因縁の二人(一)
「おい、変質者。起きろ」
「ん……」
失礼な呼びかけで、上杉祥吾は意識を取り戻した。
まず目に飛び込んできたのは、自分の体を包み込んでいる着たおぼえのないぶかぶかの羽織だった。
「は……?」
祥吾の両腕は羽織の中にある。お祈りでもするように胸の前で手を重ねているのだ。
だが羽織の袖からは二本の細腕が飛び出していた。しかもその左手はうどんの入った器を、右手はわりばしを持っている。
もちろん握っているのは祥吾じゃない。では、これは誰の手だ?
祥吾のぴったりうしろ、同じ羽織の中に何者かが……いた。
背中にあたる感触、直前に聞こえた声、肘から前の部分だけが見える制服の色から、その人物が同じ高校の女子であることがわかった。
祥吾はなぜか女子と宴会芸をしているらしい。それも山沿いの人気のない道路の上で。
「なっ……なんで俺、二人羽織してるんだよ!?」
「おまえがやったんじゃないのか?」
こもった非難がましい声が祥吾の耳に刺さる。
「やるわけねえだろ! おまえが気を失ってる俺に羽織着せて後ろに潜り込んだんじゃねえのか!?」
「はあ? 私が見知らぬ男にそんなことするわけないだろう。蹴り殺すぞ」
聞き覚えのある声より、言葉の不躾さで、うしろにいる女子の正体がわかった。
武田緋沙子。通称、緋沙子さま。
この与飯市に本拠を構えるカルト教団の教祖の孫娘で、祥吾とは去年、同じクラスだった。
「見知らぬって……」
知らない人間扱いされて、祥吾はちょっとショックだったが、よくよく考えれば、話した回数は多くないし――緋沙子を敬遠する人間は少なくない――二人羽織した状態では顔が見えないので、祥吾を覚えていたとしても、前にいるのが誰かわからないのかもしれない。
「動くな、変質者」
「は?」
イラッとする言動に、相手が緋沙子である確信を深める。
「ここから出る。じっとしてろ」
「お、おう」
緋沙子はうどんとわりばしを前方に放り投げた。器がタイヤのように転がり、アスファルトに手付かずのうどんがこぼれる。
緋沙子は両手を羽織の中に引っ込め、裾を持ち上げた。もぞもぞと頭を下げて、羽織の中から脱出する。
生温い他人のぬくもりが消える。祥吾も急いで羽織を脱ぐと、髪を振る無駄に外見のいい大人びた少女の姿が目に入った。
緋沙子は息苦しかったのか、心地よさそうに空気を吸い込んでいたが、祥吾の視線に気づくと、眉を顰めて言った。
「ふぅ……くさかった」
「俺、そんな臭うか!?」
あわてて鼻を首元に近づける。
「ナフタリンの臭いがきつかったぞ」
「それは羽織の臭いだろ!」
人間が汚れても普通、ナフタリンの臭いはしない。
「別におまえがくさいとは言ってないだろう。自意識過剰な奴だ」
「じゃあ、俺の方、見て言うなよ!」
さっきのは明らかに臭いのはおまえだと思わせるための素振りだった。
「いや、普通、見ないか? 人にむりやり二人羽織させる変質者が目の前にいたら」
「だから、俺はそんなことやってないって言ってるだろうが!」
「じゃあ、誰がやったと言うんだ? 第二の変質者か?」
「そいつが第一の変質者だよ!」
「いもしない犯人に罪をなすりつける気か? 最低だな」
「おまえも俺に罪なすりつけてるだろ!」
そのとき、チリンとベルが鳴って、祥吾と緋沙子は言い合いを中断した。
音のした方を見ると、自転車がこっちに向かってくるところだった。乗っているのは体格的に子供らしい。
子供の頭部は鉄仮面ですっぽり覆われていた。
動画「チートループ」(http://www.nicovideo.jp/mylist/65413437)と連動したお話です。動画では省略したパラケルススの行動と、その影響をもろに受ける一般人のドタバタを描きます。
※ 小説単体でもお楽しみいただけます。