2-3 鬼のお茶会
「やれやれ、一杯食ったぜ。
あの気配の主が、こんな小さな少女の外見とはな。
まあどうせ、見掛け通りの歳ではないのだろうが」
駅付属のカフェで少女とお茶会を開く。
そのカラスのように漆黒な美女と可愛らしい小学生の組み合わせは、若干店内の客の目を引いた。
これで麗鹿が男であれば通報物の案件であったろう。
親子にはちょっと見えない。
その可愛らしい少女は楽しそうに笑うと、パフェにスプーンを突き立て、その可愛らしい口元に白い甘味を寄せていった。
それだけで絵になるような美しい少女であった。
出来うるならば、もう少し大人っぽい格好をしてコーヒーでも啜っておれば、もっと似合ったかもしれない。
だが、その格好でも十分に人目を引くに値するようなオーラを放っていた。
やはり人外であるのだ。
麗鹿は、ふと自分の娘を思い出した。
見掛けの年頃は、目の前の娘と同じだ。
訳あって数十年前に外国へ渡っているのだ。
時折、里帰りで帰ってはくるのだが。
「ふふ。意外だったでしょう。
これだから、このスタイルはやめられないのよね」
「御主、何故わたしを知っておる」
「あらあら、鈴鹿御前・鈴鹿権現とさえ呼ばれた闇斬り鈴鹿様ともあろうお方が、そのような事を?
先日はすこぶる派手に放送していらしたではありませんか。
楽しく拝聴させていただきましたことよ。
ついでに富士の見学もさせていただきました。
自衛隊の富士の大演習はなかなか葉書きで当たらないのですが、あれは見ごたえありましたね。
極楽鳥ガルーダ討伐おめでとうございます」
見学者がいたとは知らなかった。
あの負け鬼の遠吠えを見られていたとは一生の不覚。
思わずコーヒーを吹いた麗鹿であった。
「ごほごほ。
さては、お前。
その後もこっそりつけていたな」
「ええ、でも電柱の陰に隠れたり、看板の後ろに蹲ったりで、ごく普通に。
あなたと違って、傍からは子供が変な遊びをしているようにしか見えませんので」
「う、ううむ。
鳴神、お前は気付いていたか?」
「いや、我なりにあの鳥の気配を追っていたのでな。
邪気の無い気配など、たとえ知っておっても放っておいたわ」
そう。
必死でガルーダを追っていた彼らに取り、後ろからそっと覗いている敵意のない無邪気な見学者など眼中に無かったのだ。
「ところで。
貴女って、何故いつもそんな怪しい格好をしておるのですか?」
よりによって妖物本人から、人に味方する神鬼が怪しいと言われてしまった。
「うーん、なんというかポリシーみたいなもの?
警察や公安とか、エージェントとか、治安を守ったりするような人間って、みんなこういう格好だろ。
それに、元々は闇に生きる者なのだから、この色の方が落ち着く」
「その割には、霊装はまっかっかで超ど派手ですよね。
サンタさんにでもなれそうです。
特にあの帽子」
思い出したものか、悪戯っぽく麗鹿同様の妙に赤みの強い唇を、妖しく小さく舐める美少女。
「やかましい。
あの霊装は、魂の力からごく自然に湧いてくるものなのだ。
全部ではないが、人がああいう格好していたような時代に生まれたのだから、それはしょうがないんだよ。
お前だって、見かけはその辺にいる只の小学生そのものだろうが」
改めて少女の格好を見ると、白い前ボタン止めの可愛らしいワンピに、白いソックスの端は可愛く折り曲げられている。
靴もピンクを基調に白地添え、赤の装飾のついた可愛い運動靴だ。
足のサイズは22.5センチくらいだろうか。
傍らには有名な可愛らしいキャラクターの子供用バッグ。
これは赤を基調としてピンクが彩り、白が控えめなアクセントを添えていた。
何より眼を引くのは、吸い込まれるような青い眼と美しい金髪だ。
まあ妖物なんぞ海を越えてくるのは珍しくないし、単にこいつが面白がってこんな姿をしているのやもしれない。
この時代は、普通に船や飛行機でやってこれるのだし。
「それで、何故わたしを呼んだ?」
「え? 一緒に御茶したかったから。
お話したかったからじゃ、おかしいですか?」
「そ、そうだったのか……」
額に手を当てて、少しげんなりした表情で、がっくりと椅子に背中を預ける麗鹿。
どうも、この子と一緒にいると調子が狂う。
「だってねえ。
人と同じ時を共に過ごす事は出来ぬ身の上だし、かといって普通の妖しどもときたら、話が通じる奴らって少ないのですもの」
それは確かに、と麗鹿も思った。
いつもそれで苦労するのだ。
稀に人の言葉を解する者とかいても、邪なる者に話は通じない。
彼らは人を食らう者なのだ。
この間のガルーダなど、一方的とはいえ、まだ言葉を話すだけマシなほうだ。
「確かに、お前は変わっているな。
ところでお前、人を食うとかはせんのだろうな」
「ええ、当然です。
人を食った奴とはよく言われますが」
それを聞いて苦笑する。
確かにそうだった。
いつもこうなのかと思うと苦笑する以外にない。
「普通にお食事していても生きられますよ。
でも、たまには人間も食べないと力は出ないかな」
「何っ!」
「あ、来た来た」
振り向いた麗鹿の目に映ったものは可愛い女子高生だった。
おそらくは、このあたりでは女子に人気であるだろう可愛らしい今風のセーラー服を着て、何故かとろんとした目付きでこちらを見ている。
ある意味で性的な含みがあるような眼差しで、今すぐそこで熱情的に服を脱ぎだしてもおかしくないような危ない雰囲気を放っていた。
別にクスリをやっているという雰囲気ではないのだ。
そうであれば、麗鹿にはすぐわかる。
「??」
困惑する麗鹿。
先ほどから麗鹿と少女を盗み見していた、周囲の冴えない若者たちが息を飲んで見守っている。
「御姉様」
その女の子は言った。
この単語、最近どこかで聞き覚えがあるような……。
「よく来てくれたわね、愛しい子羊ちゃん」
そう言う彼女に対して顔を向けたまま、お辞儀をして彼女に体を捧げるかのような格好だ。
背の低い少女に覆い被さるかのような体勢を取ったので、女子高生の足がかなり露出し、張りがあって形の良さそうなヒップがスカートを盛り上げている。
ちょっと屈んで覗けば短めのスカートから下着が見えてしまいそうだ。
さっきの若者たちが椅子から横倒しになるような体勢になり覗こうとしていたので、麗鹿はスティックシュガーの目潰しの指弾をくれてやった。
目に直接当てると失明してしまうので、そのすぐ上だ。
美しい、とても鬼の怪力を齎すとは思えぬ細くて白い指。
その手から優雅な指弾のように放たれた、狙い違わず命中したそれにより何か凄い悲鳴が上がり、女子高生は変態の視姦から無事免れた。
だが、こちらの艶かしい雰囲気はまだ続く。
人を食うのかという質問に、この少女の妖物は、はっきりノーと答えた。
では、少女は何をしているのか。
接吻であった。
首筋に。
麗鹿は全てを理解した。
それは、正しく鬼の習性。
もっと言えば吸血鬼がその専門か。
麗鹿にもよく覚えのある物であった。
これは少女が陶然とするはずだ。
なまじっかな性行により得られる性的興奮などでは比べ物になどならない。
覚せい剤などの薬物による性行でも、これに比べたら蚊が刺したほどにも感じまい。
吸血鬼が処女を好むのは、性行為を経験していない方が何倍もの強烈な隷属効果を発揮するからだ。
本来、人間の血を吸って殺すなど、吸血鬼の中でも狂い鬼の所業。
人間でいえば、重症な精神科の奥で拘束具の御世話になるような者だ。
それは同じ妖物も嫌がって付き合いたがらない代物。
通常は隷属させて、精気を吸い、なおかつ身の回りの世話などの奉仕をさせる『領主』なのだ。
どうやら、この少女『渋谷の領主』であるらしい。
この間の一件で存在を確認した、近隣に居を構える麗鹿が、自分の敵になるか味方になるか見極めたいという事らしい。
だから、わざわざ自分の居城である渋谷ダンジョンと謳われるこの渋谷駅に呼び出して、自分の眷属との蜜月をこうして人目を憚らずに見せ付けたのだ。
もしかすると、例の吸血鬼騒ぎはここへ麗鹿を誘うために起こしたものであるのかもしれない。
「我は人の敵にあらず。
闇斬り、貴女はわたしをどうなさいますか」




