3-21 ガイドの少女
「狂歌め、実に粋な計らいをするな」
グルメガイド付き地方出張!
思わず心の中の舌なめずりをしていた。
だが、宗像にはそれが見えていたようだ。
また今夜も地元グルメの宴席の嵐か、というような顔で麗鹿と少女を見ていた。
当然のように人形のように美しい容姿。
目鼻立ちはくっきりで、見事に鼻筋が通っている。
細めだが、バランスの取れた体。
いかにも狂歌好みの少女だ。
細面に美しい切れ長の瞳と、やや茶髪気味の髪。
黒髪を好むらしい狂歌にしては珍しい事だと思う麗鹿。
黒髪でない眷族の少女は見た事がない。
もしかしたら染めているのではないのかもしれない。
妖しは、自分を偽るような自然でない状態の人間を好まない傾向がある。
信用がならないからだ。
「しかし、よく一発で私だとわかったな」
「お写真いただいておりますよ。
それに写真など無くても、あなたほどのお方。
人のお姿とはいえ、すぐにわかります。
この間の『放送』も凄かったですね。
この仙台でも感じ取れましてよ」
「あっちゃ、そいつはまずかったな。
霊力を込めすぎたか」
どこかの無粋な妖しにも届いているやもしれぬ、と苦笑いする麗鹿。
「それで今回の河童騒動なのですが、どうやら元々東北に河童が多いのと何か関係があったようですね」
「ほう。というと?」
宗像も興味深気に聞いてみた。
この少女は何か知っているようだと警察官の勘が囁いている。
ただの色ボケ眷族ではなさそうだ。
この前の傍勤め中の少女とは雰囲気が異なる。
大ボケ山崎と敏腕な新巻刑事ほど違うといえば、いい比較対象か。
「ええ。
知り合いの河童に以前、聞いた事があるのです。
河童の世界では、東北が中心なのだと。
しかして、河童も日本全国に跨って生息しています。
そこで、中心近くで大きな街として大阪が事務局というか、若い河童達が色々と取り仕切っているのですが、やはり重鎮の長老達は東北出身が多いので。
今回も、東北出身の老河童達が急に我儘を言ったのではないかと、その河童も言っておりました。
集会の直前で会場を変えたようですね。
これからは若い者に任せて、という事で大阪の若い事務局の河童たちに任せる予定だったものが、老害によって強引に変更になったらしいのです。
やっぱり地元がいいからって。
その彼も集会に行ってしまいました。
あまり、気は進まない様子でしたが。
行き先は、青森の十和田湖です」
全員、二の句が告げないというような顔をしていた。
我儘な河童の爺さん達の都合で、ここまで引き回されたのかと思えば、これまた無理も無いのだが。
特に宗像は、露骨にがっかりしている。
だが、行き先は判明した。
やはり犯人は、現時点での第一容疑者の十和田湖で確定しそうな情勢だ。
この少女も、狂歌の傍勤めをするほどの強力な眷族であるため、長く主から離れていても妖しの姿も見えるし話もできるようだ。
さすが、吸血鬼の魅了は強力だった。
「その集会とやらは、もう始まるのかね?」
「まだ大丈夫でしょう。
あのゆるい河童どもが、そう簡単に集まる筈がありません。
この日本が始まって以来の規模での河童の集会になるようですから。
すぐには終わらないのではないかと、彼も非常にうんざりしていましたよ」
なるほどな、と思う麗鹿であった。
ここ最近、河童の奴らとは、かつてないほどたっぷりと親交を暖めたので、それも大いに納得の行く話だ。
「という訳だ。
頼もしいガイドもおるのだから、可愛いガイドさんに御願いして河童の関連や地元のグルメを追ってみるのもよかろう?
ことに、御主にはまだ休息も必要なのだからな」
「ああ、わかった、わかった。
じゃあ、御願いしますよ、お嬢さん」
どっち道、報告書にはここ仙台の事も書かねばならないのだ。
宗像も、あえて反対するつもりはない。
しかし、何故なのだろうか。
さっきから、この娘の話を聞いていると妙な胸騒ぎがする。
なんと言うか、命がけになるとかいうのではなく、なんとはなしの予感。
何か面倒な事になるような、不可避の必然というか。
だがこの感じは絶対に忘れてはいけないものなのを、長く警察という組織にいる者の勘で宗像も感じ取っていた。
「じゃあ、とりあえず麗鹿様のお昼ご飯からですね!」
せっかくのガイドの少女を差し置いて、満面の笑みの麗鹿を先頭に一行は昼飯を目指した。
とりあえず、ここでもう無理に河童を捜す事はないのだ。
報告書は、この少女のお話を中心にまとめておけばいいだろう。
愛乃狂歌も、警視総監とは顔見知りになったようだし、その眷族の話ならば信憑性も高いと判断してくれるだろう。
先日の吸血鬼騒動は日本政府にも伝わっている。
無害な妖し、いや場合によっては麗鹿と二枚看板の闇斬りとなってくれる可能性すらあるのだ。
総理大臣名で、愛乃狂歌には目いっぱいの便宜を図るよう、各方面に通達が出されていた。
特に渋谷管轄では「絶対に御領主様のご機嫌は損ねるな」と。
駅員や警察官には、最重要懸案として通達がなされている。
「我は人の敵に非ず」
鈴木麗鹿という良好な前例のあるせいか、その狂歌の主張は、あっさりと日本国の中枢にも受け入れられた。
日本の、ある意味でのんびりした風土、緩めの空気が育んだ気風であるといえないこともない。
この国では比較的外国人なども大人しくしている。
諸外国では、もう少しアグレシッブな部分を見せる者も結構な数がいるのだ。
それは周りのムード、空気といったものに大きく左右される。
空気を読むなどというものではなく、肌で感じるものだ。
人は、どんな人間でもTPOを弁えるという習性がある。
それは自らを守るための本能であるのだろうから。
妖しにも、そういう本能はあるのだろう。
「して、娘。どこへ行くのだ?」
自分で先頭を歩いていたくせに、そんな事を言っている麗鹿。
「仙台といえば牛タン。
宗像様は見たところ、かなりお疲れのようですから、遠くではなくこの新幹線口にある飲食店の一角を占める駅三階の牛タン通りに行きましょう。
宮城の美味しい地酒もありますよ。
単なる牛タンだけではなく、色んな牛タンメニューもございますしね」
この初対面の少女からも見抜かれてしまうほど、宗像の疲労は面に現われているようだった。
今日は随分マシになっているはずなのだが。
普段の少女の父親とかが、そうなのかもしれない。
「決まりだな」
「焼き加減が色々あるのですが、麗鹿様のお好みは」
「そうじゃな。
比較的しっかり焼いてあって食べやすいのがいいかな」
「それでは、お任せください」
さすが地元の人間だけあって詳しいなと思ったのだが、女子高生のくせに牛タンに詳しいとは。
きっと家族で駅に行ったついでとか、親戚が来た時などに食べに来るのだろう。
「お前、鬼のくせによく焼いたほうがいいのか」
「うるさいな。
牛タンのレアとか苦手なんだよ」
そうして案内人に導かれるままに、牛タン通りに四軒構える店の一つに吸い込まれていった。




