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1-3 極楽鳥

 部屋に帰り、パソコンの前に陣取る麗歌。


 昔は、こんな機械など無かった。

 操作に慣れるまでに随分とかかったものだ。


 まあ、少しずつ色んな文明の利器とやらに慣れてきたので今更だが。


 最近の、短期間で進む著しい技術の進歩には眼を回しそうな勢いだが、それでも携帯電話の出現は非常に便利な事だと思っている。


 だがマナーも携帯してもらいたいものだとも、常に思っている。


 通路を塞いで大声で喋っているゴミのような若者達を見る度に、アイアンクローを馳走するなり、あるいは首を締上げてやりたい衝動を抑えるのに一苦労する。


 つまらない揉め事は避けたい。

 彼女とて、闇に生きる羅刹の分類に入るのであるから。


 人を狩る身の上ならば、いざ知らず。


 彼女は遥か以前より、人の価値観により決まる勧善懲悪の世界観の中で生きてきたのだから。


 その生き方を選んできたのだ。

 愛する相方と共に。


「さて、検索、検索。

 キーワードは、怪鳥目撃・大きな鳥・怪物目撃・妖怪目撃・化け物目撃エトセトラ、エトセトラ」


「鈴鹿」


 誰もいないはずの事務所に声がした。

 くぐもったような声の男性だ。


 若いとも年寄りとも似つかぬ、いや人間なのかどうかも定かではない、そんな正体不明の年齢不詳な声。


「ああ、愛しい人よ。

 どうした?

 こんな時に、あんたの方から声をかけてくるなんて珍しいじゃないか」


「ああ、あれの話で盛り上がっているようだったのでな」


 その、おそらくは麗鹿と同じく人ではなさそうな声の主には、何か襲撃者の心当たりがあるようだった。


「あれ、だと? 何か知っている情報でもあるのかい」


「ああ、おそらくは極楽鳥の仕業よ」


「極楽鳥?

 ああ、確か、もの凄く綺麗な鳥だったよね」


 麗鹿は、ネットで見かけた美しい鳥の姿を思い浮かべた。


「その動物の極楽鳥ではない。

 女の怨念を受けて同一化し、現世へ出現する凶鳥よ。

 あれは魂を食らう者。


 そいつに取り憑かれた死霊の魂に、更に怨念を膨れ上がらせ、凶行に走らせて、最後に来る後悔・悔悟・懺悔・慚愧、その魂が悔いる悲しみを食らう。


 性質の悪さは天下一品、極楽鳥とは名ばかりの、とびきりの極悪鳥よ」



「うわっ、嫌だな。そういう陰湿な相手って」


 露骨に顔を顰める麗歌。


 鬼というものは、どちらかといえばサバサバとしたものなのだ。

 悪鬼羅刹などと言われるが、元は人であったものも多い。


 悪行により鬼道に落ちても、人と同じで情に動き、また改心したりもする。


 他の、人由来ではない真の魔、羅刹などとは一線を画する魔なのであった。

 だから、こうして人に協力したりもする事がある。



「あれは手強いぞ。

 闘うとなれば、相手は極楽鳥本体ではなく、怨念と悲しみに取り付かれた人間だ。


 魂と成り果てても、それを忘れられずに悲憤のままに妖魔化したものだからな。

 しかも寄り代として、奴らは鳥妖魔の強力な上位種であるガルーダをよく使う。


 どうも、あの爪跡はそれくさいな。

 怨念の強さによっては、ガルーダとは思えぬほどの力も発揮するやもしれん。


 しかも本体である人の怨念をベースとするせいか、極力霊体に近いため自由に姿を消したり現われたりするから、すこぶる面倒な相手だ」



「めんどくさっ!

 でもやらないと、やっぱりマズイのかねえ」


「この人の世で、これからも人を友として生きるつもりであるならばな。

 時の為政者達と約定は結んだのであるからして。

 我も力を貸す。

 臆するな、鈴鹿」


 それを聞いて、顔を紅潮させ、綻ばせた麗歌。

 いや、鈴鹿。


「その名は、お前様だけに呼ばれたいものだねえ。

 愛しき人よ」


 そして、外では絶対に見せなかった、うっとりとした表情をして片肘で頬杖をつき、その珠玉の時間の甘さに酔いしれるのであった。




 そんな頃、音も無く夜闇に跳梁する妖しい影があった。


 夕闇は既に漆黒の夜のステージへと代わり、雲一つ無い、それでいて新月の月明かりも無い夜。


 だが平日であるにも関わらず、街のざわめきは今から増していくばかりなのであった。


 東京といっても都心を外れれば、そこまでの喧騒は無い。


 ここは三鷹市。

 比較的、警察署からも近い場所で、裏通りとはいえ治安は悪くない。


 西城清司は、会社帰りにコンビニに寄って今夜のツマミとビール、週間漫画雑誌の入った袋を手に提げて歩いていた。


 暗いとはいえ、街頭の明かりは最低限の安心感となって彼を照らす。


「ふふ、このまま異世界へと旅立ったりしたら面白いんだろうけどな。

 そんなアニメみたいな凄い事は、俺なんかには一生起こらないんだろうけどな」


 そんな事を呟き、鼻歌を歌いながら歩いている、ただの馬鹿者であった。

 彼の本棚に並べられた所蔵品のタイトルが眼に浮かぶようだ。


 だがその時、彼は決して聞いてはいけない音を聞いてしまった。


 羽音? それは僅かな、あまりにも微かな物で、本来であれば決して人には聞こえぬ類の物のはずであった。


 だが聞いてしまった。

 何気なく振り向いた彼は、凄まじい悲鳴を上げた。


 女の悲鳴は2キロ先まで聞こえるとはよく言われるのだが、男の悲鳴もなかなか良い絹の裂きっぷりであった。


 取り落とした袋が地面に落ちて、中から零れ落ちたビール缶が大きめの音を立てて、アスファルトの上を転がった。


 そこにいたのは、怪物。

 まさに怪物。


 ギリシア神話か、インド神話か。

 おそらくはそのあたりの住人であろう者、いや物。


 翼を広げたその禍々しい全長は、おおよそ八メートルといったところか。

 見ようによっては、梟の怪物といってもいいかもしれない。


 広げられた翼からは、つい、あのフォルムをイメージしてしまう。


 だが、その姿は可愛い梟などには似ても似つかない、まさに禍々しい怪物であった。


 人工の冠のようにも見える豪奢な鶏冠のような造形の頭部、そのあまりにも大きな鍵爪のような凶悪な爪を持つ巨大猛禽類の足。


 これまた凶悪な嘴を供えた鳥の顔。

 怪物的な異様な顔。


 だが、それは何故か人の顔であるかのようにも見えた。

 人には似ても似つかぬ妖魔の顔であったのだが。


 そして、何よりも醜悪なのは、鍵爪付きのまるで人間のような手と、女性のようなフォルムの体躯。


 膨らんだ二つの胸の隆起が、それがある事により、なお禍々しいと思わせる因果。

 素面で出会うには、さすがに強烈過ぎる相手であった。


 妖物が放つ、精神が腐るかのような瘴気が強風のように吹きつけ、獲物の心の自由を奪う。


「あ、あ、あ、あ、ああ」


 失語症にかかったみたいに言葉が出てこない。

 ただ呻くことしかできず、がたがた震えて、その場を動けない。


 かといって、蛇に睨まれた蛙のようには大人しくできない。


 愕然として恐怖に歪んだ顔が震えて、その眼は見開いたまま目の前の非現実的な存在から離せない。


 大量の涙が溢れて止まらず、同じく鼻水と涎がそれに追従した。


 そしてズボンのポケットに伸ばした手が濡れて、はたと気がついた。

 自分が激しく失禁していて、物凄い湯気に包まれていた事に。


 そして、動かない足に代わり活躍した手は、かろうじて脳の命令どおりに仕事を果たし、ある物を取り出した。


 自分が何故そんな事をしたのか、きっと彼にもわからない。


 だが、本能的な物であったのだろう。

 慣れた手付きで、震えて取り落としそうになりながらも、その操作を終えた。


 それは愛用のスマホ、そしてその電子機器を動画モードで顔の前に翳し、それを撮影していた。


 地震体験車で揺られるかの如く激しく震え、『その瞬間』を待ちながら。


 しばらく、悠久とも言える、しかし実際には至極僅かな時の間、一人と一つはそうして見詰め合っていた。


 そして、その妖しげな目が街灯の明かりに光ったかと思った次の瞬間、風が舞い降りてきた。

 死の猛風が。


 悲鳴一つ上げる事もできずに、一つの命の蠟燭が吹き消えた。

 世界一、治安がいい大都市と言われるこの東京で。


 せめて彼が望みどおり、異世界への転生を果たした事を祈るばかりだ。


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