3-11 終焉
「それで、これからどうする?」
どうする、と訊かれても少し言葉に窮する宗像。
周りを見回してみても、お堀が静かに水面を湛えているだけだ。
稀に、ここを棲家とする水中の住人達が波紋を放つだけであった。
ここにもアリゲーターガーくらいいても、ちっともおかしくはないだろう。
「どうするって言われてもなあ。
もう、あいつらは行ってしまったのだろう?」
「ああ。
とりあえずわかったのは、何かの河童の大規模な集会がある事。
環境会議とやらだな。
そして、ここの奴らがバタバタしておったのは身勝手な河童の爺さんのせいで、その会場が変更になったのだと。
爺さんって、河童の長老か何かか?」
確かに、以前と比べれば話が進んだといえない事もないのだが。
まったく何もわかっていないのと同じことである。
「そのせいで、何やら目撃例が増えたという事か。
すると、会議が終了して河童どもが落ち着けば、この事態も収まるとみてもいいのか」
「まあ、そうなるだろうな。
多分、河童の連中も気忙しくしていたから、少しあれやこれや疎かになって、『視える』人間に見つかってしまったのだろう。
彼ら『視える者』も普段はその能力に気がついてはいないのだろうが。
元々、人に危害が加わる事態ではないからな。
とりあえず報告書には、そう書いておけ」
溜め息と共に言葉を押し出す宗像。
観光地、大阪城の楽しげに響く喧騒も脳を素通りしていく。
「奴らがどこに行ってしまったのか、わからぬのだしな。
あの道頓堀の河童に、もう一度尋ねてみるのはどうだろう」
「訊くだけ無駄だ。
捻くれ者のようだし、あんな川に棲んでおる変わり者というか、世捨て人、いや世捨て河童よ。
詳しい話など碌に知るまい。
殊に、話が変更になっておるようだからな」
そう言いながら、麗鹿の強力な鬼の目の視力は遮る木々の隙間を縫って、広場の向こう約五百メートル先のフードコートの入った建物を射抜いていた。
もう、さっき目をつけておいたのだ。
タコヤキの匂いも濃厚に漂っていたのだし。
そんな麗鹿の様子を見て、宗像も諦めたようだった。
「そうか。
じゃあ、タコヤキでも食いに行くか」
それを聞いて、大阪城公園を照らす太陽のような笑みを浮かべ、先頭に立って歩き出す麗鹿。
「山崎、ついてまいれ!」
「はいはい。最初はやっぱりタコヤキですよねー。
二軒あるんですよ、ここ」
「むろん、梯子するのじゃ!」
「ですよね~」
お気楽な二人組の後をついていきながら、頭を振る宗像。
まあ少なくとも、今この大阪城公園に罪も無い市民を虐殺しようとする妖魔がいるわけではないのだから。
そして、フードコートに突撃していく、かつては『鈴鹿御前』と呼ばれた鬼。
タコヤキ二軒、お好み焼きとビールを制覇した。
そしていかにも大阪的な粉物三昧の挙句に、和食に和スイーツを極めて、締めはクレープときた。
もちろん、宗像は途中でギブアップして外で待っていたのだ。
若い頃ならば付き合ったのだが、とてもじゃないが、あの大食漢の鬼にはついていけない。
夜はまた焼肉に行く予定なのだから。
それでもいかに高級とはいえ、焼肉を食わせておいて、闇斬りのご機嫌を取れるというのであれば安いものなのであった。
今の妖魔対策室の仕事を兼任するようになって、かなり胃腸薬の御世話になっている宗像であった。
それでも外国の闇斬り担当者から見たら羨ましい限りの話だ。
彼らの中にはストレスで大病を患い、早死にする者さえいるのだから。
そして、夜は鶴橋の焼肉街へお出掛けだ。
鬼といえば酒と肉、そして女と相場は決まっている。
生憎な事に麗鹿は女なので、女関係の接待は無用だ。
宗像にとってはホッとする状況なのだ。
この上、鬼に女の世話などといったら、とんでもない気苦労がある。
それに自分も付き合わなくてはならなくなる。
役得どころか、仕事でのお付き合いなんて疲れるだけなのだから。
麗鹿は鬼の嗅覚をフルに発揮して、少し奥まった場所にある一番美味そうな匂いを放つ店を選んだ。
甘い肉の脂が胃の腑をぎゅっと掴む。
ただ、そこは一番高い店でもあったので、金に糸目をつけない人間ならの限定条件で、それに準じる探索能力を発揮できるだろう。
じゃんじゃんと上等の肉を持ってこさせ、常人の3倍くらいのスピードで次々と平らげていく麗鹿。
食うのに付き合う役は山崎に任せて、宗像は肉を焼く係に徹している。
たまに少しの肉と野菜を口にするのみだ。
昼もたらふく食ったのだ。
麗鹿の食いっぷりは、見ているだけで胸焼けがする。
「なんだ、宗像。
食が細いな。
若いくせに、だらしがないぞ」
「だから、もう若くはないというのに。
お前を基準にするな。
山崎、思いっきり食っておけよ。
お前の給料じゃこんな物はそうそう食えないからな」
大ジョッキ片手に、肉を口いっぱいに頬張って嬉しそうに頷く山崎。
麗鹿など、既に大ジョッキで6杯目だった。
うわばみ、いや大酒飲みの鬼である。
「それにしても、これで一旦河童の探索はお終いか」
むしろ、ありがたいといった感じで呟くような感じの宗像。
年齢なりに疲れが滲み出る。
これが通常の警察の仕事なら、何があろうと弱音などけして吐かぬのだが。
鬼と呼ばれたほどの警視長が胡瓜の領収書を握り締めて、河童の探索をしないといけないのだ。
宗像でなくても泣けてこよう。
「まあ日本全国、そう無闇に回るわけにもいくまいよ。
わたしとしては残念な事だがな」
「そうなんだがな」
あまり成果に欠ける報告書になりそうな按配であったので、少し芳しくない顔付きで言葉を返す。
まあ人死にが出るような事件でもない。
全国の警察署には、これが一時的な物であると伝えておけば我慢もしてくれるだろう。
そう思い、宗像も忸怩たる思いを、黄金のビールと白波の泡で洗い流すのであった。




