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1-2 鬼が出るか鳥が出るか

「ふむ。何故、そう思うのかね?」


「知れた事。

 死体の写真を見れば一目瞭然よ。


 そして爪であると仮定して、このサイズで鬼とするならば、とてつもない大鬼だな。


 捕り物は怪獣映画になるぞ。

 自衛隊の機甲部隊でも呼んでおいた方がよかろう。


 ただし、相手が相手だ。


 おそらくは市街地などでの白兵戦では、精鋭の中の精鋭である特戦の連中といえども、とても手には負えまい。


 皆殺しになるのが落ちだ。

 所詮、奴らも基本は豆鉄砲での殺し合いしかできぬ、人相手の部隊よ」


 首を竦めて麗鹿は、写真を投げて返す。


 それは空中でただの紙とは思えぬ、まるで命を塗り込められた式神であるかの如くの不思議な舞いを踊った後に、苦も無く宗像の手の中に飛び帰り、宗像は無表情に再びそれに目を落とす。


「大鬼だと?

 冗談はやめてくれ、鈴鹿」


 胡乱な目付きで、彼女を違う名で呼ぶ宗像。


「その名で呼ぶな。

 今の私はもう鈴鹿御前と呼ばれた者ではない。

 人としての生き方を選んだ者、ただの鈴木麗鹿なのだから」


「自衛隊の最精鋭ですら手に負えぬ、大鬼を狩るのが人の所業だと?」


 さも可笑しいというように、声を殺し、体を震わせて笑う宗像。


「黙れ、殺すぞ。

 このハナタレめ」


 猛然と睨んだその眼差しに、宗像は微塵も怯まない。


 豪胆な男だ。

 それは、あの上谷に向けられたそれとは、まったく次元が異なる裂帛の強線であったのだが。


「はっはっは。

 この東京警視庁の建物の、そのど真ん中で、栄えある警視長たる私を殺すと言うのだと?

 相変わらず、愉快なお姉さんだな」


 麗鹿はなおも彼を睨みつけていたが、軽く、その芳しい息を大気中に排出した後で、肝心の話を続けることにした。


「下手人は、大鬼でないというのであれば、もしくは大鳥だろう。

 この寫眞を見る限りでは、上から攻撃されたように思うが、大鬼の場合は真上から襲うはずだ。


 だが、この犠牲者は明らかに前、ないし後ろから襲われている。


 上から、しかも足爪を用いて襲う、鳥妖魔特有の攻撃の特徴だ。

 おそらく下手人は十中八九、鳥だろうな」


 宗像は更に混ぜっ返しながら、言の葉を返した。


「今、お前さん。

 写真の事を【寫眞】って、昔の漢字風に言っただろう」


「やかましい。

 昔は、皆そう書いたのだ!

 余計な茶々を入れるな、この小僧めが。

 本当に帰るぞ!」


「まあまあ、お姉さん。

 しかし、あんたもさすがは伝説に謳われた鬼だ。

 鬼の攻撃はよくわかっているな。


 俺も鬼ではないような気がしていたんだが。

 もし鳥だとすると、どんな奴なんだろうね」


 麗鹿は出されていたペットボトルの緑茶を一口含み、艶かしく動く唇と舌で、色っぽく喉を潤すと、おもむろに切り出した。


「そうさなあ。

 まず、でかい。

 それだけは間違いなかろう。


 傷跡から推測して、おそらくは翼長六~七メートル以上はあるのだろうな。


 このタイプの妖魔には特に珍しくも無いサイズだ。

 翼を広げたら、かなりの大きさぞ。


 そして、爪もでかい。

 雀だの鳩だのみたく、可愛くはないのは確かな事だ。


 まあ、猛禽の類だろうのう。

 それもとびきりのな。


 この手のタイプは、元は女の妖魔の可能性もある。

 被害者が若そうな男である事からも、なんとなく、それが伺える気がする」


 ふーむと、指を顎の下に当てて考える宗像。

 一人の警視庁に勤める警察官としては、そんな物に都内に出没してほしくはないのだろう。


 だが、そうでなければ彼のような立場(エリート)の人間が、こんな薄汚れた地下室なんかで、伝説でしか聞いた事がないような高名な女鬼相手に話などしてはいない。


「鳥か。そのサイズだと、フライドチキン何人前かね」


「少なくとも、お前がそいつのフライドチキンをご馳走になる前に、自分が人ユッケにされる方が先だな」


 宗像が思わずそれを想像して、少し嫌そうな顔をするのを見て、すこぶる満足そうな麗鹿。


「それで、他に犠牲者は?」


「これまでに3人。

 それらは東京ではなく、関東一円で発生していた。


 それが、ついに首都東京に現われたというわけだ。

 いずれも同じ年齢の男性だ。


 そして、その彼ら被害者の共通した特徴としては、容姿や体形が似通っている事か」


 それを聞いて思わず顔を顰める麗歌。


「それは、おそらく【捜して】おるな」

「捜す?」


 やや、驚いたように聞き返す宗像。

 そんな化け物鳥が、特定の人間を捜すのだと?


「ああ、そういう相手は思いの他厄介だぞ。

 おそらくは痴情絡みだろう。

 その鳥、元は人間なのかもしれん。


 怨念が凝り固まっているから、なんとしても想いを遂げようと、通常では考えられないような異常な力を発するはずだ。

 できれば、そういう奴は相手にしたくないのだが」


 いかにも嫌そうに、その端正な顔を顰める麗鹿。


 そういう時に両手の指先を鍵爪状に曲げて机をかいたり、軽く叩いたりするのは麗鹿の癖だ。


 爪を武器として戦う、鬼としての原始の本能のようなものであろうか。

 あるいは女性にはありがちな必殺技という事なのか。


「まあ、そう言わずに。

 あんたも、人との間に盟約を結んだのだろう。


 とにかく、そいつを放っておくわけにはいかんよ。

 それで、あんたはその殺された連中が人違いで殺されたって言うんだな?」


「多分な。

 そして、その男を殺さなければ、きっとそいつは成仏できまい。


 捜し終えれば消えるかもだが、それまでは無差別に似た奴を殺し続けるぞ。

 見つけた相手が捜し人でなかったら、怒り狂って殺してしまうだろうからな」


 麗鹿の前に、机に突っ伏して頭を抱えるエリート警察官がいた。


 本来は警察などの手に追える相手ではない。

 どこかの宗派の妖しげなインチキ法力僧にでも任せたい気持ちでいっぱいだ。


「あとなあ……」


 その宗像の様子を見ながら、非常に言い難そうに麗鹿は続けた。

 半ば、それを楽しみながら。


「肝心のその男が、今、この時代に生きているとは限らん」


「何だとっ!」


 思わず、抱えていた頭を離す宗像。


 それでは解決手段が一気に狭まってしまう。

 何があっても敵を倒さねばならなくなるのだから。


 ただでさえ雲を掴むような奇妙な話が、宇宙から星を眺めるような、とんでも話に昇華してしまう。


「例えばの話だがな。

 そいつが、もし私と同じような存在だったとしたら?」


「ぐはあ。

 あんた、よりによって、なんて事を言うんだ」


 今度は宗像が麗鹿を睨みつける番であった。


 こいつは麗鹿の力を知っている。

 歳を経て強靭な知恵と生命力、そして経験を積んだ特級クラスの鬼という存在。

 それが目の前の者のように話が通じるとは限らないだろう。


 その『鈴鹿』と呼ばれた伝説級の鬼ではなくても、『あやかし』という名のそれが齎す無慈悲なまでの絶望を、警視庁本庁の警察エリートの身でありながら、散々味あわされてきた宗像。


「可能性としては無い事もない。

 巨鳥伝説なぞ、世界中に幾らでもあるさ。


 今まで、どこかで封じられていたものが現代に蘇っていたとしたら。

 美術品の像として輸入された封鬼の例もある。


 あれは本当に酷かったな。

 あの馬鹿のお陰で一家皆殺しの運命だ。


 早めにわかったので、すぐに対処できて幸いだった。

 よく、あれだけで済んだものだ。


 あの狂い鬼に外に出られていたらと思うと、今でも頭が痛くなるわ」



 あの事件を思い出したものか、ますます苦渋の顔付きになる宗像。


 それはそれでまた悪くない見物だったので、じっくりと堪能して鑑賞していた麗歌も、充分満足したものか、ここから退散する事にした。


「関東一円で、巨大な鳥とかの目撃例が無かったかどうか調べておいてくれ。


 奴の行動半径が関東のみとは限らないがな。

 今回、たまたま関東だけに出ているだけかもしれん。


 あと、残りの犠牲者の資料と、奴の体組織の一部なんかが遺体に残っていなかったかもな」


「わかった。

 あんたは?」


「まあ、こっちなりに調べておこう」


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