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3-2 胡瓜の山

「というわけで、とりあえず手近な奴を捕まえて話を聞いた限りでは、そんな事を言っていたのだが、本当に河童が出まくっているのか?」


「あ、ああ。

 派出所からの『調書』が、全国の派出所から数百枚も上がってきてな。

 警察庁も警視庁も、みんな頭を抱えているよ」


「そりゃあまた」


 麗鹿も呆れたように頭を振った。

 何かの動きはあるのだろう。

 どの道、もう少し調べてみる必要はありそうだ。


 そこへ、山崎が帰ってきた。

 電話でお使いに出しておいたのだ。


「あ、麗鹿さん。

 これ、頼まれていたもの。

 警視長、これ領収書です」


「ああ、御疲れ。

 まあ、それくらいありゃあ当面足りるだろう」


 山崎がどさっと置いたスーパーのビニール袋二つ。

 その領収書を見て、やや複雑な表情の宗像。


 今まで長い事、警視庁勤めをしていて、こんな物の領収証を部下から受け取った事は一度もない。


「生鮮野菜」、しかも全部鮮やかな緑色をした細長い奴だ。


「じゃあ、次の聞き込みはそこの桜田壕の顔見知りの奴からだな。

 それから次は、どこに行くかなあ」


 やや困惑しつつも、その胡瓜の山を『空間』に仕舞いこむと麗鹿も立ち上がった。


 この空間収納は、眷属であるあざ丸の能力だ。

 便利なので重宝している。


 紅丸のような鈴鹿の力で生み出す完全な霊装は仕舞っておく必要はないが、羽衣や神剣・鳴鈴や眷属剣などの実体を持つ霊装はそこに仕舞われている。


 その中にいても彼らとは話はできるし、中からその能力を発揮する事も可能だ。


 だから、鳴鈴を装備していない麗鹿の状態でも、鳴鈴の鈴は鳴る。


 いつものように地下鉄4番出口に向かい、そのまま歩道を行って横断歩道を二つ渡り、地下鉄3番出口の横を通って桜田門へと通じる橋を行く。


 ふっと端の右側に目をやると、さっきの河童が胡瓜を食べ終わったのか、満足そうに水面に揺られている。


 とはいうものの、麗鹿が懐に持った胡瓜の存在を知っていたら、きっと大声で招いたことだろう。


 河童というのは、そういう暢気でちゃっかりした連中なのだ。

 結構、聞き取り調査も大変なのである。


「おおい」


 そう言って手を振る、カラスのように真っ黒な黒装束の麗鹿を、通りすがりの上品そうな老婦人が不思議そうな顔で見ながら歩いていった。


 しかし、河童はいつものように手を振り返すばかりだ。


 そういや彼とは、そういう関係だったなと思いつつ、あたりをチラチラ見ながらヒラリっと舞い降りた。


 門の警備の警官が不信に思ったかもしれないが、上に報告すれば納得の行く返事が返ってくるだろう。


 闇斬り鈴鹿のスタイルは、もう知れ渡っている。


 無論、素早く羽衣は羽織っているのだが。

 今度は、お遊びでアニメのような三点着地を決めてみた。


 河童は少し驚いたようであったが、こっちに来てはくれないので、波紋一つ立てずに滑るように水面に立ったまま法力で河童の如くにすーっと水面を移動する。


「やあ、初めまして」


「あはは。

 お顔はいつも拝見してますが。

 さっきは、あいつのところにも行っていましたな」


 そう言って、彼は橋の向こうの凱旋濠の方向を指差す。


「あんた、目聡いな。

 ああ、あれは暢気な奴だったな。

 それで、お前さんに少し聞きたい事があるのだが」


「ほう、わたしにですか。

 いったい何でしょう、美しい鬼のお姉さん」


 はっきりとお世辞とわかる口調だが、それでも女性としては嬉しいものだ。


 それに美しいのは確かなのだから。

 こっちの河童は、先ほどのボンクラとは違って如才が無いタイプのようだった。


「あ、これお近づきの印にどうぞ」


 そう言って麗鹿は10本ほど胡瓜を差し出した。


 彼は寝そべってなどおらず、麗鹿のように水面上に座り込んでおり、さっきの奴よりは遥かに上品な所作で受け取った。


 麗鹿も同様に水面に胡坐をかき、話を切り出した。


「実は最近、河童が全国に現われるという話がありまして。

 調査の依頼を受けたんですがねえ。

 特に何かその事について、耳にした事はありませんか」


「河童が。

 いや、特に聞いた事がないな。

 どんなところに出るんです?」


 このへんの河童の耳には入っていないのか。


「いや、そこまでは聞いていないのですが。

 あまり都会の河童じゃないって事なんですかね」


「そうかもしれない。

 そこの墨田川か荒川あたりで訊いてみて、駄目だったら地方へ行った方がいいかもしれんねえ」


「そうですか。お手数かけました」


「いえいえ、こちらこそいい胡瓜なんか頂いちゃって。

 美人の鬼のお姉さんとお近づきになれて嬉しいですよ」


 妖しから、そんな風に言ってもらえると、ちょっと嬉しい麗鹿なのであった。


 同じ鬼でも話の通じない奴など、この世界に五万といやがるのだから。

 しかも、彼はこの警視庁の目の前のご近所の住人だ。


「ではまた。

 何かあった時には声かけさせてください」


「はいはい、いつでもどうぞ~」


 そして、彼に一礼するとトンっと水面を蹴り、静かな皇居のお堀の水面を髪一筋も乱す事なく橋上まで飛び上がるのであった。


「ふう。

 人間、いや河童のよく出来た方だったな」


 とりあえず、向かうは隅田川。


 桜田門駅の3番出口から優艶な所作で階段を降りていき、東京メトロ有楽町線に乗ると新富町駅で降り、一番近い6番出口から外へ出て、隅田川を目指した。


 今日は気分で、空間収納から自転車を出した。

 愛用の、これまた真っ黒な27インチ外装六段変則で駆けた。


 麗鹿が本気なら、そのへんのとろい車など簡単にぶっちぎれるが、ベアリングやブレーキがまるで命乞いのような悲鳴を上げることだろう。


 海浜公園の道路を下っていくと、勝鬨橋のところで終わってしまった。


 ここは自転車で走っていいのかどうかよくわからないが、まあ人はいないので、そのまま、また上っていく。


 すぐに道が終わってしまって、橋が渡り辛いので、羽衣を被って自転車のまま隅田川の水面を走って横断した。


 これは一種の法力なのだが、麗鹿はもっぱら便利な生活術として用いることが多い。


 妖魔の相手をする時は、もっぱら腕力や眷族などに頼った力技だ。


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