因縁の二人(三)
二人が国道に出ると、信号待ちをしていた同じ高校の女子生徒が祥吾に手を振ってきた。
「上杉せんぱーい」
「おう、前田か」
ぱたぱたと近づいてきたのは祥吾の後輩で一年生の前田悠季だった。
悠季は祥吾と緋沙子の顔を見比べた。良くも悪くも学内の有名人である緋沙子の顔は、悠季も当然のように知っている。
「あれ? 珍しい組み合わせですね。入信しちゃったんですか?」
「人聞きの悪いこと言うなよ! あんな宗教、入るわけねえだろ!」
「ちょっといいか?」
緋沙子が悠季に声をかける。祥吾の言い草を別段、気にしている様子はない。
「あ、はい。宗教の勧誘じゃなければ」
緋沙子は祥吾を指さした。
「この男に気絶させられて、いたずらされた可能性があるのだが、こいつにそういう前科はあるか?」
「ねえよ! 気絶させられて、いたずらされたのは、俺も同じだって言ってるだろ!」
あわてて否定する祥吾。悠季がドン引きしながら言った。
「上杉先輩……本当に何かしたなら自首した方が……」
「こいつの言うこと信じるのかよ!? 武田だぞ!?」
「あー……たしかに鵜呑みにはできないですね」
悠季はあっさり祥吾の言い分を認めた。武田だからという理由だけで主張を疑われた緋沙子が不平を言う。
「私の祖父が怪しい宗教の教祖だから、私の訴えは妄言だと言うのか? それは偏見だぞ?」
「えーと、武田先輩の場合はおじいさんのことより、先輩自身のエキセントリックな言動でいまいち信用できないんですけど……」
「エキセントリックか。言われて悪い気はしないな」
「遠まわしにヤバい奴だって言われてるだけだぞ!?」
なぜか満更でもなさそうな緋沙子が、祥吾には不可解だった
「頭を見てくれないか? 自分じゃわからないが、こいつに殴られた傷があるかもしれない」
「いいですよー」
緋沙子の頼みを悠季は快諾した。ちょうどいいと思って、祥吾も便乗する。
「あ、俺もいいか? 俺も誰かに殴られて気絶した可能性あるからな」
「二人で殴り合って両方、気絶したんですか?」
交差するパンチがお互いの顔にクリーンヒットする場面を祥吾は想像する。
そんな面白いできごとがあったなら、いくらなんでも記憶に残っているだろう。というか、どんな理由があったとしても、そんな展開にはなりそうもない。
「さすがにそれはねえよ。覚えてねえけど……」
「はーい。二人とも、うしろ向いて、しゃがんでください」
祥吾と緋沙子は後輩に後頭部を託した。
悠季の小さな指が髪を掻き分け、頭皮に触れる。
「私も今日、何してたんだっけ? ってなること、よくありますよ」
「それは一日中、ぼーっとしてただけじゃねえのか……?」
悠季の生活が他人事ながら心配になる。
「かゆいところはありませんかー?」
「ねえよ」
美容院かよ、と心の中でつっこみながら、祥吾は答えた。
「おまえが今さわってるところが少しかゆい」
緋沙子に遠慮の二文字はない。
「どうですかー?」
「ああ、それぐらいの掻き方でいい」
本当に掻いてる。
「目的、変わってねえか!?」
「こっち向いてくださーい」
祥吾と緋沙子は中腰のまま振り返った。
目の前に悠季の胸が迫ってきて、祥吾はあわてて目をつぶる。
悠季の指が祥吾の髪の生え際を探っていく。触られている感じがしなくなったので、祥吾が目を開けると、悠季はチェックをほぼ終えたのか、緋沙子の髪を直していた。
「二人とも、なんともないですよ」
「まあ、そうだよな。痛み、まったくねえし……。ありがとな」
祥吾は髪をいじりながら膝を伸ばした。
「いたずらって、何されたんですか?」
悠季がどちらともなく訊いてくる。
祥吾は何となく即答できずに緋沙子を見た。
緋沙子に答えるつもりはなさそうである。言いたくないのか、自分が訊かれたとは思ってないのか、もう悠季のことなど興味がないのか、どれなのかはよくわからない。
祥吾は仕方なく説明した。
「気がついたら、こいつと二人羽織させられてたんだよ。そこに鉄仮面をつけた子供が自転車で通りかかって……」
「病院、行った方がいいんじゃないですか?」
「いや、行くけど……変な意味じゃないよな!?」
別の意味で頭は大丈夫かと言われているのではないかという僻みっぽい疑いに囚われて、祥吾は思わず確認した。