1-7 自己紹介
「さて、皆さん。よくお集まりくださいました。
今回の、これが未曾有の事件と言いますか、今までもこういう事件はあったのです。
しかし、水面下で抑えてこれたというか、強引に押し込んで秘匿してきたというか。
そのあたりの事情を既に知っておいでの方もいれば、今回初めてこのような騒動を耳にして動揺されている方とかもおられるかと思います」
警視総監自らの挨拶で会議は始まった。
いくら警視庁の建物でやられている会議とはいえ、このような警視庁トップの挨拶で始まる一犯罪の対策会議など前代未聞の出来事なのだろうと、わざわざ聞かなくてもこの場の雰囲気から麗鹿も察することができた。
永く生きていればこんなものだし、そうでない者にでも可能であったろう。
それほどの緊張感を持って行なわれていた会議であった。
メンバーも、内閣や総務省に防衛省などからも集まり、国家危機対応レベルだ。
首相官邸に対策本部を立ててもいいくらいの事態なのだ。
まだ犠牲者が少ないため、これくらいで済んでいる。
外国人がいるのは、米国大使館か米軍関係者であろうか。
アメリカでも、この手の事件は引きも切らず、大統領にとっても頭の痛い問題なのだから。
「この種の事件も、もはや抑えきれないほどになってきましたが、公表したとしても益が無いばかりか、国民の間に無用な不安を煽るばかりになるでしょう。
これは、とにかく早急な解決が望まれています。
そこでご紹介申し上げます。
警視庁に創設され、今までもこのような事件の解決に尽力してきた『警視庁対妖魔特別捜査室』のメンバーです」
途端に会議室は、騒然とした空気に包まれた。
無理も無い。
聞いた事が無い人からみれば、「何だ、そりゃあ」といってもいい話だ。
その存在を秘匿するために、わざわざ、あんな穴倉というか地下室で日陰者にしておいたのに。
それを関係者にだけは知らせておかねばならないほど、事態は大事になってしまったのだから。
そもそも……だが、間髪を入れずに宗像の紹介が始まった。
「どうも。
今御紹介に預かった、『警視庁対妖魔特別捜査室』の室長を務めます、宗像です。
階級は警視長です。
そして、こちらが外部協力員の鈴木麗鹿さん。
彼女はいわゆる【闇斬り】です」
更に辺りのざわめきが飛躍的に増した。
闇斬りの存在は、話には聞いていても、実物を見るのは始めてだろう。
無理もない。
彼ら闇斬りは人ではない。
文字通りの人外なのだから。
麗鹿の場合はどう見ても、見てくれがどこかのエージェントとしか見えない風体なのだから、余計に物議を醸すだろう。
また外国の闇斬りには、人と約定を結んでいても、気に入らないと平気で人を手にかける凶暴な者もいるという。
それを知っていたので、麗鹿を見て青い顔で脂汗を流している者もいた。
「あー、どうも~、皆さん。
初めまして。
日本政府との約定により、こういうものに協力させていただいています。
私はいわゆる鬼です。
まあ昔は鈴鹿御前とか呼ばれていたのですが、伝説の通り、いわゆる『良い鬼』という事になっていますので宜しく御願いいたします」
参加者の間に、また驚愕の波紋が駆け抜けた。
「鈴鹿御前」
それは、古くより様々な伝説に描かれ、多くの物語となって伝えられてきた存在だ。
ある物語では女盗賊であったり、またそのモデルが普通に男の盗賊であったり。
退治に来た武将と結婚して子供まで設け、悪党退治にも力を貸したとか。
その後の物語で、死んでから蘇り、その後は齢百を超えるまで生きたとか。
多くの伝承となって各地に名を残し、女鬼の中ではもっとも有名な名前だろう。
だが、それが生きていたとは。
もう千年近く前から伝えられる伝説。
その主人公が『鬼』として実在し、今日まで生き続けてきたとでもいうのか。
「あっはっは。
皆様、お疑いの気持ちはごもっともですが、私は正真正銘本物の鈴鹿御前ですのでよろしく。
そうでなければ、今ここにはいますまい」
麗鹿も、やれやれと内心では辟易しているのであったが、今回のガルーダはすこぶる厄介な相手だ。
警察はもとより、自衛隊の手には負えまい。
おそらく物理兵器は一才通用しないはずだ。
妖魔といえども、物理兵器で倒せるものも少なくはない。
まあ、大型妖魔ともなれば、そいつを退治する際には偉い騒ぎになってしまうのであるが。
それは最早、局地戦をやるのに等しい。
アメリカ関係者らしき連中がいるのも、そのあたりの情報収集のためだろう。
米軍に倒せない相手となると、米政府も闇斬りに仕事を依頼するしかない。
闇斬りは、大人しく言う事を聞いてくれるような連中ではないので、その辺の事情もあるのだ。
比較的人との関係構築に意欲を持ち、協力的と噂される『鈴鹿御前』なる人物に米国も興味があるのだろう。
日米同盟を盾に、鈴鹿御前の米国派遣を要請できる可能性を考慮してだ。
「それでは、この事件について現在わかっている事を……」
宗像が説明を始め、5人の犠牲者についてのあらましを終えて、例の動画が上映された。
沈黙が会議室の隅々まで満ち、全ての人の顔に苦渋が刻まれた。
その口中には苦い物が溢れた事だろう。
吐きそうな顔をしている人も10人や20人ではない。
それでも吐いている人間や、吐く為にトイレを目指して会場を飛び出している奴がいないのは、さすがと褒めるべきだろう。
ここは、そういう場所なのだから。
「ちなみに、現在までの確認された犠牲者は5名なのでありますが」
少し間を置いて、宗像が重そうな口で続ける。
「どうやら、死体が発見されていないと思われる犠牲者が、あと六名ほどいらっしゃるようです」
すかさず警視総監から声がかかった。
「君、それは本当かね」
「ええ、今朝やっと情報の整理が終わりまして。
被害者には明確といってもいいような特徴がありますので。
ここ一週間ほどで捜索願が出された人の中に、行方不明になるような兆候がまったく見られず、犯罪に巻き込まれた可能性があるという方々が、皆その特徴を備えておりました」
そう言われてみれば、いつもはパリっとした宗像の顔も今日は張りが無く、やや浮腫んだというか、うっすらと隈が出来ているような感じであった。
「では、麗鹿。
すまないが、こいつについてわかっている事を説明してくれないか」
バトンを渡されたので、麗鹿はマイクのスイッチを入れる。
「さっきの妖魔は、極楽鳥ガルーダと命名されました。
一言で言えば『合体魔物』ですね。
複合種、コンプレックス・タイプとでもいうべきでしょうか。
本体は極楽鳥と呼ばれる非常に性質のよくない妖魔で、同族である上級鳥妖魔のガルーダの力を借りているため大変に強力なのです。
ですが、その大元は人間の怨念に取り付いて活動しているタイプのようなので、実際には怨霊に近い代物です。
実体は無いといても過言ではありませんので、まず物理攻撃は通用しないといってもいいでしょう。
警察にも自衛隊にも米軍にも倒せません」
それを聞いて、更に会議には波紋の波が広まっていったが、厳しい顔で手を上げて発言するものがいた。
自衛隊の制服、迷彩服を着ているので、現場部隊の指揮官なのだろう。
こんな人間が出席しているというだけでも、この会議の特殊性がわかる。
ここは警察署なのだから。
「何故、そう言い切れるのですか。
そんな事になったら、我々はどうすればいいのです。
もう国民の間に二桁に上る犠牲者が出ているんですよ」
真剣な、命がけで職務を果たそうとしている覚悟のある人間の顔だった。
(ふふ。良き、おのこの顔じゃのう)
これまでも永い時の中を移ろう間、そんな人間は多く見てきた麗鹿は、心からの笑みを浮かべて、その決意に対して答えた。
「それは私が昨日、件の妖魔と接触したからです」
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