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3-17 限界突破

 散々遊んであげて、水掻きの付いた可愛い手を振ってくれる河童の子に手を振り返し、艶々とした表情の麗鹿は同行者を促がした。


 久し振りに子供といっぱい遊べて嬉しかったようだ。


 狂歌など子供なのは見かけだけなので、あれは子供のうちには入らない!

 そんなに可愛いものではないのだし。


「山崎、夕餉のチェックは怠りないだろうな!」

「ははっ、鈴鹿様ー!」


 やや犬歯を剥き出し加減に、やや狂信的な笑顔と怪しげな光を湛えた瞳をぎらつかせた山崎が『憑き従い』、案内していく。


 その後から、些かゲンナリとした様子の宗像がついていく。


 眷族化で元気いっぱいの山崎に散々引き回されて、もうグロッキーな宗像であった。


 ただでさえ、若さの前にはついていけないのであるが、それが鬼の眷族化し駆け回るのだから堪ったものではない。


 今度からリードを用意しておくかと思ってしまった宗像であった。

 さすがに、それは絵面的にマズイのであるが。


「結局、手掛かりはなかった」


 がっくりとして、足を引き摺りながら歩く宗像が呟く。


「最初から、そう言ったであろうが。

 それでもやらねばならんのが、お前達なのであろう?」


「いや、そうなんだけどね」


 だから、救いようもなかったりするのだが。

 時々、出世なんかするんじゃなかったと思う事がある宗像であった。


「まあまあ。

 今日の晩飯は、とびっきりじゃ。

 のう山崎!」


「ははっ!」


 喜色満面の鈴鹿と山崎。


(お前らっていうものは、本当に幸せ者だよ)


 そんな事を思いながら、重い足取りで二人の後をついていく宗像であった。


 だが、その夜の宗像は弾けた。

 弾けまくった。


 スナックで、カラオケパブで。


 鈴鹿の後に言われるままについていき、その何かが振り切れてハイになってしまった上司の背を押しているのは、同じく眷族化全開中でドカンと吹き抜けている山崎だ。


 宗像は、ネクタイを頭に巻いて熱唱の嵐。

 弾けまくって、すべてのストレスと抑圧する物に対して大爆発だった。


 これだから、お堅い奴というのは困る。



 翌朝、彼が目を覚ましたのは、午前十時であった。


 しばらく惚けていた宗像は、やがて時間の経過と共に事態を把握し、その顔色は青いのを通り越して、徐々に紫色にと変わっていったが、同時に冷静にもなっていった。


『首相官邸内・危機管理対策室』への提出書類の未提出。

 日本政府から直々の御指名であったものを。


 しばらくの間、手をわきわきさせて少し逡巡していたが、仕方が無いので上司である警視総監に電話してみた。


 死刑執行台に上るような気持ちで。


 今まで彼が獄門台に送り、実際にそれに上った奴らの気持ちが、多少はわかったような気持ちがした。


 それはちょっと考えすぎなのだが。


 そこまでの罪というなら、彼にそれを命じた奴らには、もっと大きな罪を背負わさねばならない。

 そこまで過重労働であった。


 だが、そこで電話に出てくれた声は冷静で優しく、むしろ部下の心情を慮る様な響きがあった。


「あー、宗像君。ご苦労様だ。

 そのう、あまり無理をせんようにな。


 あの、報告書についてはそう気にせんでいい。

 実は、山崎君が麗鹿君と報告書を作ってくれてな。


 その、彼女が総理大臣に直電して、『今回の報告書は、特別にわしと眷族で書いてやったから、ありがたく思え』と説明があってな」


 それを耳にして世界最高に絶句する宗像。

 まさか、あの連中に世紀の不始末の尻拭いをしてもらおうなどとは!


 今、この場で身投げをしたいような気持ちだった。

 だが電話からは引き続き、宗像を慮る優しい声が流れてくる。


「そのう、色々と済まないな、修二。

 だが、これもお役目だ。


 いつか教えたな。

 警察官たる者は、全てにおいて規範たれ、全ての民を守る盾となれと。


 だが、もうどうしようもない時は、それはもうどうしようもないのだとも」


 それは、もう一介の警察官僚にはなんともどうしようもない事件で、目を腫らしてそのくだんの上司、今の警視総監が赤提灯で部下の宗像修二に語ったことだった。


 部下がもう限界を越えかかっているのを承知で、あの呑んだくれ鬼のお供につけたのだ。

 どこかで逝ってしまうような予感は諮らずともあったのだ。


 それを想定しての、山崎連続投入はどうやら当たったようだった。

 警視総監たる者は、伊達に年の功ではない。


「も、申し訳ありません。是清さん」


 いつも、プライベートな時にはそう呼ぶ習慣が思わず出てしまった宗像。


 いつも官僚の慣わしで縄張り争いのような物の絶えない世界だが、この律儀で頑固で融通の利かない宗像修二という男だけは、警視総監・柳里是清に無条件で味方についてくれた。


 どちらかといえば、出世してもそこで冷や飯食いになりがちなタイプ。

 ふと慈しみの笑みが沸くのを、柳里是清は抑えられなかった。


「何、構うな。

 一人で仕事をしているんじゃないんだから大丈夫だ。

 お疲れのところ済まないが、今日も頼んだよ、修二」


「は、はい。はい」


 男宗像、男泣きであった。

 だが。


 ドンドンドンとドアを叩く音がする。

 その主は聞かずとも判る。


「宗像ーっ。出て来いっ。

 チェックアウトの時間だよー。


 今日も元気に行くぜーっ。

 さあ、次はどんなご馳走がこの麗鹿様を待っているのかなあ。


 今、山崎に餃子弁当とビール買いに走らせているからさあ」


 はあっと溜め息を吐きながらも、行かないわけにはいかないのだ。

 気を取り直して、ベッドから立ち上がると返事をする。


「わかった。もうちょっと待て。

 今仕度をする。

 廊下で騒ぐんじゃない」


 いつもなら、とっくに出立の準備を整えてダンディな姿を見せ付けている時間なのであるが。

 出来たらシャワーくらい浴びたいよなと思いつつ、身支度を整える宗像であった。


 最大の危機を救ってくれた部下と、そこの騒々しい人外に、精一杯の感謝を込めながら。


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