因縁の二人(五)
「なんで神社なんかに寄るんだよ」
緋沙子は祥吾の問いかけを無視して神社の鳥居をくぐった。
狭い境内を緋沙子はまっすぐ突き進む。拝殿の階段に誰かが腰掛けていた。
見慣れた制服。またしても祥吾と同じ高校の女子生徒である。緋沙子は彼女のところに向かっているらしい。
その女子は手に何かを持っていた。手と同じような色をした物体。まるでもう一つの手のような――だが、手とは少しかたちが違う。
少女は足音が聞こえたのか、ようやく緋沙子の接近に気づくと、あわててそれを隠そうとした。
「ん……?」
その物体のかたちに見覚えがあるような気がした。だが少女が光の速さで物体を紙袋にしまったため、結局それが何だったのか祥吾には見破れなかった。
「物蔭」
緋沙子は紙袋を大事そうに抱える女子に声をかけた。物蔭と呼ばれた少女が怯えたように緋沙子を見上げる。
「武田さん……」
「おまえ、変なものを持ってなかったか?」
それを見たくて、車を降りたのだろうか。別につきあうのはいいが、少しは行動の理由を説明してほしい。
「なっ、なんでもないよ! 大したものじゃないから!」
「いいから見せろ」
「あっ、ちょっ、だめぇ!」
緋沙子は嫌がる物蔭を抑え込んで、紙袋からそれを取り出した。
「なんだ、これは?」
緋沙子が手にしているのは人間の体の一部だった。どうりで見覚えがあるわけだ。
だが、それが体から切り離されて単独で存在している光景はあまりにも非現実的で、祥吾はそれが何なのか理解するのに数秒の時間を要した。
「は? ……えっ? はあ!?」
それはどう見ても、ちんこだった。
ちんこは普通、男の体にくっついているものである。ちんこがあれば、当然、そのオーナーもいるはずだ。
では、なぜここにちんこ単品だけがあるのか。まさか虫も殺さないような物蔭が、どこかの哀れな男からちんこを強奪したとでもいうのか。
祥吾は物蔭を見た。物蔭は今になって祥吾の存在に気づいたのか、顔を真っ赤にしている。
「誰かの股間から切り落としたのか?」
緋沙子も同じ想像に辿り着いたらしい。物蔭はあわてて否定した。
「私は切ってないよ! それは……駅前に昨日までは影も形もなかった建物があって……看板に、その……ち、ちんちん屋さんって書いてあって……」
「ちんちん屋さん?」
物蔭の口から顔に似合わぬ珍妙ワードが出てきて、祥吾と緋沙子は思わず同時に訊き返した。
「私、これはきっと夢なんだと思って……お店の中に入って……思わず一つ買っちゃったの。だから、それは私が切り落としたわけじゃ……」
支離滅裂である。これで言い訳のつもりなのか。
だが、たしかに緋沙子の手の中にあるちんこは切り落としたものには見えなかった。血も断面も見当たらないし、それでいて瑞々しい状態を保っている。
それはまさに単独で厳存するちんこで、ちんちん屋で売るのにこれほどふさわしい商品はないように思える。では、ちんちん屋も実在するというのか。
緋沙子の声が祥吾の馬鹿げた物思いを破った。
「おまえ、名前はりんこだったよな?」
「りんこじゃなくて、ともこだけど……」
倫子と書くのだろう。緋沙子は物蔭倫子に申し渡した。
「今日からおまえのことはちん子と呼ぶ」
「やめてよ!」
「返してやる。大切にしろよ」
緋沙子はちんこをちん子に返した。珍しく優しげに微笑んで。緋沙子を知っている人間には悪魔の笑顔としか思えない。
「これは……違うの……。これは夢で……夢じゃないの……?」
二人は呆然とつぶやくちん子を置き去りにして神社の参道を引き返した。
鳥居の手前で祥吾は緋沙子に話しかけた。
「どうなってんだよ? なんか変なことが起きすぎじゃねえか?」
「私の兄にそっくりな信号機もあるらしいぞ」
「はあ……?」
すぐには言葉の意味がわからなかったが、鳥居をくぐる瞬間、キャサリンと緋沙子の会話を思い出した。
「あっ! 車の中で話してたの、そういうことかよ!?」
ソウジの信号。信号を見たところで兄の顔など覚えていない。
おそらく彼女たちは緋沙子の兄であるソウジの顔にそっくりな信号について話していたのだ。
いや、本当にそういう話だったのか? 緋沙子の兄に顔がそっくりな信号って何だ?
「柱の上に青と黄色と赤に光る兄の首が三つ並んでいたとかいう話だ」
緋沙子はひとごとのように淡々と説明した。
「三人、兄がいて、全員さらし首になってたのか!?」
「はあ? 何を言ってるんだ? 私に兄は一人しかいないぞ」
緋沙子が馬鹿にしたように言う。
「じゃあ、なんで首が三つあるんだよ?」
「知るか。キャサリンの見まちがいだろう」
「普通の信号とそんなもの見まちがうか!? それ、本当に見まちがいなのか!?」
鉄仮面をつけた子供、ちんちん屋、そこで売られているちんちんが存在する今のこの町なら、緋沙子の兄の顔にそっくりな信号機があっても別におかしくはない。
だが当の緋沙子はそんなものには興味がないらしい。緋沙子は神社の石段を降りると、すぐ隣にある病院の方に足を向けた。
祥吾はとんでもないことが起きつつあるという予感に落ち着きを失いながらも、緋沙子についていった。