3-26 集会の真実
そして、彼らはお留守番をしている河童の中で一番偉いというか、長生きというか、そういう者に引き合わされた。
広瀬太郎ほどではないが、中々の大柄な体躯だ。
身長2.2メートルくらいだろうか。
「はあ、ようこそ河童の里へ。
胡瓜、ありがとうございました。
ところで、本日の御用向きは」
この河童は、ややインテリというか、話の通じるタイプのようだった。
何故か古風な眼鏡をかけている。
「ああ、今度十和田湖で大規模な集会を開くんだってな。
あんまりお前らがバタバタしているんで、人間どもが気にしているぞ」
「あははは。
それはお恥ずかしい。
みんな、長老達がいけないんですよ。
特に、あの小沼老人ときた日には。
仇名が老中小沼ですからね。
もう煩いったらありゃあしないんですよ。
かなり前の長老会議で、『これからは若いものに色々任せて置こうではないか』とか自分で言っていたくせに。
その舌の根も乾かぬうちにこうなのですから。
大阪の奴らも振り回されて、実に気の毒な事です。
全国飛び回っての調整三昧で、急遽変更された会場での仕切りもあるのだから。
そして、上と下の間に挟まる我々の立場も考えてほしいものだ」
えーい、中間管理職か。
思わず身につまされて、同情の視線をくれる宗像。
「それで、その。
会議の内容が、環境会議と伺っているのですが」
「ああ、それですか。
まあこの会議、一言で言うのなら、ただの長老の愚痴会議です。
いっぺん若い者全員に『年寄りのありがたい話』を聞かせてやらねばならんと、件の小沼老が言い出しましてね。
多分最近、何か河童の若者がらみで、何か気に入らないことがあったんじゃないかと私は邪推しますけど」
うわあ、という顔になる三人組。
それは人間と、まったく関係ないだろう。
天変地異も特に関係なさそうだし。
「あの、本当にそれだけなんで?」
「それだけなんですよ。
本当に!
あの小沼の爺の言う事に、他の力のある老害が何人も同調しやがりましてね。
それを見た他の長老も諦めて、彼らのガス抜きをさせることに同意しました。
まあ、たまには一大集会でも開いて、河童種族の結束でも高めるかと。
どうせならという事で、ご大層な名目をつけているだけなんで。
そんな物は気にするだけ馬鹿を見ますよ。
正直言って、行ったところで何の足しにもならない集会なんで、私は『里の守護』を名目に梃子でもここを動かない構えを見せておるところです、ハイ。
広瀬太郎も、同じ了見ですね。
そういう河童もかなりの数に上ると思いますよ。
でも全国の八~九割方の河童は参加するんじゃないでしょうかね」
彼は、かなり言葉遣いも悪くなっており、この件についての話題では彼もあまり機嫌がよくない事が傍からもよく見てとれた。
広瀬太郎が言っていたのは、この事か。
自分で説明するのが嫌というか、話題に乗せるのも嫌なので里の人間に説明させたのだ。
「なんてこった。
俺はこんな下らない話を報告書にして出さなきゃいけないのか」
しかも、警視総監や日本政府宛に。
頭が痛くなりそうなのだが、この先どうするべきなのか。
この旅も、もうこれ以上の進展は無さそうなのであるが。
残してきた仕事の事を考えただけで魘されてしまいそうだ。
宗像はチラっと麗鹿を見たが、彼女は叫んだ。
「いやー、絶対に十和田湖へ行くんだい。
もう決めたの。
今回の締めは十和田湖だって。
本当は北海道だって行きたかったんだからな。
それにさ!
その集会を、その『眷族の目』で見定めない事には、お前の任務だって終わらないんだよ!」
「この酔いどれ鬼が。
まだ、何も言っておらんだろうが。
わかった、行くよ、行くから。
こうなったら、その会議だか集会だかを見届けないと、俺だって気が済まないわ」
「よく言ったー!」
喜色満面の形相で踊る、麗鹿渾身の鬼の舞い(阿波踊りバージョン)と、浮かない宗像の表情を見て、留守番河童さん達も実に楽しげに胡瓜を齧っていた。
こうして、山崎が『河童召喚術』を学んだ? 事と、集会の実情を知った以外は収穫の無かった河童の里訪問は終わり、麗鹿は見事に地元牛で焼肉を楽しみ、盛岡冷麺を堪能したのだった。
地元の方に教わった、このあたりでナンバーワンの焼肉も行きたかったのだが、なんと絶対に予約がいる上、盛岡冷麺が食べられないらしいので、さしもの麗鹿も断念した。
本日のメインターゲットは、名物冷麺なのであるから。
梯子したいと言ったら、宗像に文句を言われたので諦めたのだ。
まあ確かに焼肉店というものは、梯子をする店ではない気もするのだが。
結局は、岩手のブランド牛と盛岡冷麺を食わせてくれる、人気の駅前焼肉店を堪能したのであった。
翌朝、一行はいよいよ十和田湖へと向かう。
特に行きたいとか思っていない宗像だったのだが、メールで報告しておいたら、夕べ警視総監から電話で直々に激励があった。
「是非、最後まで見届けてくるように。
そうでないと政府も納得してくれないだろう」
36分で八戸到着のはやぶさ号の中で、宗像はボヤいていた。
「その最後というのは、まさか河童の集会が終わるまでとかいうんじゃないだろうな」
「さあなあ。
あの連中の事だしな。
きっと、会議は長老達の気が済むまでやるんじゃないか?
特にあの話に出てきた老中小沼のさ。
多分、河童の里にいる連中にもわからないんだろう」
「勘弁してくれ」
だが、麗鹿は楽しそうだ。
「あーあー、この食い倒れの旅も終わりかあ。
なあ、山崎ー。
十和田湖の美味いものは?」
「はっ、麗鹿さん。
湖ですから、ヒメマスやワカサギなどがあります。
十和田湖は、秋田との県境にも近く、秋田の料理や食材なども多いようですねえ。
比内地鶏にきりたんぽ、稲庭うどんなどなど。
それに、せんべい汁。
最近ではB級グルメとして十和田バラ焼きなどもありますね。
東北ですから周辺にも米処は揃っていますし、米だけでなく地酒も美味しそうです」
それを聞いて満足そうな麗鹿。
「聞いたか? 宗像」
「ああ、聞いてる、聞いてる。
どうせ、またランチからだって言いたいんだろう?」
「わかってるじゃないか」
宗像とて、河童の集会なんぞに行きたくは無いのだ。
麗鹿と一緒にランチして、晩御飯に舌鼓を打って、そのまま溜まりゆく仕事の待っている東京に帰りたいのだ。
だが、偉い人達は絶対にそれを許してはくれないだろう。




