因縁の二人(二)
自転車は蛇行していた。
まっすぐ進めていないのは、鉄仮面のせいで視界が悪いのかもしれない。
緋沙子が車道の真ん中に、祥吾が歩道側に寄ると、鉄仮面の子供は二人の間を通過して、ふらふらと自転車で土手の方に走り去っていった。
祥吾は唖然としていた。
なんだ……あれは?
幻覚か?
だが見直しても、遠ざかる子供はやはり鉄化面をかぶっているように思える。
祥吾ははっとして言った。
「今の、見たろ!? やっぱり人におかしな格好させてる変質者がいるんじゃねえのか!?」
「無理矢理つけられたなら、犯人がいなくなれば、すぐに取り外してるだろう。今のガキは好きで鉄仮面をつけてるだけじゃないのか?」
「好きで鉄仮面つけてる子供なんているかよ!」
我ながら異常なことを言っているなと思って、祥吾は頭がくらくらした。
「つーか、何だよ? 鉄仮面をつけた子供って……。これ、現実なのか? 頭は……打ってねえし……」
頭を撫で回したが、負傷した形跡はない。緋沙子も同じことをやっている。
「私も頭は無傷だ。おまえ、私に一服盛ったのか?」
「何か変なもの飲んだ記憶あるのか?」
もう面倒くさくて、すぐには犯行を否定する気が起きなかった。
「コンビニにいたが、何も飲んでないな」
「じゃあ、薬じゃねえだろ! つーか、俺は外、歩いてたんだぞ!? おまえに一服盛るチャンスなんてねえよ!」
「だったら、私はなんで気絶したんだ?」
「それはこっちが聞きてえよ。俺たち、大丈夫なのか?」
祥吾は不安になって、ふたたび頭の外傷を探した。
緋沙子がポケットから取り出したスマホの画面を見て言った。
「気絶していたのは二十分程度か。大した時間じゃないな」
「何も盗まれてねえよな……」
自分のスマホはあるのだろうかと不安になる。祥吾は所持品を検めた。
あった。ついでにスマホで時間を確認する。
二時五十七分。
「まだ三時前かよ……」
前に時計を見たときは、たしか二時三十分だった。その直後に気絶したわけではなかったと思うし、気がついてからすでに何分か経っているので、祥吾が意識を失っていたのは、おそらく二時三十五分から五十三分の間。
長くても十八分ぐらいだろうか。
「俺が気絶してたのもそれぐらいだな。つーか、俺、国道沿いのバス停の近くにいたんだけど、なんでこんなところにいるんだ? 国道は一本向こうだよな?」
山沿いのこの道には車がぜんぜん来ないが、西からは車がどんどん行き交っている音が聞こえる。
家が邪魔で見えないが、位置的にはそこに祥吾が歩いていた国道があるはずだった。
「私がいたのも国道沿いのコンビニだ。気絶させて車でどこかに連れて行こうとしたが、目を覚ましかけたので、あわてて降ろして二人羽織させたといったところか?」
「最後だけおかしいだろ!」
「だが、現時点でたしかにやられたとわかってるのは二人羽織だけだぞ?」
ろくでもないことばかり言う緋沙子だが、これは正しい指摘だった。
「何なんだよ、犯人の目的は!?」
「面倒だが、病院にでも行くか」
またしても、まともなことを言い出した。
「やっぱ……行った方がいいと思うか?」
「そこでおまえが私に何をしたのか明らかにしてやる」
「まだ疑うのかよ!? つーか、ポケットからなんか溢れてるぞ?」
スマホを取り出した拍子にポケットの中に入っていたものが出てきたらしい。
「ああ、これはコンビニで盗んだお菓子だ」
緋沙子が事もなげに言うので、祥吾はため息が出た。緋沙子が自分のことをしつこく変質者扱いするわけがわかったような気がした。
「おまえの倫理観を基準にしてるから、誰でも犯罪者に見えるんじゃないのか?」
「それとこれとは関係ない。状況的にいちばん怪しいのはおまえだ」
「いや、怪しさなら、そっちの方が上だろ。俺を気絶させて、教団に連れ込んで、洗脳しようとしたんじゃねえだろうな?」
緋沙子の祖父が教祖をやっている新興宗教――錬世会の悪い噂は祥吾もいろいろ聞いている。本当の話なのかどうかは知らないが。
「金を持ってなさそうな奴にそんなことしても意味ないだろう」
「持ってそうなら、するのかよ!?」
他ならぬ教祖の孫娘が悪い噂を認めてしまった。彼女なりの冗談なのかもしれないが……。
「病院に行くぞ。逃げるなよ、変質者」
「いや、俺も意識を失った理由は知りたいから、行くけどよ……」
緋沙子はうどんの入っていた器を道路脇に蹴転がすと、自分もそっちに歩いていった。
祥吾は脱いだ後、右手に抱えていた羽織を見た。
捨てるか?
いや、犯罪の証拠なら捨てない方がいいのかもしれない。通行人を気絶させて二人羽織させる犯罪って何だ?
こんなことをする人間の思考なんてわかる気がしない。とにかく今は病院で気絶した理由だけでも教えてもらおう。
祥吾は緋沙子の後を追った。