3-1 河童
今日も警視庁に呼び出されている麗鹿。
「やあ、今日はまた何かあるのかい?」
「ふむ。その前にちょっと聞かせてくれないか。
世の中には河童っていうものは本当にいるものなのかい?」
やや、躊躇いがちに訊く宗像。
これを、もし人間に質問してしまったら、しばらくネタにされて馬鹿にされそうな内容だからだ。
「え、そりゃあ普通にいるけど、それが何か」
「い、いるのか。
しかも普通にだと」
河童のお仲間とも言える妖しに、あっさりとその存在を肯定され、何か、がっかりしているような按配だ。
もしかして否定してほしかったのだろうか。
「河童がいちゃあ駄目なのかい?」
「ああいや、いたって別にいいんだけどな。
まあ、その河童が今回の議題なんだ」
「またなんで」
「今、日本各地で河童が出現するという珍事が起きているんだ。
昔から見間違いや悪戯も多いからな。
ミイラなんか作っている人も結構いたし。
それで訊いてみたんだがね」
「へー、どうせだからさ、あちこち視察にいこうよ。
出張でさあ。
美味い物があるところがいいな!
もちろん酒もね」
「おい! こっちは公僕なんだぞ。
そんな事ができるか」
なんだよケチ~、とかぶつぶつ言っている麗鹿。
だが、気を取り直して訊いてみた。
「それで、その河童さんが何か悪さでも?」
「いや、それが特にそういうわけでもないんだが。
やはり、妖物とかがうろうろしていると不安がる市民もいるしな」
「ま、それは確かにそうであるのには違いないな」
だが不思議だなと麗鹿も思う。
河童。
別に昔から、特に悪い事をする者ではない。
妖怪扱いはされているが、水の神様として崇められていたものだ。
尻子玉を抜くなんて言われているが、そんなものは言いがかりに過ぎない。
人の目やカメラなどには映らないが、鬼の目にはしっかりその姿は映る。
この桜田門から少し行った、皇居のお堀にも確かいたはず。
散歩していると、向こうにも鬼の気配がわかるらしくて手を振ってくれるし。
こっちも笑って手を振るのだが、何分お堀の中にいる奴なんで、わざわざ御喋りをしにお伺いした事はない。
ちょっとした池や防火水槽あたりにもいるんじゃないだろうか。
さすがに家庭のお風呂場にはいないと思う。
何故、今更急に人の目に姿を晒した?
わざと見せるとかでなければ、連中はそうそう人には見えないはずなのだが。
麗鹿が首を捻っているのを見て、思わず溜め息を吐く宗像であったが、一応は頼んでみる。
「よかったら、どこかの河童に話を聞いてきてもらえないか?」
自分で言っていても虚しいとか思っているんだろうな、と思いつつも了承する鈴鹿。
「じゃあ、ちょっと聞き込みに行ってくるよ。
とりあえず、近場の奴で」
その前に、御土産を仕込んでいかないといけない。
試しに、駄目元で合同庁舎のコンビニに見にいったら、それが置いてあってびっくりした。
胡瓜。
いやあ、来てみるものだな。
5本置いてあったので、全部買い占めた。
そこから百五十メートルほど歩いて、橋の上から凱旋濠を覗いたら、丁度水面に浮かんで仰向けにゆらゆらしている緑色の奴が一匹いた。
試しに呼んでみる。
「おーい、そこの河童」
だが、そいつは知らん顔をしている。
仕方が無いので、奴の傍に胡瓜をひょいっと一本投げ込んだ。
奴は驚いて胡瓜をキャッチすると、不精にそのままの仰向けの格好で胡瓜を齧りながら、すーっと水面を背中から滑って、こちらに寄ってきた。
「おや、人間の姉さん。
俺の姿が視えるのかい?」
「お前は、河童のくせにわたしが人間にしか見えないのか?」
警視庁の前にいる奴なんかは、もう少し感性鋭い感じなのだが。
そして、奴はじっと麗鹿を見て、そして笑い出した。
「なんだ、よく見たら鬼のお姉さんじゃないか。
いやあ、騙されちゃったなあ」
「暢気な奴だな。
そんなもの、一目でわからんのか」
「ふーん、あっしはどうせ一介の河童。
ここで楽しく、ぷかぷかできてさえいりゃあいいのさ。
胡瓜があればまた最高だね」
なんだか、あまり頼りになりそうにない奴だった。
河童族も人同様に、一匹一匹性格が異なるのであった。
「ちょっと、話を聞かせてもらいたいのだが」
「話?」
「ああ」
そう言ってもう一本胡瓜を投げた。
河童が一本目の残りを口に放り込み、すかさず二本目をキャッチしたのを見計らい、羽衣を着込んで姿を隠すと、ひらりっと橋から飛び降りた。
そして、優雅に水面に爪先立ちで降り立った。
両手で羽衣を掴むような感じで、河童の傍にしゃがみこむ。
それでも、水面に広がった羽衣が濡れてしまったりはしない。
「ひゅう、器用だねえ。
それに、さすがは鬼さんだな。
所作も婉麗典雅なもんだ」
「お褒めに預かって、どうも。
それで聞きたいというのは、最近、お前さん達はやたらと人に姿を見せているそうじゃないか。
何やら、人間の間で騒ぎになっているぞ」
そう言うと、おやまあとでも言いたそうに、その真ん丸な目を更に見開いた。
「そんな話が? 聞いた事が無いねえ。
いったい、どのあたりで?」
「それが全国に跨っているらしいのでな。
別に彼らが人間に何かをするというわけではないのだが、急にあちこちで姿が見られるというだけで騒ぎになるのさ。
人間に追い回される事になるかもしれんのだが」
しかし、河童はしきりに首を捻っている。
「まあ、追い回すといったって、姉さんみたいな人(鬼)なら別として、普通の人間にはわしらの姿は見えないわけなのだし。
まあ姿を見せたって、そういい事はないですがね。
ああ、もしかしたら胡瓜を貰えるかもだけれど、それも必ずしも貰えるっていうものでもないわけですしねえ」
「そうか。ありがとう。
あっちこっちで話を訊いてみるしかないかもしれんな」
そこの河童との話は切り上げる事にして、残りの胡瓜を渡して、手を降りながらお暇する事にした。
水面に波紋一つ残さずに橋の上に降り立ち、手を振る麗鹿に河童も、ぷかぷか浮きながら手を降り返す。
もう片方の手に胡瓜を三本握り締めて。まるで、甲羅を浮き輪代わりにプールでセレブにやる大金持ちのようだ。
なかなか河童生というのも優雅なものだ。




