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3-24 わんこそば

 大河童との一騒動が終わり、宿で報告書を書いている宗像。

 麗鹿は既に温泉で一風呂浴びて、同じ部屋で山崎を相手に一杯始めている。


 今日も運転手として扱き使ってきたので、早めのビールは御目溢しとした。

 麗鹿の相手は、こいつの重要な任務だ。


 それに山崎をあてがっておかないと「一緒に飲もうよー」とか言って、宗像の仕事の邪魔をしにくるので。


 少女は、色々な話を麗鹿や山崎から仕入れては、愛する主に主従の絆を通して送信しているようだ。


 これも、もう明日には無いものなのだから。

 久し振りに、狂歌の眷族としての至福の時であった。


 宗像も、既に簡易な報告はメールで警視総監に済ませてある。

 例の紹介状は写真に撮ろうと思ったが、なんとカメラには映らなかった。


 何とも言えないような気持ちで、その事も報告したのだったが、今まで怪異や妖物などは山ほど出くわしてきた上司は軽く受け流してくれた。


「はは。

 カメラには映らない、見えない、いや視えない紹介状か。

 私も見てみたかったよ。


 河童の里に、十和田の大集会場か。

 いよいよ、大詰めに入ったな。


 政府も今までの麗鹿君や青山君の見解を聞き、かろうじて一安心という事だが、まだ気は抜けぬと。

 では引き続き頼んだよ。無理はせんようにな」


 そして麗鹿の夜は尽きず、少女も楽しく過ごしていたが、夜の九時には県警のパトカーが迎えに来てくれた。


 そういう約束で夕食に招待したのだ。


 本日最大の功労者である彼女には、後日に東京警視庁と宮城県警からダブルで感謝状も贈られたのであった。


「では皆様、私はこれで。

 ご活躍を祈っております。

 また、こちらの方面で何かございましたら、お気軽にご相談ください。

 さすれば、我が主も喜びましょう」


 彼女が、警官がドアを開けてくれたパトカーのリヤシートに消えて行くのを見届けて、麗鹿がポツリと呟いた。


「いやあ、狂歌の眷族とは思えないほど、まともでいい子だったなあ」


「よく出来た子でしたねえ」


 山崎もすかさず追随する。

 宗像も内心ではそう思っていたのだが、口にするのは止めておいた。


 これからも愛乃狂歌とは付き合っていく予定なのだ。

「お口にチャック」の習慣は必要であろう。

 そのうちに気安くなったら話は別だが。


「さて、一風呂浴びて寝るか。

 山崎、酒はほどほどにな。

 新幹線を降りたら、明日も運転してもらうぞ」


「かしこまりましたあ」


「わたしは飲むぞ~」


「好きにしてくれ。

 俺は寝させてもらう」


「冷たいな、ビールくらい付き合えよ」


「じゃあ、一杯だけな」


 良い温泉だった。

 麗鹿もご機嫌でビールを飲んでいた。


 このビールという酒も日本に入ってきたのは、麗鹿の時間にしてみれば、ごくごく最近の話。


 麗鹿が生まれる遥か昔から外国にはあった酒だというのに、それだけがこれまでの鬼生で唯一残念に思えるのであった。


 最高の温泉に浸かり、風呂上りにビールを一杯。

 それで、宗像も今日はよく眠れそうだった。




 翌日、いよいよ遠野に向けて出発だ。

 仙台から盛岡まで最速のはやぶさ号で41分。


 本来であるならば新花巻まで1時間3分かけて、やまびこ号で行く予定だったのだが。


「宗像ー。盛岡で昼ご飯だよねー」


「ああ、そのつもりだ。

 何かお目当てが?」


「わんこそば」


 ああ、そういえばなと気が付いた宗像。

 結構、蕎麦には拘る麗鹿だ。


 ここへ来るまでにも食っていたのを思い出す。

 この日本で大昔から生きているので、そういう物は大好きなのだ。


「わかった。

 お目当てのお店があるんだろ。

 しかし、ああいう物は予約が必要なんじゃないのか?」


「大丈夫だよ。

 平日だし、三人しかいないんだからさ」


「お前が腹八分目にしてさえおけばな」


 そう言われて舌をペロっと出す麗鹿。

 まあ、それなりの値段で供される物なので、店が赤字にはならんだろうと首を竦める宗像。


 少なくとも、彼は元を取る自信は無い。

 山崎は結構食えるだろう。


 もっとも、宗像も眷族化した状態では、もう少し食べられるのかもしれない。


「じゃあ、今から予約しておくねー!」


 何故か、スマホに店の番号が入っているらしく、珍しく自分で予約をしていた。


「久し振りだなあ、わんこそば」


 思わず、昔の記憶が蘇ったか、懐かしさを瞳に湛えた鬼がいる。


 若干涎も湛えていたようだったが。


 わんこそばは元々お殿様向けの食事で、庶民に供されだしたのは明治時代からだという説が多いようだ。


 船や陸蒸気の旅を堪能し、日本全国を股にかけて美味いものを食い歩いていたものであろうか。


 あるいは、今のように闇斬り稼業で、刀を差した小役人を従えて食べ歩いたものだろうか。


 日本海は城崎あたりの皿蕎麦もそうだが、ああいう丸呑みタイプの蕎麦に限って異様に美味いのは何故なのだろうか。


 丸呑みするのに罪悪感を覚えるレベルだ。


「噛まずに丸呑みにするのがコツなんですよ~」と給仕さんには言われるのだが。


 いずれにせよ、美味しく、そして楽しいものには違いない。


「ちなみに夜は冷麺な」


 それはおそらくは、「夜は焼肉」という意味合いも含んでいるのだろう。


 当然、狙いは地元牛なのに違いない。


 盛岡といえば冷麺。

 わんこそばは花巻も捨て難いが、今回は都合により盛岡だけだ。


 つまり、それまでには盛岡まで帰ってくるという、麗鹿の固い決意表明でもあった。


 そのためには河童の里のお留守番を何匹投げ飛ばしまくっても構わないという気持ちなのであろう。


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