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再び、やまびこ号の住人となり、宗像は二人に話しかけた。
「いや、お前達。
昨日は済まなかったな」
「いやあ、どうって事はないですって。
地方に飛ばされる寸前だったのを警視長に拾っていただいた恩は忘れちゃいないですよ~」
まだ、ちょっとハイな感じの山崎。
しばらく眷族化は抜けないようだ。
だが、宗像に向けられる笑顔と言葉に、嘘偽りなどはどこにもない。
「ああ、気にするな。
ちょっと総理の小僧に電話しておいたから、どうという事はないぞ」
現役の総理を小僧扱いだ。
大概の歴史上の人物も、この女にとっては小僧扱いなのだが。
そうでない奴は『先輩』らしい。
この時代の人間から見れば、この『鈴鹿御前』も、それ以前に歴史に登場していた人物も等しく先輩でしかないのではあるが。
「本日の停車駅は郡山駅で、所要時間は39分です」
山崎が切符の予約を取ったので、麗鹿が叩き起こしにきたのだ。
御昼は向こうで食べたかったので。
できれば、湖の飯で!
福島というと美味い物がたくさんありそうなのだが、郡山といってしまうと少しイメージが沸かない気もするのだ。
しかし、地図で見る限りはかなり大きい湖があるので、ここには美味い物がありそうな予感がするのだ。
そうでなければ、ランチは郡山の美味い物を探求の予定だ。
そして夜は湖で飲み食い。
そういう了見なのであった。
こちらの方が面積で言えば十和田湖よりも大きそうだ。
ここで河童が集会を開いていない保証はどこにもない。
だが、あの河童の子はずっと北と言った。
鳴鈴の言うように、十和田方面なのやもしれぬ。
北海道には行く事にはならない感じなのが今一つだと思う麗鹿なのであった。
「それにしても河童どもときたら、まるでお前に美味い物を食わせるために集会を開いているかのようだなあ」
「それなら、何故北海道で集会を開いておらんのだ。
大きな湖だってあるものを。
どう見ても東北でこの旅は終わりではないか。
いや、東北だって充分過ぎるほど酒も飯も美味いのだがな」
なんだかんだいって、ここまでたっぷりと地酒や地ビールも、地域の幸をたっぷりとお相伴に預かってきた麗鹿なのであった。
それでも北海道抜きは大いに不満なのだ。
「まあ、そう言うな。
奴らにも奴らなりの考えってものがあるんだろう」
グランクラスのゆったりとしたシートに座りながら、隣の麗鹿と他愛もない話をしながらいく宗像であった。
何か、今朝の件で力が少し抜けたような感じだった。
その贅沢過ぎるシートとは、39分という僅かな時間の付き合いだった。
至福の乗り心地のシートから引き摺り下ろされ、また歩かねばならない宗像であった。
彼ら一行には色々助けられているのだが、このあざ丸の空間収納という能力ほどありがたいものはない。
特に今の宗像のように心身共に消耗しているような時には。
とにかく駅は歩くのだ。
余分な荷物など持ちたくはないものだ。
初めの頃は無理して自分の荷物は自分で持っていたものだが、何時の日であったものか、あざ丸が彼の住まう空間の中から話しかけてくれたのだ。
「宗像様。
大切な任務が待っておるのです。
余分な体力はお使いになりませんように。
主人と共にある時は、我はあなたのクローゼットを務めさせていただきますゆえ。
どうぞ、お気兼ねなくお申し付けくだされ」
そこまで馬鹿丁寧に言われては、遠慮するのも失礼だ。
それ以来、どんなに大切な荷物もあざ丸に預けるようにしている。
事件の証拠物件でさえも。
いつも献身的で、宗像のような人間にもよく気を使ってくれる、あの三振りの剣には宗像なりに出来得る限りの敬意を示しているのだ。
それは宗像が、彼らや彼らの敬愛する主人に対して絶大なる敬意を表してくれるからに他ならないのだが。
人は相手の心を映す鏡、霊剣もまたそうなのであった。
「ここから湖までは15キロはあるだろう。
山崎、レンタカーを一台頼む」
「わかりました」
すかさず、レンタカー窓口を検索して駆けて行く山崎。
眷族化しているうちは元気があり余っているのだ。
ほどなく借りてきたのは、なんと最新型の国産最上級車レクサスLSであった。
レンタカー屋では、最近出たばかりの新型とその前の旧型があり、新型は旧型よりもかなり高額な料金だ。
だが、その旧型も米国では非常に高い評価を得ていたのである。
初代の一代目と同様に、モデルチェンジを果たしたそれも同様であった。
新型はそれに更に磨きをかけたものであった。
レンタカーの超高額な費用はそれを如実に反映している。
「また、お前は高いのを借りてきたな。
それ、ほぼ日本の最高級車だぞ?
よく車が空いていたもんだな」
この手の高い車ほど、空いていない事が多いのが世の常だった。
特にこの新型は人気が高い。
ビジネスなどにも非常に活用できる代物なのだ。
会社の命運をかけて、金に糸目をつけずに借りていかれるのだろう。
最近はベンツなどより、日本の金持ちはレクサスを選ぶ。
「お疲れの警視長と『わが主』には最高の車に乗っていただかねば!」
うんうんと頷く麗鹿。
ご主人様だけでなく、『敬愛する上司』にも最高の車に乗っていただきたかったようだ。
まあ、支払いは日本政府なのだ。
税金から出されたお金なので、いくら金に糸目はつけないと言われようが気にはなるのだが、正直、高級車と部下の気遣いはありがたかった。
宗像修二47歳。
もうかなりボロボロであった。
帰還への道はまだ遥かに遠い。
体力を計算に入れれば、遥かなるイスカンダル星よりも遠いかもしれない。
大人しく、広々としたリヤシートに収まった宗像と麗鹿を乗せて、山崎は滑るように車を発進させていった。
とても、その大きな車を発進させているとは思えないほど静かにエンジンは動力を供給している。
素晴らしい静寂さ。
それと心地よく体を包んでくれるよくできたシートの感触に、宗像も思わず時を忘れた。
そして、麗鹿が言った。
「世の中は色々進歩しておるが、『車』という奴は素晴らしい進歩を見せるものじゃな。
飛行船・飛行機・蒸気機関車。色々な乗り物に乗って来たが、この車もなかなかのものじゃぞ」
車というものは馬車なども含めていつの時代から現われたものなんだろうな、と横に座っている女を見ながら思わず思ってしまう宗像であった。




