吾は驚愕した。


「いいんですか? じゃあ、お言葉に甘えて」


「座るのかよ!?」


 いそいそと祖父に腰掛ける看護師に祥吾は思わず全力でつっこんだ。


「座り心地はどうかね?」


「あまりよくないですね」


「そうか。私が年寄りだからだろうか。もっと柔らかい素材でできていればよかったのだが」


 祖父は残念そうである。看護師は腰を上げながら要一郎に助言した。


「クッションを敷いておけば、座る人のお尻が痛くならないと思いますよ」


「なるほど。ありがとう。検討してみるよ」


「何なんだよ、あの人は……?」


 祥吾は楽しげに去っていく看護師を呆然と見送った。


「これが座ってもらうということか」


「ばあちゃんに言いつけるぞ」


 祥吾は心なしか満足したようにつぶやく要一郎に白い目を向けた。


「私は何も不純な気持ちで、彼女に座ることを勧めたわけではないのだよ」


「説得力ねえよ!」


「今の私は人間であり、椅子でもあるのだ。この姿になったときから、私は誰かに座ってもらいたいと思っていたのだよ。一方で私の中の人間の心がそれに抵抗を感じてもいたがね」


「椅子でもあるって……それ、自力じゃどうしても出られないのか?」


「出る? 私は何かに入っているのかね?」


「いや、入ってるだろ。その椅子の中に……」


「ここに人が入れる椅子などないよ。おまえが椅子だと思っているのは正真正銘の私の体だ」


「はあ?」


 祥吾が要一郎の言葉をすぐに受け止められなかったのは家族だからかもしれない。

 だが祥吾の隣には要一郎のことなど何とも思っていない女がいた。緋沙子はだしぬけに要一郎に歩み寄ると、背もたれの上に指を置いた。その指を要一郎の首の方にすうっと移動させていく。


「お、おい……」


 見た目だけはいい女子高生が自分の祖父の首筋を指でなぞる異常な光景を目の当たりにして、祥吾は困惑のうめきをもらす。

 当の緋沙子もさすがに顔色が悪い。緋沙子は要一郎の耳の下から椅子の背もたれに続く坂を三度往復すると、うっかり虫にでも触れてしまったように、首から指を離した。


「うわ……気持ち悪いな。本当に首と椅子の境目がないぞ」


「それ、椅子の中に体押し込まれて、頭だけ出してるんじゃねえのかよ!?」


 祥吾はようやく祖父が祖父でなくなってしまったことを思い知った。


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