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3-29 緑の結末

「おい、そこのお前。

 まさか、そこにいるのは人間奴ばらなのか?」


 突然、会場の隅っこにいた山崎に向かって半ば罵る、愚痴全開中の老河童。


「いーえ、違いますよー。

 鬼の眷族さんです。

 本日のゲストさんですよ。

 こちらの方は、なんと河童の憧れたる麗玉の霊装をお持ちでして!」


 隣にいた河童が、何故か誇らしげな表情で胸を張って答える。

 人間である事はわかっているのだが、そこはすっとぼけて。


 まるで、『俺達はマブダチだぜ!』みたいな感じでウインクしている。

 そして小声で、そっと突っ込む声が聞こえる。


「いやいや、お前。

 この人は人間の、鬼の眷族さんだぜ。

 今人間界では、こういうのが流行っているんだよな」


 そう言って、反対側の河童がサムズアップしてくれる。

 なかなか人間味のある河童さん達であったのだが、爺さん達はそうではなかった。


「そうか、それは素晴らしいゲストだな。

『こちらへ来て』わしらの愚痴を聞いていただこうか」


 もはや、自分達で『愚痴』と言い切ってしまっている。

 会議じゃあなかったのか。


 どうやら、今山崎に声をかけた河童が、件の小沼老人という河童らしい。


 山崎は、運営河童達に強引に引き摺られていき、河童達も嫌がる超特等席に無事に御案内の運びとなった。


 仕方が無いので、宗像もズボンを濡らしながら、それを追っていく。


「え、マジで。

 ちょっと、笑っていないで助けてくださいよ、麗鹿さん」


「無駄だ、諦めろ。

 わたしも付き合ってやろう(面白そうだし)」


「ええっ」


 そして、少し離れた場所から他人の振りをして誤魔化そうとした宗像も無論同じ場所に引き立てられた。


 もとい、ご招待されたのだった。


 鬼の眷族状態であるのだから、一人だけ誤魔化せる訳もない。


 相手は歴戦の河童なのだ。

 老害といえども、どこかの神社には祭られているのではないだろうか。


「ふうむ。

 お前ら、本当に鬼の仲間か?

 人間の匂いがするな。

 ふむ。やっぱり、人間ではないか!

 何故、ここに人間が紛れ込んでいるのだ!」


「そいつらは、わたしの眷族であるぞ。

 見ればわかるだろう。

 わたしは鬼だ。

 河童老、仮にそやつらが人間だとして、それが何だというのだ」


 麗鹿は面白そうに言い放ったが、その頑固な爺さんは即座に言い返した。


「だまらっしゃい。

 鬼だろうが人間だろうが構わん。

 わしらの『愚痴だけは』聞いてもらおうか」


 とうとう、自ら言い切ってしまった小沼老人。


 周りの河童達も水掻き付きの手で顔を覆ってしまい、「あーあー」という風情が湖面を騒がせる緑のさざ波のように河童の海を駆け巡っていった。


 それを見た山崎は情けない顔をしていたが、さしもの宗像も「失敗したな」というような顔をしているのを見て、早々に諦めた。


 二人を人間と断定するや、老中小沼は人間による水質汚染の数々や、過去にあった水質汚染にいたるまで、その二人に責任をおっ被せようとするのであった。


 周りにいる河童共も、もううんざりしてしまって二人には同情的な有様だ。


 やがて、人間の引き起こした環境汚染までなら人間代表として多少は我慢できた二人も、説教が『最近の河童の若者の情けなさ』とか、『河童界はもっと老人を敬え』みたいなテーマになってきたら、腹も据えかねてきた。


 宗像は、後ろで特産の地酒をやりながら、面白そうに見ている麗鹿に文句をつけた。


「おい、麗鹿。

 いつまで、こんな河童の爺さんに好き放題言わせておくつもりだ!」


 もう周りの緑色の奴らも、「そうだ、そうだ」と言わんばかりに麗鹿を見る。


 中には露骨に大声を上げる者もいて、「鬼の姉ちゃん、そんな爺、やっちまえー」なんて野次まで飛んでくる。


 みんな、もうこのうんざりするような、『河童史上最大の、ただの河童爺愚痴大会』に怒りが込み上げてきたようだ。


 規模がでかい分だけ、その怒りもまた大きかったりする。

 のんびりな河童といえど、さすがに我慢の限界に達したようだ。


「そうか、そろそろ潮時かのう。では、ほれ」


 そう言って須臾しゅゆの間に鈴鹿に変身すると法力を用い、すーっと湖面を滑るように二人に近づいた。


 そして、鬼の接吻を二人に重ねがけする。


 プシューっと頭の上に蒸気が立ったかのような有様で、水の中に座らされていた、ずぶ濡れの山崎が弾けるように立ち上がる。


 そして叫んだ。


「鈴鹿姐さーん」


 その場でどついて一旦湖に沈めた山崎を、笑顔で首ねっこを掴んで、ぐいっと引き戻してから申し付けておいた。


「おい。やる事はわかっているな、山崎」


「は、はい」


 それから息をすうーっと吸うと、麗玉の霊装を輝かせた。


「はーい、河童の皆さん、こちらに注目ー」


 礼装が伝えてくれるアナウンスは全ての河童に伝わり、河童の海からの耳目を全て集める事に成功した。舞台は整った。


 主人の凄みのある真っ赤な瞳に浮かんだ笑みを受け、若干正気に戻った山崎と最初から正気の宗像。


 だが宗像は、わざとらしく犬歯を向いて目を血走らせた顔をしている。


 まるで鬼の眷族丸出しだ。

 いや、本当に怒っているだけなのか。

 元々、鬼の宗像と呼ばれている男なのだから。


 とうとう、腹を据えかねたようだ。


 いや、我慢の限界を突破したというか、ここまで強行軍で借り出されたストレスが爆発したものか。

 いつものダンディな格好も台無しだ。


「河童の爺さん。

 俺は今、鬼の眷族なんだ。

 警視庁の警察官なんかじゃ絶対に無いんだ。

 俺が、そこの主っぽい鬼によ。

 鬼の接吻とやらの重ねがけをされたのは、あんたも見たよな?」


 突然、醸し出された宗像の異様な迫力に、ちょっとビビっている小沼老。


 所詮はロートルなのに、身内の河童の間でだけ通用する威光の持ち主だ。


 部外者には通用しないようだった。


 少なくとも、人間の身の上で『鬼』と呼ばれていたような、数え切れないような修羅場を潜ってきた男に対しては。


 その体格差など問題にもならない。


 強力な力を持つ兵隊蟻の前にあっては数倍の図体を持つ鬼蜘蛛など、一撃で樹上から叩き落とされる、ただの障害物でしかない。


 おまけに鬼なのは宗像の方だ。

 しかも、鬼の眷族化した『鬼の宗像』なのである。


「そうだあ、引っ込め老害。

 この河童の恥晒し」


「いいぞお、鬼の兄ちゃん、やっちまえー」


「くたばれ、小沼爺ー!」


 もう、あたりは緑の怒号に包まれ、湖全体が緑に揺れているかのようだ。


 河童の重鎮達も、「ああ、わしら、もう知らん」みたいな感じに耳を押さえて水中に消えてしまった。


 いつか、こんな事になるのではないかと薄々は思っていたのだ。

 何事にも潮時というものはある。


 それを見誤ったのか、小沼老。

 人間の政治家などにも、よく見られる現象だ。


 本来なら河童の独壇場である、その水中であらん限りの無双をする宗像。


 年月を経て、老獪で強力な力を持っている、時には神とさえ崇められる自分よりも遥かに巨大な水妖を、まるで巨大な河童のヌイグルミか何かのように振り回している。


 河童の爺さんの悲鳴が尾を引く度に、湖を埋め尽くす河童の海から大歓声が上がった。


 緑の大歓声に、宗像も意気が高揚して、いつもの冷静さが何かの殻を剥がすように吹き飛んでいくのを感じ、またそれを心地よく感じていた。


 山崎如き、軟な眷族とは訳が違う。

 本来、鬼の眷族というものは、このように能力を発揮して主を助けるものなのだ。


 今、鬼の宗像、彼は名実共に鬼であった。


 もっとも、その鬼っぷりは一応は主役あるじやくである麗鹿のためではなく、自らの義憤にかられての活躍であったが。


 ついには水浸しになりながらも、『水の滴るいい男』を熱演し、法力による水上歩行をマスターした宗像が、湖の真ん中で小沼老を吊るし上げ、雄たけびを上げた。


 水掻きの付いた手を突き上げ、応える幾万もの河童たち。


 そこは十和田湖湖面、その全水域はライブ会場と化した。

 人には、けして聞こえはすまいが。


 そして、あの独善な小沼老人に対して「もう二度とこのような騒ぎを起こす大集会(愚痴大会)はいたしません」と心から誓わせたのであった。


 彼はチビっていた。震えていた。


 そして、観客・聴衆達も皆、感動に震えていた。


 壮絶な河童達のライブ会場と化した真昼の湖でずぶぬれの鬼の眷族は、戦いの中、自力でマスターした法力で水面に立ちながら、気勢を上げ続けた。


 吼える鬼。

 その手に握られているものは河童の重鎮たる爺さん。


 日本の河童界に英雄が誕生した瞬間であった。


 鬼の宗像、見事に妖し界に伝説を築き上げ、男を上げたばかりか、事件の再発を見事に成し遂げたのであった。


 それはいいとして、後はこの顛末をどう報告書に纏めるかだけなのだが。


 何しろ、河童の長老を締上げたばかりでなく、妖しのど真ん中で大暴れしてきてしまったのだから。


「はあ、やっちまったな」


 怒気は去り、冷静になって上半身裸でシャツや上着の水を絞りながら、ボヤく宗像。


 同じくシャツを絞っている山崎。


「あはは。やるじゃないか、小僧。

 いやあ、これが見れなかったなんて。

 狂歌の奴、悔しがるぞー」


 そして、それを温かく見守る河童達。


 河童の憧れ、麗玉の霊装を持つカッパ・マスター山崎、河童界に伝説を作った『鬼の宗像』の二人を満足げに眺めつつ。


 今日は河童界にビッグなウエイブが吹き荒れまくった日なのであった。


「警視長。宿に行って風呂に入りますか。

 服をクリーニングにも出したいですしね」


 仕事に使うには、あまりに簡素な着替えしか持っていないのであるが、それでもずぶ濡れよりはマシと、しおしおと私服に着替える二人。


 そんな山崎に期待を込めて語りかける麗鹿。

 既に、いつもの真っ黒スタイルに戻っている。

 お仕事タイムは終了したのだ。


「なあ、山崎。今夜の飯は?」


「はい。

 今夜の宿は、きりたんぽ鍋と稲庭うどんは押さえてありますから大丈夫ですよ!


 そして、地酒に地ビール。

 このあなたの眷族・山崎に抜かりは一切ございませぬ!」


 それを聞いた麗鹿は、それを見守る幾多の瞳が眩しいと感じるような、それを目撃した人が一生忘れられないような、素晴らしい千年物の笑みを浮かべたのであった。


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