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序文
量子力学という学問領域は一見神秘的で幻想的な趣があるものだから、その発想は何か神がかり的な天啓の産物、あるいは人並み外れた天才の所業として語られるきらいがあるのだけれども、それは正確な理解ではないと私は思う。無論、黎明期の量子論に携わってきた学者たちの天才性に関しては疑いの余地はないけれども、その発想は非常に素朴な思想の積み重ねに由来することはあえて強調しておきたい。すなわち、量子という概念の導入はNewton力学とMaxwell電磁気学の破綻に対するアンサーだったのであって、全くの無から来訪したものではないということだ。必要は発明の母という言葉は、量子力学のような浮世離れした領域においても通用する優れた教訓なのである。
(白井 華/『近代物理への誘い ~熱力学から素粒子まで~』)