3-12 帰京
駅の売店で、熱心に土産や弁当を次々に物色していく麗鹿。
あの愛乃狂歌にも買っていってやろうと思っているのだ。
自分の娘と似たような少女の容姿を持つ妖し。
親戚に近いような鬼族であるのも、それに加えて親近感が湧いた。
はっきり言って聡明な自分の娘とは異なり、かなりの大馬鹿者ではあるのだが、それもまた一興だ。
退屈なだけの奴よりは、ずっとよい。
人を愛し、人に仇なす者には容赦しない気構えの、あの自分にも似た姿勢には思わず頬も緩む。
少々アレなところには目を瞑ろうと思っている。
帰りの新幹線では、また車中宴会だ。
弁当の仕入先は改札内の有名弁当を狙う。
蛸壷っぽい容器が麗鹿の古風な感性を直撃した蛸弁当。
大阪で有名な焼売に、止めはタコヤキと蛸飯のコンボだ。
人気の弁当を狙ったら、ほぼ蛸尽くしになってしまった。
あと超人気の、新大阪駅でランキング1位の幕の内もゲットできた。
ビールはしこたま買い込んで、あざ丸の空間収納に預けてある。
かなり多いが、これは鬼ならばどうという事はない量だ。
大阪から東京までなら3時間はかかる。
ゆっくり楽しむのだろう。
麗鹿のお相手は山崎に任せて、宗像は一人掛けシートで報告書の続きを書き始める。
ノートパソコンのバッテリーは満タンだ。
東京についたらすぐに提出できるように。
さすがに勤務時間である山崎には禁酒を申し付けてある。
土日出勤で代休を与える山崎なのだが、色々申請が要るので月曜の今日は出勤だ。
宗像は偉い人間なので、土日などただの休日返上だ。
それでも休みの日でよかったと思う宗像。
これが平日に留守にしていたのだと、地下室の方ではない上階の方の案件で仕事が溜まる。
平日に地方出張などできはしないのだ。
弁当をたらふく食べてご機嫌な麗鹿の手を引き警視庁へと戻る。
そのまま警視総監の下に急ぐと、帰還の挨拶をする。
「只今、戻りました」
「ああ、御苦労だった」
USBにまとめられた資料を手渡す宗像に、警視総監・柳里是清は、少し躊躇うような感じで声をかけた。
「あー、出張はどうだったかね。
楽しんできたか」
「御戯れを。
残念ながら決定的な結果は出せませんでしたが、そう実害があるケースではありませんので。
事態はそのうちに収束すると思われます。
麗鹿は楽しんでいましたよ。
若い山崎を連れていってよかったですわ。
一人であいつに付き合うのは一難儀でして」
「あ、ああ、うん。
御苦労だったね」
いつもと違い、妙に歯切れの悪い警視総監。
不審に思った宗像が問い質す。
「どうかなさいましたか?」
「ああ、その。
うーん、非常に言い辛いのだがね。
西の騒ぎは収まったようなのだが、その……今度は東日本で河童が、その、な」
「な、なんですって? そ、それで?」
突然、猛烈に嫌な予感に苛まれる宗像。
「そのなあ、帰ってきたばかりで本当にすまないが、今度は東日本に出張してほしいのだが」
「え、ええっ」
頭の中で、何か激しく鐘を鳴らしたような音が聞こえたのは、気のせいだったか。
プツっと血管が切れた音とかは骨伝導で伝わるという説がある。
まあ、今回のはただの幻聴のようだったが。
「あのー」
「わかっとる、わかっとる。
君の仕事がたまっとるくらいの事は。
だが、内閣官房の方ではどうしても原因を早期に究明してほしいと。
君が随時送ってくれた報告書から、『もしこれが何かの異変の前兆であった場合に、早急に対応できるように、大至急調査せよ』との通達があったそうだ。
今朝、警察庁の方から連絡があった」
がっくりと頭垂れる宗像。
それでは、拒否はできない。
本来なら、もう山崎にでも任せてしまいたいくらいなのだが、それができるくらいなら警視総監もこんな言い方はしない。
「河童自体は日本政府も、さほど重要視はしておらん。
だが、それが何かを齎すような危険な前兆でないと誰に言えよう。
想定外は許されない。
この国では、いつも言われていることだ」
「御説、ごもっともです……」
だが、そこで宗像とは逆の反応を示す者もいた。
「やったー、今度は東日本かー。
ラッキー!」
両手をそれぞれ二十五度の角度に開いて突き上げて、掌も指も伸ばして広げ、その満面の笑顔と共に全身で露骨に喜びを表している麗鹿。
その横で、警視総監の前である手前、ピシっとしている山崎も顔は緩んでいる。
その様子を見て、ゲンナリする宗像と、ホッとしたような様子の警視総監。
「ふう、闇斬り様はやる気充分でよかったようだ。
山崎」
「はっ」
「若い君が頑張ってくれ。
本当なら宗像君は免除してやりたいのだが、そうもいかん。
政府は、対妖魔捜査室責任者である宗像君の報告書を要求している。
今回は、君が充分以上にサポートしてくれたまえ。
代休はあとで纏めて取ってよろしい。
申し訳ないから、もう一日特別休暇をくっつけて丸一週間休暇をあげよう。
その間は宿直なども無しでいい。
大変すまないが、今回は続けて頑張ってくれ」
「はーっ!」
組織トップ直々の、特別休暇のおまけ付きの薫陶に山崎も張り切った。
何しろ、前回の任務のような命がけの囮任務ではない。
役得がいっぱい付いた美味しい出張なのだ。
大好きな麗鹿の御伴なのだし。
危ういところを拾ってくれた宗像を手伝う仕事のも大歓迎だ。
正直、早く終わってしまったのが残念でたまらなかったくらいなのだ。
気合の入った敬礼で返答をしてくれる部下を、目を細めて見た警視総監は、幾分か慈しみの表情も混ぜながら宗像を労わった。
「すまないが頼んだよ。
ああ、これ今回の軍資金だ。
不足なら、連絡してくれれば出張先の警察署で受け取れるようにしよう。
これは日本政府からきた肝煎りの調査なのだ。
しっかり頑張ってくれ。
高級ホテルで豪華なディナーやスパとか頼んでも構わないよ」
警察としては非常に大盤振る舞いな措置であったが、それくらいしてやらないと割に合わないというか、宗像が持つまいと警視総監も思っているようだった。




