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1-5 犯人は犯行現場に戻る?

 さっそく東京メトロを乗り換えて渋谷に出て、京王井の頭線で現場への最寄駅を目指す。

 そこはたまたま終点の駅だったので乗り過ごす事は無いので気楽だ。


 麗鹿は運転免許を持っているのだが、車はあれこれと面倒すぎる。


 本物の探偵であるならば尾行などで必要なのかもしれないが、車で行くのが必要ならタクシーかレンタカーでいい。


 経費は日本政府が持ってくれる。

 麗鹿のように強力で協力的な妖しは滅多にいない貴重品なのだ。


 戸籍や口座なども用意してくれてあり、毎回きちんと高額な報酬はもらっている。


 納税義務もない。

 麗鹿は日本国民ではない、いや人ですらないのだから。


 戸籍、免許、パスポート、口座などは定期的に生年月日などが書き換えられる。

 鈴木麗鹿、永遠の20歳であった(公的記録上)。


 よくある18歳とかの設定でないのは酒を飲みたいからである。


 鬼に酒は付き物。

 そして、最近の酒に入っている混ぜ物だの添加物だのの多さに嘆く麗鹿なのであった。


 酒の種類が、昔に比べれば飛躍的に沢山増えたのは大歓迎なのだが。


 そして電車の長座席の端に座り、頬杖を付きながら呟く。


「東京都っていう場所は、日本地図で見ると狭いような気がするが、こうして電車で移動していると長く感じるものだな」


 すると、その独り言のような麗鹿の言葉に対して、彼女にしか聞こえぬ声の主が嗤った。


「昔など、歩くか馬、はたまた籠ではないか。

 あの陸蒸気おかじょうきという奴が出た時には驚いたものだが。


 あれも最近はすっかり見なくなって寂しいものだわい。

 あれは我のお気に入りだったのだ。


 我は、この電車の窓から見る風景は好きだぞ。

 人の営みは移ろい変われども、いつも活気に満ちる。

 この街もそう悪くない」


「そうだな。

 永い時を生きる上で決して退屈はせぬ街だ。

 美味い物も食えるのだし。


 だが、鳴鈴よ。

 さすがに陸蒸気は古すぎるぞ。

 まるで鉄道マニアか何かのようだ。

 今度、鉄道博物館でも見にいくか?」


 そう言って笑い返す麗鹿。

 もう人の中で混じって暮らすようにして、どれだけの時が経ったものか。


 昔は麗鹿のような異物が混じっていると、すぐ追い出されてしまうくらい人の関係は緻密であったが、最近はまるで気にもされないようだ。


 特にこの東京では。


 それがいい事なのか、寂しい事だと思うべき事なのか。

 それは人ならざる麗鹿にはよくわからない。


 最近のマイブームは、スープカレーという奴だった。


 比較的近所に人気の店があり、テイクアウトできるので、それを持ち帰り酒と共に食するのだ。


 好みはやっぱり肉系だ。

 よく入れ替わるオプションを、気分で選ぶのが最近の楽しみの一つだ。


 一人きりなので事務所以外に住居は持たず、無論、料理なども一切しない。


 昔は子供を育てていた事もあるので、その頃はやっていたのだが、今は独り立ちしているので不精をしている。


 昔は竈であったものが、今ではガス電気と便利になったので、やればいいものを。

 拠点をあまり持ちたくないのもあって、そうしているのだ。


 事務所にも給湯用の簡易キッチンはついているので、ラーメンくらいは作ってみるのだが。


 そうこうと思考を巡らすうちに目的の駅についた。

 颯爽とした身のこなしでホームに降り立つ麗鹿。


 その出で立ちや鮮やかな身のこなしからは、まるでどこかの組織のエージェントのようにさえ見える。


 麗鹿の身体能力からすれば、ここから走っていったってすぐに着く距離なのであるが、被害者と同じようにバスに乗っていく。


 まるで被害者の足取りを追いかける刑事の、犯罪捜査の手順か何かのようだ。


 バスは広い大通りの1本道を約1.5キロ走り、停留所から降りれば、そこから現場の道まではすぐそこだ。


 警察署も近くであり、通常ならば凶悪犯罪の被害に遭う方が非常に困難であると言える立地だ。


 こんな場所で無残な殺人事件を起こすなど、まるで警察に挑戦しているかのようだ。

 あくまで、犯人が人間であったとしたならばの話であるが。


 だがそうではなかった。

 そうでなければ、ここに麗鹿達がやってきているはずがないのだから。


「どうかね。

 はたして、まだ犯人の『残り香』があるものやら」


「さあな。

 だが、まだ禍々しい気配が残っておる感じがする。


 気をつけよ。

 まさかその場所に彼奴めが居残っているわけはないと思うが」


「ああ、さすがにそれはないだろうけどね」


 しかし、習性として身についているものか、慎重に足を運ぶ麗鹿。


 だが、その裏通りの一方通行の道をいくばくかも進まないうちに足を止めた。


 もう現場は速やかに常態に復帰させたらしい。

 妖魔の事は、混乱を避けるために世間には秘密にされているので、そういう処置になるのだ。


「ここか。しかし、これは」


 その周りから激しく漂う、というよりも押し寄せてくるような何か。


 死臭というか妖気というか、なんとも言い難い、魂が腐ったかのような腐臭。


 妖魔の中には、こういう物を色濃く残すものがいる。

『極楽鳥』は、明らかにそれを残すタイプだったのが最初からわかってはいたのだが。


「うむ、よくないな。

 凄まじい妖気、いや瘴気の持ち主か」


「これでは、一睨みされただけで人の子は身動きすらままなるまいよ。

 あるいは身を震わせて、ただ最後を待つか。


 あの男、よく撮影なんぞしてのけたものよ。

 あっぱれとしかいいようがないわ」


 だが、ほぼ後ろを向いていた麗鹿の人並みはずれた視力と視野は、それを捉えた。


『爪』


 それは何も無い宙空から現われた、巨大な爪そのもの。

 いや足か。


 体を反して、それを避ける麗鹿。

 時を同じくして鈴が鳴っていた。


 麗鹿は鈴など持ち合わせているようには見えないが。


 そして、それは消えた。

 おそらくは、あの巨鳥の足と思われるものだった。


「馬鹿な。

 奴がここに、まだいただと?

 いや、舞い戻ったか」


「気をつけよ。

 空間関係の妖術をよく操る者のようだぞ」


 だが構えるものの、奴は現れない。


 そして風に言葉が乗った。

 それは低く小さく、麗鹿の鬼の聴力でなくては聞き取れなかったであろう。


「愛しいものよ、どこにおる。

 我はここじゃ。我は……」


 か細い、この信じられないような兇気を残した主が発したとは、俄かに信じられないような、優しく、そして悲しい声だった。


 その旋律と戦慄に、麗鹿は思わずその場に立ち竦んだ。


「これは。

 情に、ただただ情に追い縋る、失われた感情に、しかも愛情に縋る者か。

 厳しい、これは思ったよりもかなり厳しい戦いになるな……」


 そして相方はその事について、沈黙で回答を為した。


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