因縁の二人(四)
悠季と別れた祥吾と緋沙子が国道を歩いていると、一台の車が歩道に寄ってきて、二人のすぐ横に停車した。
車から降りてきたのは眼鏡をかけた真剣な顔つきのブロンド美人である。
「キャサリンか」
緋沙子が小さくつぶやく。
キャサリンはボンネット越しに緋沙子に警告した。
「緋沙子ちゃん、その人は誰? 知らない人なら、今すぐ離れて」
「こいつは上杉だ。同じ高校の」
知らない人間扱いはやめてくれたようである。
だが去年、同じクラスだったことをやっと思い出したのか、単に悠季がそう呼んでいたからこいつは上杉だと認識したのか、どちらかはわからない。
キャサリンは安堵したのか、緊張を解いて言った。
「そう、ならいいの。通り魔じゃなくてよかったわ」
「通り魔?」
「知らないの? 教団本部の近くで通り魔が通行人を襲う事件が起きたのよ」
「うちの信者が襲われたのか?」
緋沙子はかぶせるように訊いた。さすがに心配らしい。
「襲われたのは教団関係者じゃないわ。みんなは無事よ」
「なんだ、つまらん」
緋沙子は興味をなくしたように言った。
「いいことだろ!? いや、誰かが襲われたのはよくねえけど……」
「守り神気どりの祖父の面子がつぶれるところが見たかったのだがな」
そんなことのために信者の死を期待していたのか。祥吾は二の句が継げなかった。
「それで通り魔はどうした?」
緋沙子がキャサリンに訊く。
「教団の近くの民家の庭に入っていったんだけど、そこで消えちゃったらしいのよ」
「消えた?」
「ええ、家の人が庭にいたんだけど、誰も来なかったって言ってるの」
「忍者みたいな犯人だな」
「そういうわけで、市内のどこに通り魔が隠れているかわからないから、教団に帰りましょう。車に乗ってちょうだい」
「私は教団には戻らん。病院に行ってくれ」
「病院? どこか怪我したの?」
「どうも変質者に気絶させられたらしい」
緋沙子が横目で祥吾を見る。
「俺、見て言うなよ!」
「あなたが緋沙子ちゃんを気絶させたの?」
キャサリンが青い目をすうっと細める。祥吾はたじたじとなった。
「いやっ、ちがっ、誰かに気絶させられたのは俺も同じで……あ、できれば、俺も病院まで乗せてってほしいんですけど……」
「まあ、同じ学校で緋沙子ちゃんを知ってるなら、襲おうなんて考えもしないわよね。いいわよ。あなたも車に乗りなさい」
「あ、はい。ありがとうございます」
身内にすら、まともな人間なら避けて通る地雷だと思われてるのか、と祥吾は内心呆れつつも車に乗り込んだ。
キャサリンは再び車を走らせると、緋沙子に訊いた。
「緋沙子ちゃん、甲斐さんはどうしたの?」
高一のとき、甲斐という女子がよくクラスに来て、緋沙子と話していた覚えがある。たしか下の名前はヒナだった。
「あいつは信号を見に行った」
「緋沙子ちゃんは……蒼司くんの信号を見たの?」
ソウジの信号とは何だろう。
「私は見てない。見たところで、兄の顔など覚えてないしな」
「そう……。その方がいいのかもしれないわね」
短いやりとりを聞いただけで、いくつもの疑問が生まれたが、家庭の事情に口を挟むのは気が引けて、祥吾は何も言えなかった。
車は国道から病院のある横道に入った。
神社の鳥居の前を通り過ぎたところで、窓の外を眺めていた緋沙子が唐突に言った。
「キャサリン、ここで降ろせ」
「どうしたの?」
キャサリンが車を路肩に寄せる。緋沙子はもうドアを開けていた。
「病院に行く前に神社に寄る」
「境内に通り魔が隠れてるかもしれないわよ?」
「私は大丈夫だ。いざとなったら、こいつを囮にして逃げる」
緋沙子は盾代わりとでもいうように祥吾の襟を引っ張った。
「俺が大丈夫じゃねえだろ!」
「まあ、警察が捜索済みでしょうし、ここにはいないと思うけど……気をつけてね」
キャサリンは少し心配そうだったが、教祖の孫娘の気ままな行動を制するつもりはないらしい。車の中から緋沙子と祥吾が神社に向かうのを黙って見送っていた。