飯塚渡・桜7
あの日。
若菜が死んだ日。
多くの人にとっては普通の日常で、僕にとっても普通の平日だった。
僕が会社から帰ってくると、いつもは部屋にこもっている若菜が珍しく、リビングにいた。
桜と雑談して普通に笑っていた。
若菜の笑い声を聞くのは久しぶりの事で僕はうれしくなった。
「あ、お父さんおかえりー」
僕の気配に気づいたのか、若菜が振り返って言った。
「おかえり」
桜も言ってくれた。
「ただいま」
僕は二人に返事をする。
その後はいつもより若菜が喋るくらいで、特に変わったことはなかった。
おやすみーと言って自室に戻っていく若菜に、あの時何か言えてたら。
いつもより僕たちと話をしていたところをおかしいと思えたら。
そんなの気づけるわけないのかもしれない。
若菜は気まぐれで、普段は喋らないのにたまによくしゃべる日があったからそれだと思っていた。
まさかそれが若菜と話す最後の日になるなんて、全く思ってなかった。
次の日の朝。
首を吊って死んでいる若菜を桜は見つけた。
その時はもう会社に向かっていたので、僕は気づけなかったけど。
想像だけど、桜は相当パニックになったのだろう。
会社について仕事を始めると、上司が僕を呼んで、娘さんが亡くなったそうだから、すぐ○○病院へ行けと言われた。
信じられなかった。
しばらく頭が真っ白になって、気づいたら病院にいた。
なんで?
昨日まで平気だったじゃないか。
そんなそぶり見せなかったじゃないか。
なんで?どうして?どうしよう。
そんなことばかりが、頭を巡った。
隣で桜が泣いていて、僕は慰めることさえできなかった。
大丈夫だよ、きっと大丈夫。
何も大丈夫な事なんてないのにそればかり言った。
桜はずっと泣いていて、何も言えなかった。
そんな彼女の背中を撫でていることしかできなかった。




